17. 封鎖

 潤にしてみればブレるのは矢知の輪郭であり、自分以外の全てだ。

 そのまま範囲を拡大させてやればハッシュ化するのは、矢知も一度見てすぐ理解した。


「脅しでいい。デカくし過ぎるなよ」

「分かってる……」


 接近する敵に合わせ、その鼻先で切断を炸裂させる――詳しく説明されずとも意図を汲み取り、潤はタイミングを見計らう。

 ふらつく彼でもジョルト球を作ることに成功し、二人を包む大きさにまで成長させた。

 範囲の中に取り込まれた矢知は、脳を揺らす震動を感じて吐きそうになり、必死で胃のムカつきを抑える。


「目がよく見えないんだ……。ゴーサインを出して……欲しい」

「任せろ。震動シバリングしてる境界が、切断線ハッシュラインだな?」

「そう……なのかな。俺には逆に見えるけど……」

「本当に精密制御が出来るんだな。大したもんだ」


 だからといって、ハッシュジョルトは控えるべきだという信条を、矢知が撤回したりはしない。

 球を大きくするほど、外縁に何が在るかは把握出来なくなる。

 不用意に人を殺めたくないのなら使うな――実に筋の通った理由ではあったが、どこか空々しくも感じた矢知は、ただポツリと呟いた。


「気分が悪い」


 その素直な独り言を、体調の乱れを訴えたものと受け取って潤は聞き流す。

 ジワジワと広がった切断円は林を越え、倒木をも含んで尚も拡大した。

 彼らが潜伏する先に目処を付け、走り寄っていた敵たちも震動を察知して動きを止める。


 自動小銃を持つ八人が、一斉に片膝を突いて球の中心へと筒先を向けた。

 矢知にその気が有れば、敵の数人は切断に巻き込めただろう。

 しかし、彼は脅しさえ出来れば充分と考え、ジョルト球を途中で引っ込めさせるつもりだった。


 彼が中止を指示したのと、敵の掃射は同時。

 バラ撒かれた弾の一発が、潤が盾にした樹の幹を掠め、パンッと木っ端が弾け飛ぶ。

 樹皮の欠片は彼の肩に当たり、それが起爆剤となった。


 軽く叩いた程度の強さでも、攻撃には違いなく、ジョルト球は風船を針で突いたように割れる。

 切断線から衝撃波が生じ、強力な圧力に押された敵たちは顔を背けた。


 倒木は半断され、範囲に入った樹々はバッサリと上部を切られて枝が降り落ちる。

 この地下にも水道管が通っていたのは幸運な偶然で、砂埃が治まるより早く、水のカーテンが吹き上がった。

 通行を阻むような力は無くとも、目隠しくらいには利用できよう。


 この隙に矢知は潤を立たせて逃走を図る。

 雑木林の合間を縫い、ジグザグに進路を取って出来るだけ敵の射線を躱していく。

 この間も、銃声はしつこく響き続けた。


 足元が怪しく、今一歩スピードが出ない潤は、狙うには簡単な標的だったはずだ。

 事実、有利なポジションに先回りされて、七回は狙撃されている。

 その度にバックジョルトが発生して、本来なら直撃だと知れた。


 最初は肩を貸した矢知も、ジョルトで吹き飛んでからは、潤と並んで走るのを止める。

 血飛沫が矢知の上着まで汚し、どちらがジョルターか知れたものではない。

 ジグザグに先行した彼は、遮蔽物から遮蔽物へと移動を続けて、敵のいそうな場所へは牽制射撃を行った。

 奪った銃には六発しか弾が残っておらず、撃ち切った後は矢知も潤の奮闘を見守るしかない。


 絶体絶命とも言えるピンチではあったが、敵は接近戦を挑まずに遠距離射撃に終始した。

 銃声の頻度は次第に落ち、二十分も経った頃には、ようやく林に静けさが戻る。

 大きな岩陰に身を隠した矢知は、追いついた潤に隣へ座るように言った。

 肩で息をする潤は、岩を背もたれにして足を投げ出す。


「敵は……ハアッ……諦めたのか?」

「お前がジョルトを使えなくなるのを、待ってたんだろう。このまま動きが無かったら、研究所に戻ったってことだ」


 矢知は微妙に答えをはぐらかした。彼にしても、攻撃が止んだ理由は分からなかった。

 研究所の制圧を最優先にしたのか。或いは、もっと他にすべき仕事があったのか。

 潤は酸素を求めて空へ大口を開けつつ、まだ林間へ注意を払う矢知へ尋ねる。


「最初に、撃って来た銃は……何だったんだ? 音がしなかった」


 輸送車の荷台には、ドラム缶を横向けたようなオレンジ色の機器が積まれてあった。

 これは大容量の蓄電器、または発電装置だろうと、矢知は推測する。

 機器からは黒いケーブルが伸び、その先に接続された銀色の大型銃を敵は使用してきた。

 輸送車は二台、銃も二丁、アレ・・が携帯型であれば、苦戦は必至だったろう。


「以前、開発棟の連中が計画案を出してたのを見た。まさか実用化してるとはな。光学兵器だよ」

「光学って?」

「レーザーライフルって言えば、分かるか?」

「そんな未来兵器まであんのかよ!」


 長所はその直進性、照準通りの正確な射撃が実現すること。

 照準用の赤いレーザーはともかく、本攻撃は無音、無色で不可視の光線だ。


 逆にデメリットは、多数挙げられる。

 電気を馬鹿ほど食うため、巨大化が必須。輸送車込みで使用するなんて、普通なら考慮にも値しない。

 射程も案外に短く、霧や雨にも弱い。威力もライフル弾に比べれば、玩具同然である。


 だが、対ジョルターであれば、一つだけ強烈な利点が存在する。

 弾、つまりは光線の継続性だ。

 電気量さえ確保できれば、レーザー銃なら秒単位で一続きの射撃が可能であった。


「バックジョルトで無効化しても、レーザーはその直後を射抜ける。お前が強力なジョルターじゃなかったら、今頃は穴を開けられて御陀仏だ」

「マシンガンより厳しいってことか」

「レーザーが弾けたなら、機関銃はもう少し楽だろう。点の攻撃だからな」


 また血を噴き出した自分の指先を、潤が見つめる。

 完全無欠とは行かないと知り、彼は溜め息を付いた。


「ジョルターにも弱点はあるんだ……」

「当たり前だ。弱点と言や、ハッシュジョルトの防ぎ方も、敵が教えてくれた」


 距離が有れば、衝撃切断の範囲は見て取れる。前兆を察知できる理屈だ。

 なら、切断線が伸びる前に本体・・を攻撃することで意図しない発動を誘い、暴発させればいい。

 位置取りと遠距離攻撃の出来る武器、これがハッシュジョルト対策になると、矢知は解説した。


「なるほどね。でもさ、ジョルター対策を知っていて、レーザーまで準備してる謎の集団、あいつら何者なんだよ?」

「研究所と敵対し、もちろん制服警官とも違う。と、その前に……」


 これだけ時間が空けば、追っ手は退いたと考えても良いだろう。

 携帯電話を取り出した矢知は、アンテナ表示が快調に復活しているのを確認すると、どこかへ通話を始めた。

 一人目は不通だったらしく、ボタンを押して次へと掛け直す。


 旧知の間柄と思われた相手との会話も、途中から雲行きが怪しくなり、苛立った質問が次々と繰り出される。

 県警、公安、封鎖、治安維持と漏れ聞こえる単語から、潤にも電話内容の予想が付いた。

 あまり好ましい展開になりそうもないことは、矢知の表情が雄弁に語る。

 通話を終えた矢知は、「信じられん」と一言吐き捨てるようにコメントした。


「相手は警察?」

「古い知り合いだ。県警の捜査第一課にいる。研究所は公安課の管轄だが、出やがらねえ」

「捜査第一課でも心強い、のかな。よく分からないけど。あの無法集団は、逮捕してくれないのか?」

「してくれないね。いつから腑抜けやがったんだ、あいつらは」


 現在、城浜市の一部には通行規制が掛かり、検問が行われていると言う。

 規制区域外の捜査と交通整理は県警が担当するものの、区域内は管轄から外され、地元の警察は立ち入ってもいないらしい。


 大人しく言うことを聞く県警本部を、矢知は腑抜けと称したが、区域封鎖は真っ当な手順を踏んで通達されたものである。

 指揮を執るのは警視庁公安部で、県警の捜査課にまでは詳しい情報が下りて来ていないそうだ。


「まさか、あの黒ずくめは警視庁だってことか?」

「にしては、武装が尋常じゃないな。機関拳銃なんて、自衛官が使う装備だ」

「じゃあ自衛隊――」

「治安出動なんて、そうは認められん。そん時は県警にも連絡は行くが、自衛隊は出動待機もしてないらしい」


 但し、自衛隊と県警の大規模な合同訓練が決まっており、昨日から順次、部隊が入市していた。

 五日後に予定された訓練がどうなるかはともかく、事態に関連が有るようにも感じられる。

 交通規制の理由は、「危険な神経ガスが持ち込まれた疑い」からだった。

 テロの可能性も排除できないとされ、この手の事案に特化したチームが東京から送られて来たわけだ。


「それって、偽装だよな?」

「ああ。研究所を押さえるために、国が動いたに違いない。規模の大きさからして、単にデータの接収が目的じゃないだろう」

「規制されてるのは、城浜市全域?」

「さすがにそれは無理だ。市の東部、五分の一くらいを封鎖してる」


 城浜の中心地は入っていないとは言え、封鎖するには広大な範囲となる。

 研究所の在る科多しなだ区のほぼ全てが対象となり、県警は総出で事に当たっていた。

 研究所の周囲に似た林や山地が多く含まれ、監視すべき道路が少ないことで、現場の警官はいくらか安堵したことだろう。

 県警は敵ではないが、警察自体が味方とも言えない。


 敵装備の充実ぶりに感じた不安が適中し、矢知は難しい顔で立ち上がる。

 再出発を促された潤は、手の血を岩になすり付けて拭きつつ、電話を貸して欲しいと頼んだ。


「親に連絡したい。心配してるかも」

「その類いの手配も研究所の仕事だが、これじゃ滞ってるか……」

「無事だって伝えるだけだし、問題無いだろ?」


 巻き込みたくなかったら、ジョルトや封鎖の話はするなと釘を刺し、矢知は二つ折りの携帯電話を手渡した。


「随分と旧型を使ってるね」

「研究所じゃ、皆そうだ。ネットを個人利用しない決まりなんだよ。電話するのに不足は無い」


 矢知の口調には、規則を遵守すべしというより、個人的な主張が透けて見える。

 老人用みたいだと言いかけたのをぐっと飲み込み、潤は実家の番号を押していった。

 携帯を耳に近付け、暫しその姿勢を保っていた彼は、言葉を発しないまま通話を切った。


「繋がらない」

「通信規制も始まったらしい。場所を変えて、また掛け直せ」

「でも、警察には通じたんだよな?」

「さっきの県警は特別回線だ。一般回線は、真っ先に落とされたんだろう。街へ急ぐぞ」

「あ、ああ……」


 携帯を返した彼は、歩き出した矢知の後に付いて行く。

 駅前程の賑わいは無くとも、市街地はそう遠くない。

 マンションらしき建物の天辺が、木々の向こうに覗いており、彼らはそこを目標にして進んだ。

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