19. 敵

 衝撃波を直接当てようとすると、流石に敵にも察知されるだろう。

 停まる車列は駐車場の入り口側に偏っており、中央に立つ敵の背後へ回り込むのは厳しい。

 潤は矢知に倣ってブーツを履いた足の位置を確認しながら、せめて側面へと移動した。


 ジョルトの応酬になるのも十分に予想され、矢知の方は途中で入り口に引き返す。

 敵は死体の一つに歩み寄り、その武器や携帯品を回収しているらしい。

 地に寝る相手も同じ黒い服を着ていることからして、二人組の片割れが死亡したということだ。


 他に有り触れた白シャツを着た遺体が二つに、血に染まって服装が判然としないものが一つ。

 いや、個数で言えば最後の一人は三つに分離している。

 手足がバラバラになった死体の顔は、潤にも辛うじて判別できた。

 佐々井だ。

 車のリア側に隠れた潤の方に向けて、真っ赤な眼が見開いたままだった。

 呻きそうになるのをぐっと堪え、潤は息を整える。


 しゃがむ敵は凄惨な死体の奥、車の右斜め前方にいた。

 大事なのは位置取りだ。自分と車、そして敵が直接に並ぶように移動し、意識を集中した。

 車ごと敵を弾くバックジョルトで、気づかれる前に戦闘を終わらせる。

 その威力は、一トンの鉄の塊を動かせるものでなければ意味が無い。


 力の密度は過去最高に、濃縮したエネルギーを自身の内側へ向ける。

 この力を解き放てば強烈なジョルトの出来上がりだが、ふと潤の脳裏に別の考えが掠めた。


 ――このやり方で、本当に正しいのか? 解き放つ・・・・んじゃなくて、他に使い途があるのでは?


 矢知が一度だけ言及した“第五症例”、転移。

 空間をテレポートする能力を試したくもなるが、今はその時ではない。頭から雑念を追い遣って、潤はジョルトを発動させた。


 爆音と共に、セダンが舞う。

 ジョルト球、正式には力球パワースフィアと呼ばれる衝撃は、発動者の上下左右へと波及する。

 駐車場のアスファルトに亀裂が走り、潤の後方に在った軽自動車は宙に浮かんだ。


 衝撃は地面を揺らし、コンビニの近くで待つ岩見津にも震動が伝わる。

 駐車場には計十一台の車が停まっており、そのほとんどのウインドウは大鎚で殴ったように粉砕し、けたたましい盗難警報があちらこちらで鳴り出した。


 威力は充分過ぎるほどだったものの、敵への攻撃としては好悪半々といった結果だ。

 車が吹き飛ぶ力を食らい、遺体も敵も派手に空中へ投げ出される。

 十メートルは飛ばされ、したたかに地面へ叩き付けられたにも拘わらず、敵は銃を手放さなかった。


 五体満足とは行かずとも、車やガラスの破片の直撃からは逃れ、黒い敵は何とか上体だけは起こすことに成功する。

 苦悶の喘ぎを漏らしつつ、駆け来る潤に弾をバラ撒いた。


 ジョルター対策を叩き込まれた人間にとって、連射で応戦するのはセオリーに適った行動である。

 つい先程も、そうやって一人が始末された。

 しかし、規格外とも言える潤に対しては無駄――それどころか、最悪の反撃を招いてしまう。


 撃った四発の弾に倍する大小八回のジョルトが、膝立ちする敵を薙ぎ倒した。

 能力を自分のものとしつつある潤にとって、機関小銃の連射間隔は最早長過ぎた。


 銃から手を離した敵は、腰のベルトから金属球を取り、ピンを抜いて潤の足元へと転がす。

 神経ガス弾、滞留型の致死ガスを噴出する投擲武器だ。


 ガスが出るまでの僅かなタイムラグの間に、フォアジョルトがこれも遠くへ弾き飛ばす。

 全ての攻撃を回避した彼は、黒服の前に立って、その顔を見下ろした。

 彼女・・はまた銃を構え直したが、もう撃ちはしない。


「諦めろよ。撃っても自爆するだけだ」

「……最後のジョルトは、何に反応したの?」

「勉強熱心だな。手動だよ。どうせロクなもんじゃないんだろ?」


 潤の言葉に、女の眉がピクリと動いた。

 手詰まりを悟り、銃を地面に下ろして小さく両手を上げる。


 戦闘が終結したのを見て、矢知も直ぐに二人の近くへやって来た。

 真っ先に佐々井の二分割された死体へ膝を折り、その死亡を確認した彼は、地面に転がる機関小銃を拾い上げる。

 軍人然としたショートヘアの彼女に、矢知はこれでもかと剣呑な眼差しを向けた。


「お前が殺したのか?」

「違う、彼の死因はハッシュでしょ」

「名前と所属は?」

高木たかぎ

「愛想の悪い女だな」

「あなたは矢知敏樹ね。次世代医療研究所、対策部長」

「尋ねてるのは俺だ。言えないような所属なのか?」


 彼女の歳は矢知よりずっと若く、岩見津と同世代に見える。

 ただ、目つきの鋭さなら、元刑事にも負けていない。


「あなたたちが敵に回したのは、この国そのものよ。夜には治安出動が認められて、包囲線は自衛隊が受け持つでしょう」

「待てよ、テロリスト扱いされてるのはジョルターか? 研究所は公安と協力してきたってのに、なんで急に掌を返すんだ」


 彼女は矢知の真意を探るように、黙って彼の目を見た。

 最後は潤を一瞥し、言葉を選んで逆に問い質す。


「まさかあんな数の手駒を抱えてるとは。実戦用ジョルターを養成して、何をするつもりかしら」

「何の話だ。どこのジョルターとやり合ってる?」

「しらばっくれるのね。彼が陽動役をやった高次でしょ? まんまと引っ掛かって、こっちは負傷者だらけよ」

「こいつは只の患者に過ぎん。今朝捕まえたばっかりだ」

「それを信用しろと?」


 二人はお互いに質問を繰り返すばかりで、不毛な会話に終始する。

 特に彼女には手札を晒す気が無いようで、苛立った矢知が銃先を向けて脅しても態度を変えなかった。


 多少なりとも答えが得られたのは、この駐車場で死んだ人間の身元である。

 血塗れで車道にしゃがむ男を見付けた防犯パトロールが、警察に通報した結果、近くにいた彼女が急行した。

 到着時、パトロール員二人は死亡しており、発症者、つまりは佐々井も重傷だったと言う。


 彼を処分・・する際にハッシュジョルトが発生し、同僚も道連れに。そこへ潤が登場した。

 矢知にしてみれば、佐々井が発症したなど俄に信じられる話ではない。

 他にハッシュジョルターがいたのではないか、そう考えてみたものの、高木という女がジョルターでないのも事実だ。

 彼女が能力者なら、潤を相手に発動させているはず。


「お前らは、発症者を殺して回ってるのか?」

「当たり前でしょう。捕獲なんてしていたら、被害がどんどん広がってしまうわ」

「他にもジョルターがいるんだな」

「“いる”なんてもんじゃない。南はもう戦場よ」


 現在進行形で聞こえるジョルト音から予想はついたものの、封鎖区域内では、大量のジョルターが生まれているらしい。

 頭を抱えそうな事態でも、矢知たちはやはり病院を目指す。

「南でいいな?」と問う矢知へ、潤は強く頷いた。


 この頃には、岩見津も駐車場の中に入って来ており、携帯を片手に何やら通話中だ。

 電話が終わるのを待ち、矢知は彼に車を用意するように頼む。


 鍵が付いていたのは防犯パトカーと、“高木”らが乗って来た軍用車の二台。

 運転席に血痕が目立つ軽自動車は、佐々井がどこからか奪ったものであろう。

 こちらは鍵以前に、シャーシが歪んで使い物になりそうもない。

 大量の水と栄養食品が積み込まれていたようで、ペットボトルが何本か外に転がり出ていた。


 仲間のために用意した気遣いを見て、矢知の表情もより険しくなる。

 拾って飲み食いする気にもなれず、彼は感謝だけを心のなかで呟いた。

 パトカーにはその軽自動車が横から突っ込み、これまたドアがへしゃげていたため、比較的無事な四駆の運転席に岩見津が乗り込む。

 フロントグラスのひび割れくらいなら、我慢すればいい。


「巻月、佐々井に毛布を掛けてやってくれ。その後部席にある奴だ」

「ああ、わかった」


 隣に来た車の後部席へまず潤が乗り、次に銃を構えたまま矢知が助手席へと移動する。

 立ち去ろうとする三人に、やや驚いた声が上がった。


「私を放置するの?」

「連れて行きたかねえよ。欠片も信用できん」

「違う、撃たないのかってことよ」


 馬鹿にするな、と言い返す矢知へ、左肩を抱えて立ち上がった彼女は、今一度自分の名を告げる。


「高木亜弥あや、警視庁公安部所属」

「……公安も物々しくなったもんだな。特殊部隊の間違いじゃねえのか」

「似たようなものよ。特事課はね」


 聞いたことの無い課名に矢知はまた説明を求めたくなるが、答えはしないだろうと、開きかけた口を閉じた。

 去り際に質問したのは、反対に彼女の方だ。


「一つだけ教えて。そこの彼は、“リーパー”なの?」

「なんだそりゃ。ジョルターとは違うのか?」

「知らないのならいい。いくら彼が強力でも、封鎖は抜けられないわよ」

「まだ抜ける気はねえ。但し、俺らを攻撃するなら、反撃されても文句は言うな」


 矢知に合図されて、岩見津がアクセルを踏む。

 バックミラーに映る彼女は、彼らが国道に出て姿を消すまで、ただ車を見て立っていた。





 しばらくリアウインドウを振り返っていた矢知は、後続が無いのを十分に確かめてから前に向き直る。

 高木はこの近辺をうろついていたところ、騒ぎを聞きつけて駆けつけた。

 本隊から離れてパトロール中だったとも考えられるが、他に警戒すべき対象がいたのかもしれない。

 例えば、矢知と高次ジョルターの二人組だ。

 シャツの袖口に残る血痕に顔を寄せた矢知は、未だ変色しない真紅に目を細めた。


「追跡用のペイント弾か。これも試作検討表にあった」

「えっ、ボクたちの位置はバレてるんですか?」

「そこまで優秀じゃない。センサーに近づくと反応するけどな」


 そのセンサーがあるとしたら、やはり封鎖線だろう。

 封じられた街にはジョルターが大量発生し、予定通りと言わんばかりに“特事課”が出動する。

 ジョルターが暴れているのは所長のせいだとして、その目的は?

 異様な事の推移に頭を悩ませた矢知は、話を聞いていた二人にも意見を尋ねた。


「高木の話、どう思った?」

「恐かったです」


 役に立たない岩見津を諦めて、後部席に首を曲げる。


「巻月はどうだ?」

「腹の減り方が尋常じゃない」

「お前ら、いい加減にしろ」


 至って真面目なのにと、潤に文句を言われ、矢知も店を見付けたら停まると約束した。

 一先ずそれで納得した潤が、高木の話に関心を戻す。


「あいつさ、“リーパー”って言ってたな」

「知らん用語だ。刈り取る死神reaper、か。何かの符牒か、戦闘用とか言うジョルターのことなのか」

「俺がそうかって尋ねた態度、見ただろ? 重要なことみたいだった」


 態々わざわざ「最後に一つだけ」と断って聞くくらいだ、世間話ではないだろう。

 語句の正確な意味はともかく、潤には連想されたものがあった。


「後衝撃を使うのがバックジョルター、衝撃切断がハッシュジョルターなら、リーパーってのはその次の段階なんじゃないかな」

跳躍する者leaper、転移能力――間島か」

「所長は間島を捕まえて逃げたし、その何とか課も間島を追いかけてる。そんな気がするんだよ」

「そりゃ、転移の利用価値は高いだろうしな……」


 鍵の掛かった場所への潜入、戦闘中の瞬間移動、敵陣からのスムーズな脱出。

 諜報員でも軍人でも、飛び切り優秀な人材に成れる。


 ひょっとすると、荻坂は“リーパー”と一緒に国外へ逃げるつもりかもしれない。

 転移能力者とその研究データなら、数多あまたの国から引き合いがあるだろうし、公安が躍起になるのも分かるというものだ。

 どこの国にせよ、他国に寝返った所長ら研究所職員は、敵性テロリスト扱いされて当然だった。


「昨夜、所長は遂にリーパーを手に入れた。金か名誉か知らんが、彼女を利用しようとしたのを、特事課が察して拘束を計画する」

「で、先に逃げられた、と」

「まだだな。街ごと封鎖した公安の方が、一枚上手だろう。荻坂は包囲線の内側にいるはずだ」


 矢知の推理が正しければ、間島が事態の鍵になる。

 荻坂を捕まえずとも、彼女を奪還されると、所長の計画は瓦解するであろう。

 ここに来て、矢知と潤の目的は、少しずつ重なろうとしていた。

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