第5話
「アプラスは、生きてる」
ユキトは真剣な顔して、もう一度言う。
「は? なんでよ。わたしたちが……ううん、マルルがアプラスにとどめを刺したのよ。マルルが自分の命を犠牲にして……」
マルルが最期に、ハートステッキに力を送ってくれたのを覚えている。ハートステッキからじわじわと熱が伝わって、力がみなぎった。そして、魔法少女が三人で放った魔法を浴びてアプラスは消滅した。
それは全部マルルのおかげでもある。
「訂正して」
「何を……」
サクラは向かいに座るユキトを睨みつけて声を荒げる。
「マルルが、自分の命を顧みずに放った攻撃でアプラスを倒したの……!! アプラスが生きてるなんて、そんな──」
「でも、倒したのは事実でも、アプラスが死んでるのは真実じゃねえよ!!」
ユキトもサクラに被せるようにして声を張り上げた。席の横を通りざまに客がチラリとこちらを見ていった。
「アプラスが死んでたら、オレだってこんなに悩んどらん……」
今度は、俯いてしょんぼりする。
サクラは深呼吸して、三秒数えて落ち着かせた。
「アプラスが生きてると思うのはどうして……? わたしはあの時倒したから死んだと思っているんだけど……」
ユキトは背もたれにもたれ、息を吐いたかと思うと勢いをつけて体を起こし、ゆっくりと話し始めた。
「アプラスはさ……夢から干渉するんだ……」
「夢から?」
「そう。オレも意識のない間だったからはっきりはわかんねえよ? でもさ、アプラスとオレ……会うのは毎回夢だったんだ」
いまいちピンと来ない。サクラは二杯目のビールを空にして、考える。自分は酔わない方だが、こんな話するなら酒なんか飲むんじゃなかった。
サクラはユキトに断ってお冷やを店員からもらった。頭を冷静にしてから話が聞きたかった。
ユキトもカシオレを半分以上残して、オレンジジュースを注文した。
「そもそも、な。ブリザードボーイで動く時も妙だったんだ」
ユキトはオレンジジュースを啜りながら話を進める。少し落ち着いたみたいだ。
「妙ってどういうこと?」
「夢の中でアプラスに会うんだ。その後、目を覚ますとブリザードボーイになって外にいる……オレは植物人間なのにだぜ? そして、お前らに負けるとまた意識を失うというか……気づいたらまたアプラスが目の前にいるんだ」
「なんだか、意識だけで動いてるみたい」
「二つの体をオレが行き来してる……そんな感じなんだろうか……」
ユキトはいつのまにかおしぼりのヒヨコを破壊したくちゃくちゃと丸めている。
「アプラスの声は聞こえねえけど、イメージは伝わってくるんだ。凍った街とか……ああ、こうして欲しいんだなって。オレも何故か罪の意識とかそんなの無くて……なんだか人格までもアプラスに操られてるような感じだ」
「ゾッとする話ね。洗脳されてるみたい……」
サクラは顎に手を置いて想像する。自分なのに自分じゃない思考をして、やりたくもないことをする……正直感覚はわからないが、恐ろしいことだとは理解できる。
「その、アプラスがまた夢にでも出てくるわけ?」
「大正解」
ユキトは作ったように笑う。無理しているのだろう。
「でも、人格操作はされてないんじゃない? 何かイメージは伝わってこないの?」
「それが……お前らの仲間の……マルルのイメージなんだ。あの、フランス人形みたいな……」
ユキトは、おしぼりを捻ってドレスのようにしてテーブルの上に置いた。
駅前のモニュメントに似ている。
「マルルが? なんで……」
「オレ、考えたんだけど……まあ、一つの推測な? アプラスはマルルを捕らえたいんじゃ?」
「でも、マルルはもう……」
死んでいる。死んでいるはず。
アスタルツの力を解放して、アプラスにありったけの力で攻撃をした。
晴れ渡った空の下、ドリームランドの庭園には魔法少女たちだけが残されて、アプラスもマルルもいなかった。あの時、平和の代償にマルルを失った。
「でも……マルル……いったいどこにいたんだ……?」
「え? なんの話?」
「ああ、いや……別に」
終始、姿を現さなかったマルル。声だけを響かせていた。いったい、どこで叫んでいたのだろう。アスタルツ……魔法を使ったんだろうか。
マルルは初めてあった頃、アスタルツは魔法の力って確か言っていた。マルルはこれで生きているって。だから、アプラスの攻撃にその力を使い果たして、だから死んだんだって勝手に思っていた。
そもそも、アスタルツは、アプラスが生きるのも魔法少女に変身するのにも全ての魔法に必要だと言っていた。わたしたちは、アスタルツを怪人から集めて、つまりアプラスから少しでも力を奪って弱体化させていた。
だとすると、アプラスは何らかの手段を得てアスタルツを得たということになるんじゃないのか。
だって、アプラスが存在するにもアスタルツが必要なのだから。そして、アプラスの復活はまた、世界の危機となる。今はマルルもいないのに。
「サクラ? サークーラー!?」
弾かれたように目が覚める。ユキトが眉をひそめて、サクラの顔を覗き込んでいた。
「大丈夫か? 酔いが回ったのか?」
サクラは渇いた口の中に水を流し入れて飲み込み、口を開く。
「ユキト……あんたの予想が当たってたら、けっこうやばくない?」
「だから、やばいって……」
マルルがいない今、アプラスから世界を救える人物が存在するのかわからない。
「ユキト、何かいい案ない? アプラスを倒す方法……」
「あったらとっくに提案しとる……。だから、他の……青のティアドロップとか、頭良かったろ? そいつに聞ければと思っとったんだが……」
「んん……わたし連絡先知らんし……」
なんだか二人と会った時の気まずさが蘇ってくるようだ。上手く、話せる自信がない。
「なあ、二人の名前教えてくれるか? フルネームで」
ユキトはスマホを取り出して、検索エンジンを開いていた。
「SNSとかさ、そういうので引っかかるかも」
「んん……ティアが、鵜塚律。ソニアが庄屋桃香よ」
ユキトはまず、リツを検索したが出なかったらしい。次に、モモカを検索する。
「この子、か?」
ユキトはサクラにスマホを差し出した。画面の中は、ここら辺では有名な萩原女子大学の学生のSNSのプロフィール画面だった。
年齢や住んでいる県は一致している。更に、モモカが通っていた、萩原女子高は言うまでもなく、大学の付属だった。もし、エスカレーターで入学しているなら可能性は高かった。
そして、なにより……
「可愛い……」
サクラもつい声が漏れる。モモカの記事はフォロワーにしか公開されていないが、アイコンはおそらく自撮りだ。画面に映るソニアの面影を残した女の子はアイドルなんて比じゃないくらいに可愛かった。
「モモカちゃんって……こんなに可愛かったのか……」
ユキトも瞬きを忘れていた。
ゆるふわの茶髪ボブと、黄色いフリルのトップスがよく似合っている。雰囲気も可愛さも変わってなくて、少しホッとする。
「と、とりあえず、帰ったら連絡取ってみるよ」
「ああ……頼む……」
サクラはユキトにスマホを返した。
ユキトは少し上の空で、スマホをしまった後、ぼんやりとジュースを飲んでいた。
お茶漬けとカタラーナを食べ、いい加減に話にならなくなってきたところで、お開きとなった。
外に出ると少し生温い。電車も無事復旧しており、ユキトとは線が違ったので駅で別れた。
サクラはお酒のせいだろうか、少しだけ晴れやかで、気分が良かった。
世界がどうとか、そんな不安よりも、もしかしたらまた、何者かになれるのかもしれないという期待が、胸の奥底に残っていた。
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