第4話

 焼き鳥亭とは、文字通り鶏肉料理に特化した居酒屋チェーン店だ。焼き鳥が豊富なのとチキン南蛮が美味しい。サクラもバイト先の人と別の店舗ではあるが、何度か飲みに来ている。


 サクラとユキトは狭い半個室の席に案内された。サクラはさっさと席に座り、おしぼりで手を拭きながら、案内してくれた店員に「グラスの生ひとつ」と伝える。そして、まだジャケットをハンガーにかけてもたもたしているユキトに声をかけた。


 「あんたは」


 「え、あ……オレは、じゃあ……カシオレ」


 「女子みたい」


 「ビール苦いじゃん。炭酸飲めねーし」


 ユキトは口を尖らせて言った。たぶん、他の人にも言われているのだろう。少し声が小さかった。


 「まあ、好みは人それぞれよ」


 ユキトはいそいそとサクラの正面に座る。サクラも見ていたメニュー表を横向きにして、ユキトにも見せてやった。


 「オレ、チョレギサラダ食いたい。あと、皮とモモ。皮はタレでモモは塩だな」


 「わたし、砂肝とハート。あとは……チキン南蛮と、カマンフライ、月見つくね。あと出汁巻とキムチ」


 「よく食うなぁ」


 ユキトは少し冗談っぽく言う。そんなに仲良くなった覚えはない。


 「少しはオレの財布を労ってくれよ……?」


 「締めにお茶漬けとデザートにカタラーナ食べるからね」


 サクラは念押しして、店員を呼ぶ。ユキトは少し元気をなくし、おしぼりで何かを作り始めていた。

 もともと、ちゃんと割り勘する気であるのだが、少し静かにしていて欲しいので、しばらく黙っておこう。

 サクラは飲み物とお通しを持ってきてくれた店員に先ほどのを注文する。

 お通しはタコわさだった。


 「労われないとやってらんないなら、最初から奢るなんて言わないことだね」


 サクラのおしぼりも勝手にヒヨコにしているユキトに、苛立って言った。


 「いいよ、もともと払うつもりだったで。あんたに貸しも作りたくないし」


 「やや……優しい……さすがチェリーブロッサム!! 正義の味方は違うなぁ」


 ユキトはパッと笑って、おしぼりのヒヨコをサクラに返す。


 「チェリーはやめて。わたしはそんなんじゃない。沢良木桜よ」


 サクラはユキトの作ったヒヨコを破壊して綺麗に畳み直す。ユキトは少ししゅんとして、カシオレを両手で持ってチビチビと飲み始めた。サクラもグラスのビールを飲む。苦味が舌を伝う。


 「サクラァ……」


 そうしていると、ユキトが情けない声をあげる。


 「なに?」


 「オレ、辛いの無理だでタコわさ食べて」


 舌がお子ちゃまだ、とサクラは思った。サクラはタコわさも好きなのでありがたく頂戴した。

 しばらくはユキトの仕事の話を聞いた。先ほど駅で会ったことを考えると案の定、自動車産業の下請けで働いているとのことだった。この辺の会社勤めは想像がつく。


 一通り料理が来たところでユキトは話題を変える。


 「サクラさ、魔法少女だった時の仲間には会ってるか?」


 唐突に聞かれたことが奇妙で、怪しさを感じつつも考える。

 ティアドロップのリツにも、サンダーソニアのモモカにも会っていない。最後にリツに会ったのは高校一年の冬。本屋で会ったリツは受験の追い込みで余裕のない険しい顔をしていた。ボブショートだった髪が胸下まで伸びていたことが頭に残る。あの時は、サクラの余計な一言でピリピリしていたリツを怒らせてしまったことを覚えている。

 モモカは、高校二年の秋だ。文化祭に来てくれた。あの時は、美少女が来たってクラスの男子が騒いでいた。家柄の良いモモカは私立の高校へ入ってて、受験が上手くいかなかったサクラはモモカになんとなく引け目を感じていた。だからだろうか、お化けの格好をした自分が惨めに感じて、上手く話せず気まずくなってしまった。


 二人と最後に会った時の思い出も綺麗なものではなかったなと、ふと思う。


 「全然会ってない。連絡先も知らないくらいよ」


 サクラはユキトが取り分けてくれたサラダを食べながら呟く。


 「そうなのか、なんか意外だな。こういうのって大人になっても関係続いてくもんだと思っとったもんで……」


 人間関係なんてそんなもんだ。毎日会ってたわけでも、連絡を取り合ってたわけでもないのだから。

 「ところで」とユキトは続ける。


 「サクラは、今なにしてんの?」


 この質問はされると思っていた。サクラは半分飲みのビールを置いて、吐き捨てる。


 「別に。ただのフリーターだよ」


 「なんか、目指してんの?」


 この質問も時々される。うんざりだ。フリーターが全員夢を追ってる人だと思わないでほしい。


 「別に」


 サクラは少し不愉快で、短く切る。ユキトはサクラの反応があまりに冷たかったからなのか、目線を泳がせて気まずそうに唇を噛んだ。

 ちょっと冷たくあしらってしまったと反省し、話題を変えた。


 「あんたはどうなの? ブリザードボーイとかなんとかはもうやっとらんわけ?」


 サクラはそう聞いてビールを飲み干す。思い返すとブリザードボーイって名前はダサいなと気づく。


 「ああ、見ての通りの社畜じゃん」


 ブリザードボーイの時はそうでもなかったがユキトは訛りがけっこう強いなとぼんやりと考える。


 「そもそもさ、あんたって純正の人間なの?」


 「んー……たぶん……」


 「たぶんって……親とか、家族は?」


 「いるよ。オレ、四人兄弟の三番目じゃんね。この前も家族で修善寺の温泉行ってきた」


 そう言ってユキトはスマホを開いて、仲の良さそうな家族写真を見せてきた。両親と、四兄弟。ユキトの兄らしき人の横には二歳くらいの子供を抱く女性も写っていた。


 「この人が兄貴の嫁さんで、こいつが甥っ子」


 写真の中のユキトと家族は楽しそうに眩しいくらいの笑顔を見せている。見ず知らずの人にも見せたくなるくらい仲が良いのがよくわかる。

 サクラはここ数年家族旅行なんて行っていない。別にそれは寂しいことでもなかったのだが、悪役だったユキトに見せられては少し胸の内が騒つく。


 「ふーん、仲良しね」


 ユキトはスマホをしまい、息をつく。


 「信じてもらえるか、わかんねえけど……」


 ユキトはおしぼりのヒヨコを手に取り、くちばしを突っつきながら話す。少しだけ声が上ずって、嫌な予感がする。


 「オレ、ブリザードボーイだった期間はどうも事故って植物人間の状態だったらしいんだ」


 「なにそれ……。あんた普通に動いてたじゃない……」


 中学生くらいの、ツンツン頭の青い少年が脳裏に浮かぶ。わかりやすくて、とにかく弱かった。


 「オレも、つい最近までは記憶にすらなかったんだ。だけどよ、ある日突然……目が覚めたら覚えてた……みたいな? 記憶だって確信はあったけど、証拠もねえし、夢ってことにしたんだ。そしたら、今日、サクラに会って確信した」


 「意味が……だって……植物人間って医者の管理下だし……動けないんじゃ」


 「だからオレも訳がわかんねえんだって。ぶっちゃけサクラを誘ったのも、これがなんなのかわかるかと思ったのもあるんだ」


 ユキトは額を押さえて、今に泣きそうな顔をして、さらに震えた声で続ける。


 「オレ……もしまた、アプラスに囚われたりして、悪いことをしちまったら……って思うと……」


 「な、なに情けないこと言ってんのよ? アプラスは死んだんだよ」


 サクラは半笑いで言った。アプラスの下にいたくせに、アプラスの死すら気がつかないなんて。

 サクラの笑いに、ユキトは少し不安そうに、それでもムッとした複雑な表情を見せた。


 「何言ってんだ? アプラスは死んでねえよ」

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