16. 突破

 二重のフェンスの内、外側は菱に組まれたどこにでもある金網だ。

 上部が有刺鉄線付きなのが物々しいだけで、金切り鋏でも有れば誰でも突破できる。


 彼が向かい合ったのは内側のフェンス、こちらは三メートルおきに支柱が立ち、間に何本もの鋼線が渡されたものである。

 この鋼線に電気が流れており、破壊すれば管理室に通達が行き、普段なら警備員が出張る手順だった。

 もちろん、触れば軽い火傷を覚悟すべき電圧が掛かっており、矢知が言うには「多少痛い」らしい。


 二つのフェンスに囲まれた幅二メートルくらいの空間、ここに敷地を囲んで二台ずつ二十四組の監視カメラが設置されている。

 フェンス前に立った潤からも、ポールの上に固定されたカメラが一台見えた。

 現在は、どのカメラも映像を伝えていない。

 カメラを繋ぐケーブルは山肌を剥き出しで通っているため、途中で切断されたのだろう。


 まず第一に、バックジョルトでフェンスを薙ぎ倒す。

 やり方は所長室前で学んだが、潤にはもう一つ試したいことがあった。

 攻撃されると、ジョルトが発生する。集中すれば、自力でも使えた。


 ――じゃあ、これならどうだ?


 深く息を吸い込み、気合いを入れた彼は、両手で鋼線を握り込む。

 電流など知ったことかという無謀に、ジョルト能力がきっちりと応えた。


 周囲に積もる枯れ葉を飛ばす前衝撃フォアジョルト、間髪入れず発動する後衝撃バックジョルト

 この段階で、高電圧フェンスより先に最外縁の金網が四十五度に傾いた。

 やや脆くなっていた地面がえぐられ、支柱が根元から横倒しになったせいだ。

 より深くまで打ち込まれた内円の支柱は、ジョルトを受けても持ちこたえたものの、衝撃はもう二回繰り返される。


いてっ」


 電線を掴み、計四発のジョルトが発生するまでのほんの刹那に、電撃を感じて声が出た。

 針先で突かれた程度の些細な感電――それだけだ。


 ジョルトが終われば、手の鋼線は切れっ端と化し、電気の流れは失せる。

 手の中に短く太い針金が二本残り、その間を繋ぐ線はどこかへ切れ飛んで消えた。

 両手の外側でも線は断ち切られ、繋がっていたはずの先は衝撃波で水平にへし曲がっている。


衝撃切断ハッシュジョルト、いや、これは……」


 後衝撃バックジョルトに伴う“切り離し”現象――症例の概略については、潤も説明を受けた。

 矢知が皆へ指示を出している間、岩見津に無理矢理させたと言った方が適切かもしれない。


 物体が切断されるという結果から、彼は切り離しの仕組みに何となく見当を付ける。

 ハッシュジョルトと切り離しは、範囲が違うだけで同じ現象ではなかろうか。

 もしそれが正しければ、バックジョルトにも注意が必要だろう。

 彼が誰かと接して発動すると、切り刻んでしまう恐れが有る。彼の持つ、二つの鋼線のように。


 ともあれ、自らの意志で危険を犯しても、問題無く能力が発動することは分かった。

 電流をトリガーに出来るなら、突破口を作るのも、派手に陽動するのもぐっと楽になる。


 手始めにフェンスに穴を開けるべく、潤は次々と鋼線を握って行く。

 花火の打ち上がるような連続音と共に、ジョルトが間断入れず発生した。

 手で掴んだ場所は線が切れ、一部は切り口が他の線に触れて激しくショートする。そこに手を伸ばすと、またバックジョルトが円形に広がった。

 フェンスに沿って移動し、電線を微塵に刻んで衝撃を放つ。

 何度も削られた地面は凹凸だらけになり、外周フェンスは完全に真横に倒れた。


 この絨毯爆撃の大音響と、火花の光は、敵にも必ず届いているはずだ。

 人どころか大型車でも通れそうな空間を確保しつつ、ジョルターは思う存分暴れ続けた。





 ブナの大樹を盾にして、岩見津は潤の荒業に目を剥く。

 竜巻の如くフェンスを薙ぎ払っていく姿を見て、恐怖を顔に貼り付かせた。


「自分で感電しに行ってる! 痛いって叫んでましたよね、馬鹿じゃないのか!」

「あいつは馬鹿だよ。正しい馬鹿だ。今回に限っては、全くもって正しい」


 希望通りの派手さに、矢知は打って変わって満足そうだ。

 一般職員を主体とした第二陣は、真北を目指して移動中だろう。

 侵入するために敵が高圧電流を解除した場所から、彼らは脱出する。

 北東地点でこうも騒げば、おそらく居るだろう監視役の目は、ここへ集まると期待された。


「お客さんが迎えに来る前に、俺たちは外に抜けよう。走るぞ」

「ジョルトの横を!? 一旦、やめさせないと」

「何言ってんだ、巻月はもう二十メートルは離れてるじゃないか。気合いで行け」


 話を聞いていた佐々井は、ハンドサインで隊長へ了解を示す。

 矢知と彼が先頭を切って駆け出すと、二人に守られる形で岩見津も渋々フェンスへと向かった。


 内周の穴を抜け、倒れた外周フェンスを踏んで外の林道へ進む。

 途中、バックジョルトの風圧で岩見津がよろめいたものの、佐々井が支えてやって事なきを得た。

 未舗装の道に辿り着くと、矢知は部下に岩見津を連れて先に街へ向かうように指示する。


「俺は巻月ともうちょっと敵を待つ。お前は――」

「車です!」


 外周沿いに近付くエンジン音の群れ。このタイミングなら、襲撃者の車両で間違いない。

 北から四台の車が、砂埃を上げて急接近していた。


「よし、急げ! 俺たちを待たなくていい」

「隊長も無理されませんように」

「心配いらん、敵より巻月の方がよっぽど危なっかしい」


 三人を見送った矢知は、潤を援護するために林の中を移動して、視界の良い場所を探す。

 声の届く距離まで寄った彼は、敵の出現を警告した。


「北から来たぞ、外へ出ろ。近寄って来たら車にもお見舞いしてやれ」

「あいよ!」


 音を聞き付けて来た相手である、当然、潤を攻撃して拘束を狙うものだと思われた。

 だが、車はかなり手前で停まってしまい、反撃を狙う彼は当てが外れる。


 ハッシュジョルターの存在は、既に知れ渡っていると考えていい。

 優に五十メートルは残して、三名の敵が車を降り、道に出て来た潤の様子を窺った。

 オフロード用のオープン四駆が二台、後列は幌の付いたカーキ色のトラックだ。全車ともその場でUターンを始め、輸送車が前列に入れ替わる。

 まず三人が車外へ降り、一人は双眼鏡を、二人はライフルを構えてスコープを覗いた。


「小型四駆に輸送車、武器は狙撃銃かよ。いよいよ軍隊じみてきたな。巻月、撃ってくるぞ!」

「見えてるよ」


 直後、二発の銃声が重なって聞こえる。

 そこへジョルトの爆発が続き、低木の陰に隠れていた矢知も顔を手で庇った。


「くそっ、どうすりゃいい?」

「焦るな、お前がジョルターか確認しただけだ」


 弾丸をいくら撃っても、今の潤にはかすり傷も付かないだろう。

 但し、狙い澄ました射撃だったのは事実で、これがジョルターでなければ死人が出たところである。

 誤射で殺そうが構わない、そんなやり方に、矢知の顔が一気に硬くなった。


「次が本番だ、何を用意してるか分からん。逃げるぞ」

「やられっぱなしは嫌だ」

「はあ? いいから戻れ!」

「反撃しようぜ。車も欲しいじゃん?」

「やめろ、それじゃ間違った馬鹿だ!」


 矢知の制止も無視して、潤は車へと走り始める。

 敵はライフルでの攻撃の後、また全員後ろの小型車へ駆け戻った。強力なジョルターから撤退、そんな風にも見える動きだ。

 ところが輸送車の幌の入り口が開き、中から四人が降り立った瞬間、矢知が声を張り上げる。


「横に飛べ! 逃げろっ」


 明らかに変わった声色を聞いて潤も足を止め、前方を注視した。

 彼には分かろうはずも無いが、その額に浮く赤い光点を、矢知ははっきり視認する。

 ここまでで最大威力のジョルトが発生し、矢知の身体を林の奥へ吹き飛ばした。


 大量に舞い上がる砂や枯れ葉が、幸いにも目くらまし代わりになって潤を守る。

 体勢を立て直し、また道路脇まで這い戻った矢知も、暫く彼の姿を見失った。

 少しずつ薄れる砂煙の中で屈む潤を見付けると、矢知が急げと大声でどやす。


「モタモタすんな! 早く逃げろ!」

「あ、ああ……」


 もつれるように足を動かし、道を横切ろうとしたところで、またもや巨大なジョルトが発動した。

 伏せ気味に踏ん張っていた矢知は、飛ばされこそしなくとも、風圧でズリズリと後退させられる。 

 立ち枯れていたらしい雑木が一本、中程で折れて道へ倒壊した。

 枯木で身を隠し、潤の元まで這って行った矢知は、俯せて唸る彼の腕を掴む。


「木で射線が潰れた。ラッキーな野郎だ」

「何を……された?」

「喋るより逃げろ!」


 目に血が滲み、息も切れ切れな潤は、引かれる腕に任せて這い進んだ。

 より遮蔽物の多い林へと向かう二人の頭上で、枝や枯れ葉が弾け飛ぶ。

 見えない攻撃は、今もって継続中だ。


 最初にいた茂みまで来た矢知は、遅れる潤の左腕を力任せに引き寄せた。

 前に進みはしたものの、完全にバランスを失った潤は、頭から地面へ滑り込む。

 思い切り横面よこづらを強打した結果、フォアジョルトが生まれ、矢知まで仰向けに倒れてしまった。


「俺まで攻撃するやつがあるか!」

「わざとじゃ、ない……」


 木立のおかげで厄介な攻撃は止んだとは言え、直ぐに追撃が来るだろう。

 現に、煩い複数の足音が近付いて来る。潤が弱ったと知り、銃撃を集中させてトドメを狙う腹だ。

 追っ手を諦めさせるには、血だらけの潤にもう一仕事してもらう必要があった。


「どこか命中したのか?」

「違うと、思う。能力を……使い過ぎたみたいだ」

「悪いが、もう一回使ってもらうぞ。敵が近くに来たら、健在ぶりをアピールしろ」

「一発で決めたい」

「……仕方あるまい。やれ」


 二人とも口には出さなかったが、たった一度の攻撃で撃退するには、選択肢が限られる。

 ハッシュジョルトの発動に備えて、潤の身体が小刻みに震え始めた。

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