第三章 衝撃の街

18. 街

 二人は半時間と少しで林の切れ目まで行き着き、舗装された道路の優しさを久しぶりに味わった。

 そこからは道なりに、空き地ばかりの街の外れを歩く。

 雑草も少ない土の区画はどれも方形で、いずれマンションでも建ちそうな広さだ。


 フェンスもロープも無い只の更地が続いた後、立入禁止の看板が現れた。

 近くに赤いコーンが積み重ねられ、ホーローのバケツも伏せて二個ほど置いてある。

 バケツの一つを傾けた矢知は、その中に用無しになった銃を上着にくるんで隠した。

 そんないい加減な捨て方でいいのかと注意する潤に、また取りに来ると矢知が返す。

 いつまでも銃を携帯していたくなかっただけで、落ち着いたら回収に戻るつもりだと。


 それでも残弾が有れば、街中に持ち込んだだろう。

 矢知の警戒心は、林を歩いていた頃からずっと高まり続けていた。

 彼と同様、潤の表情も険しい。

 二人の緊張が一向に解けないのは、定期的に響いてくる音のせいだ。


 最初は工事の騒音かと思った彼らも、もっと聞き慣れたものだと考えを改める。

 爆竹の弾ける響きは音量を増し、打ち上げ花火の如き破裂音へと変化していた。

 溜まらず潤が、確認を求めて矢知に問う。


「これって、ジョルトだよな?」

「俺にもそう聞こえる」

「なんでポンポン発生してるんだよ。街はジョルターだらけってことか?」

「分からん。分からんが、武器が欲しい」


 せめて鉄パイプでもと、キョロキョロ見回す矢知の胸で、携帯の着信音が鳴った。

 知らない番号からの電話に、眉をひそめながら応答する。


「誰だ?」

『あっ、部長さん、無事で良かった。岩見津です。今どこですか?』

「研究所から見て、西の辺りだな。建設予定地が続いてる」

『ちょっと北寄りってとこですね。北科多パレス、見えますよね。一番高層のマンションです』

「ああ、青いラインが縦に入ったヤツだろ」

『私はそこにいるので、合流しましょう』


 とっくに逃げたと思った岩見津の提案に、やや意外そうな調子で矢知は承諾した。

 彼の番号は、一緒に逃げた佐々井から聞いたそうだ。

 その佐々井は岩見津と別れ、街の状況を調べに行ったと言う。


 矢知と潤は、指示されたマンションを目指して足を早めた。

 北科多パレスは他の建物より、頭二つ分くらい背が高く、近辺では特に目立っている。

 彼らのいる場所からも近く、一戸建ての並ぶ閑静な住宅街へ入って直ぐに到着した。


 入り口の前に差し掛かると、二人を見付けた岩見津が、リュックを揺らしながら駆け寄る。

 顔を血で汚した潤を見て、彼は真っ先に怪我の心配を口にした。


「どこか撃たれたのかい!」

「いや、能力を使い過ぎたみたいだ。目が痛い」

「促進剤の効果が切れたんだな。ちょっと早いけど、次のを打ってもいいね」

「頼むよ。燃料切れって感じでさ」


 薬を準備して地面に置いた岩見津は、数歩下がって「どうぞ」と使用を促す。

 潤の自力投薬も三度目となり、注射の手際も良くなってきた。

 薬の効果を見守る岩見津へ、街を眺めていた矢知が近寄る。


「巻月は大丈夫だろ。出血しようが、不随意の震動シバリングは全く見られない」

「相当な制御力ですね。どうだい、眼精痛以外の不調は?」


「腹が減った」との答えに、岩見津も矢知の見立てに納得した。

 彼が再合流しようとした最大の理由は、促進剤を持っていたからだ。

 義理堅いことだと矢知には皮肉っぽく言われたものの、あれだけジョルトを連発すれば、また薬が必要になるだろうと岩見津は予測した。


 今まで見たことの無い症状の安定ぶりには、研究所の監視員として興味も湧く。

 潤を契機にして、高次症例の研究が飛躍的に進む可能性があった。

 事態の収拾後に、改めて潤には協力を要請すべきだと力説する岩見津を、矢知が右手を挙げて遮る。


「それより、街に人気ひとけが無いのはなんでだ? ここに来るまで、誰も見なかったぞ」

「さっき、広報車が通りました。外出を控えろって」

「みんな家の中か」

「店は全部閉まってますね。広域避難所に集まった人もいるようです。地震みたいな対応だ」


 研究所から真西へ逃げた岩見津たちは、舗装道を使って移動できたため、半時間も早くここに着いていた。

 近くにコンビニや小学校も在り、人が消えたわけではないと、彼らが見て回った結果を報告する。

 ジョルト音がしているのは、もう少し南方で、城浜の中央区寄りだ。

 正鳳会病院も、方角は同じ。佐々井が偵察に行ったのは、その不審な騒ぎを確かめるためだった。


 岩見津は彼にも合流を連絡しようと、端末を忙しなく操作した。

 圏外と言われるのを危ぶんだものの、二度掛け直すと無事に接続される。


「あっ、佐々井さん。部長さんたちと合流できました。そちらは?」

『第四待機ポイントにいます。コンビニ横の駐車場で、予備の広域避難場所にもなってる場所です。隊長に聞けば分かるでしょう』

「じゃあ、そこで落ち合うってことで」

『避難所に着いた副長から、連絡が入りました。そちらの様子も見てきます。車を確保したので、すぐ済むかと』


 お互い電話は持っているので、行き違いになることは心配しなくてよいだろう。

 待機ポイントとは、対策班の車両を停める場所で、第四の番号だけで矢知にも通じた。

 矢知が副長グループの無事を喜んでいると、潤が声を落とすように指示する。


「静かに」

「どうした?」


 二人は話を中断して、口に指を当てる潤へ振り向く。

 若干気分の良くなった彼は、南から聞こえる騒音に耳を澄ませていた。


「ジョルト、増えてるよな?」

「……そうだな。連発してる」


 単発の破裂音だったのが、今は打楽器を連打するような響きだ。

 南の空へ目を細めた矢知は、いくつか煙の筋が立ち上っているのにも気付いた。


「まさか、街中で交戦してるのか……」

「どうすんだ、オッチャン?」


 馴れ馴れしくなってきた潤を特に注意することなく、矢知は音のする方へ顎を振る。


「どうもこうも、病院へ行く。煙が目印だ」

「そうなるよな」


 途中で降りる気は、潤にもさらさら無い。

 歩き出した矢知に潤が続き、少し離れて岩見津が追う。

 時刻はまだ日の高い、三時を過ぎたところであった。





 ゴーストタウンにも似た人っ子一人いない風景も、幹線道路まで来ると様相が変わる。

 少ないながらも自動車が往来し、出歩く人間ともすれ違った。

 路駐する車内から、不安そうに外を眺める者もおり、カーラジオから流れる緊急放送が漏れ聞こえる。


 病院には区を南北に縦断しなければならず、徒歩では一時間弱の道程だ。

 当初は、矢知の知り合いの工務店社長から軽トラックでも借りる予定だったのだが、そこは封鎖区域外に在る。

 検問に近寄りたくない矢知は、代わりに利用出来そうな移動手段を探しながら国道を南下した。


 潤があちこち目を配って歩くのは、矢知と目的が違う。

 彼が欲しいのは、喉の渇きを癒す飲み物である。

 自販機を発見した潤は、前を歩く矢知を呼び止めた。


「ちょっと、小銭を貸して欲しい。財布が無いんだ」

「俺も現金は持ってない」

「ええっ、そんなとこだけ今風かよ」


 後ろの岩見津を見ても、やはり首を横に振る。

 彼の所持品もカード類だけで、財布を持ち出していなかった。


「うーん……あっ、ジョルトで鍵を壊せば――」

「不良ジョルターみたいな真似はやめろ。コンビニの看板が見える、開けさせて食い物も仕入れよう」

「看板って、ずっと先じゃん。あそこまで歩くのか」


 先を急ぐ矢知に置いていかれた潤は、未練がましく自販機のサイダーへ視線を送り続ける。

 彼が動かなかったせいで、岩見津は図らずも距離を詰めてしまった。


「自販機を潰そうと思ったら、また出血するよ。大体、犯罪じゃないか」

「アンタら、妙なとこで堅いな。人をさらっといて」

「部長さんは、あれでも元刑事だから」

「へえ?」


 強面こわもての振る舞いに、県警とのコネ。思い当たる節はいくつもあり、その経歴には納得出来る。


「研究所にスカウトされたんだ?」

「ボクの来る前の話だから、詳しくは知らないよ。息子さんがジョルターに殺されたって噂は聞いたけど」


 世間話としてサラリと語られた過去だったが、内容の不穏さに潤は口をつぐむ。

 “ハッシュジョルトは使うな”そう注意した時の矢知が、また違った印象で思い返された。

 いつまでも歩き出さない二人へ、怒鳴り声が届く。


「おいっ、チンタラすんな!」


 小走りになって再び歩道を進み出した潤は、久々の食事へ頭を切り替えた。

 コンビニに寄るなら、手を拭くタオルも欲しいと考えつつ、道の先を見て歩く。

 長い直線道路では、距離感が狂いやすい。

 小さく見えていた看板が、間近に迫るまでかなりの時間が掛かり、潤の空腹を加速させた。


 さあ、やっと到着だという時、矢知が左腕を横に広げて、後続にストップを伝える。

 歩道の脇に並ぶ街路樹の陰に移動した彼は、潤たちにも真似するように告げた。


「隠れながら近づくぞ。様子がおかしい」」

「コンビニが?」

「その一つ先の駐車場が、第四待機ポイントだ」


 矢知が反応したのは、青い光が点滅するのを見たからだ。

 人の動きが無いことを見てとると、彼は腰を屈めて慎重に走る。

 駐車場の真ん中に白と黒に塗り分けられた小型車が停まっており、青い回転灯はその屋根に取り付けられていた。


「警察?」

「違う、自主防犯のパトカーだな。使ってるのは、役所の人間だろうが……」


 駐車場はコンビニの敷地と地続きで、区切り線が地面に引いてあるだけだ。

 シャッターの下りたコンビニに、潤はガックリと肩を落としたものの、矢知は構わずに先へと進む。


 駐車された乗用車の間に二人が身を潜めた瞬間、破裂音と銃声が同時に轟いた。

 単発ではなく、五発以上は連続する射撃。

 機関小銃――となれば、撃ったのは黒ずくめ・・・・だ。

 矢知は地面にベッタリと伏せ、車体の下の隙間から、駐車場内の様子を窺う。


「死体が三……いや、四。動いてるのは一人。ああ、くそっ」

「逃げないのか?」

「佐々井がやられてる。機関銃が相手だとお前の仕事になっちまうが、やれそうか?」


 決して命令ではなく潤の意志を尊重した言い方に、彼も即答せずに考えた。

 指先に目を落とし、爪の周りで凝固した血を見つめた潤は、矢知に向かって頷く。


「やってみよう。遠慮しなくていい相手だよな?」

「ああ、下手に躊躇うな」


 不意打ちを狙って、彼らは敵の死角へと忍び寄っていった。

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