第6話

 家に着くと十時前だった。

 母に「どこを切ったの、変わっとらんじゃん」と文句を言われつつ、さっさとお風呂に入る。

 早くモモカに連絡を取りたかったので、湯船には浸からず、早々に出て髪を乾かして、自室に戻った。


 ベッドに転がり、スマホでSNSにログインする。


 「庄屋……桃香……と」


 名前を打ち込んだその時だった。


 「おねえ見て!!」


 「何!?」


 黄色いモコモコパジャマを来たコハルが、ドアを勢いよく開けて入ってきた。顔にはパックがベッタリと貼り付いている。そのパックには有名な黄色いネズミの顔が描かれているが、コハルの顔が透けており不気味であった。隣国の偽物より酷い顔だ。


 「写真撮って!!」


そうやって、コハルはスマホをサクラに渡してきた。ホーム画面にはコハルとケンちゃんのツーショットで、二人とも頭に兎の耳が描かれている。


 「いや、もう……何やっとんのよ……」


 「美白だよ。ほらぁ、おねえ撮って!! ケンちゃんに送るの!!」


 「バカなの……」


 そう言いながら、数枚、ポーズを決めたコハルのアホな姿をスマホに収める。

 「ありがとー」と言いながらコハルはスマホを受け取り、サクラのベッドに座る。まだ何かあるのか。


 「ケンちゃんさ……今日サークルの飲み会で全身タイツで青狸やったんだって。ほらこれ」


 コハルはサクラの事情など御構い無しに、スマホ画面を見せる。全身青タイツで白いポケットを付けた青年がピースして写っていた。


 「はあ……」


 「おねえ、リアクション薄いなぁ……。そうだ、さっきパパがさぁ!!」


「ちょ……お姉さん、やることがあるんだけど」


 「あらぁほんと? そんでね、パパ、トイレの後に紙が空になったのにさぁ──」


 コハルのマシンガントークというよりもガトリング砲の勢いの愚痴大会が十分程度開催された。

 その後、コハルはパック取らなきゃと、慌てて部屋を出て行った。全くもって何をしに来たのかわからなかった。


 サクラは何をしていたのか一瞬忘れていたが、スマホ画面を見て思い出した。SNSの検索画面で庄屋桃香と打ち込んで止まっていた。


 検索をかけて現れた女性は、相変わらずにベビーフェイスで可愛い。サクラは、少し緊張しつつもメッセージを送る。


 ──元チェリーブロッサムの沢良木桜です。サンダーソニアであった桃香さんとお話がしたく思います。ぜひ直接会っていただけないでしょうか?


 ひとまず文を打ち、速攻で消し去った。丁寧さが余計に怪しい。新興宗教の勧誘でもされそうだ。

 モモカとは年数が空いているとは言え、共に戦った友達だ。年下だし、もう少しフランクに会話しても良いだろう。チェリーブロッサムだった頃みたいに、もっと──


 ──やっほー!! チェリーこと、サクラだよ!!元気にしてるか心配になっちゃった〜!! 久しぶりにお話ししたいからメッセージしない?


 迷惑メールかよと、二十四歳女性の沢良木桜がツッコミを入れ、またも文字を消した。そもそも、二十四歳の女が本名で登録するSNSなのに、チェリーとか痛すぎる。


 結局十分ほど考えて「沢良木桜だけど、わかる?」とだけ送った。


 わからないって返事が来たらどうしよう。人違いだったら……? そもそも返事が返って来ないなんてことも……


 「んん……だめ!! 後はモモカ次第なんだから」


 サクラは頰を両手でペチペチと叩き、声に出して言い聞かせた。

 わたしがどれだけ心配しても、泣いて喚いても、モモカからの返信がくる可能性が高くなるわけではないのだ。

 サクラは、十二時に寝ることにして、それまで返事を待ちつつ魔法少女について調べてみることにした。

 去年買い換えた白いノートパソコンを立ち上げ、検索をかける。


 魔法少女とは、文学のジャンル。魔法の力を使って騒動を起こしたり、事件を解決するキャラクター……とされていた。

 画像欄もアニメやソーシャルゲームのものばかりで参考にはならなさそうだった。SNSでも、新作アニメがどうとか、昔サクラも見ていた女児向けの魔法少女のアニメがリメイクされるとか、そんな投稿ばかりだった。

 ただ、調べれば調べるほど、彼女たちは可愛くて強くて、それでいて特別だった。

 あの時……魔法少女に選ばれて、わたしも特別な存在だと勘違いをした。世界を救う唯一無二の存在なんだって。

 自分が何者かもわからない。そんな思春期の頃のたった一年、魔法少女という大それた物を渡された。そんなもの、永遠に続かないのに。だからそれに縋っていたわたしは……。


 スマホから通知音が鳴り、深く考え込んでいたことに気がつく。時間は十一時四十三分。サクラが慌ててスマホを見ると、ユキトから「モモカちゃんと連絡取れた?」というものだった。なので、放っておくことにした。連絡取れたら、こっちから教えるって言ったのに。


 サクラは後十分、パソコンに向かい考え込む。

 とりあえず、マルルと打ち込んでみたが、カフェや美容室の名前として使われており、目当てなものを見つけるのは困難だとわかる。次にアプラスで検索をかけると社名が出てきた。三ページくらい進んで、百年以上前に亡くなった聞いたこともない海外の作家や現在活躍中の海外の聞いたこともない俳優の名前とも書いてあった。


 表沙汰にしてなかったんだ。サクラも正体を言わないと約束していたし。ネットで調べたところで、マルルもアプラスもこんなものだろうとサクラは自分を納得させた。


 ふと、時計を見るとちょうど十二時を回ったところだった。

 サクラはパソコンをシャットダウンし、電気を消して、スマホを手にしてベッドに転がる。


 モモカからの返信は来ていない。

 ため息を吐いて、目覚ましをセットし、スマホを充電器に接続した。


 明日のシフトのメンバーを思い出しては少し憂鬱になりながら、布団に潜った。

 モモカから連絡が来るといいな、とか、あの人はまたネチネチ言ってくるだろうな、とか……そう考えていたらいつのまにか眠りに落ちていった。


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