第40話 アマン神

重苦しい雰囲気が学院中を包んでいた。


学生生活が始まり、マリー達は単位を取るために必須科目の授業に出席していたが、常にあくびを噛み殺していた。授業内容は専門性が高かったがマリーは興味を持てず、例えるなら車の運転を習いに来たのに細かい車の部品についての説明を延々とされているようなものであった。マリー達は話題の国家【バラド・アジャナ】からの遊客だという噂が駆け巡ったせいで注目度が高く、多くの生徒から遠巻きに見られていたが話しかけてくる生徒はいなかった。


そんな中、学院では再び生徒が消息不明になる事件が起きていた。


一ヶ月ほど前にバーニーという男子生徒が失踪し、また先日も一人の生徒が行方不明となっていたのだった。事件が始まったのがマリー達が学院に来た後だったことから、学院の中ではマリーたちが関与しているのではないかという声が囁かれ始めていた。


しかし当の本人たちはのんびりとした学生生活を送っていた。マリーはシズカのためのセーラー服作りに取り掛かっていた。父が作った服を見本にハルの意見を取り入れながら作っていく。

マリーの母であるミクリの場合、何でも魔力で生み出せるのはダンジョンの中でだけという成約があった。だが、マリーの場合はどこでもイメージさえ出来れば魔力で物質を創り上げることができた。それはモノだけでなく食べ物や生き物の創造すら可能だったのだ。


マリーとハルは何度も試行錯誤を繰り返し、納得のいくセーラー服が完成した。早速、シズカを呼び出すと、彼女の友人たち二人も一緒に付いてきた。それは王女のクラリスとお付きのミーシャの二人でマリーに接近するためにシズカを利用したのだった。


簡単な挨拶もそこそこにシズカを寝室に連れ込みハルとマリーの二人がかりで着替えさせる。シズカはマリーが想定しているより背が高く、そして乳がデカかった。着替えさせられたシズカは膝上15センチほどの激ミニスカで、胸周りは谷間がざっくりと見え、ウエストが極端に絞られていた。


「いいね、いいね、これいいね、いいよこれ!」

ハルが変なテンションになっている。作ったマリーは思ったより際どい服になり戸惑っていた。自分で試着したときはもっと普通に可愛かったのだ。


当のシズカはまんざらでもない表情で鏡を見つめていた。

「外の友人の感想も聞きたいわね」

ハルはそう言うとリビングの二人を呼びに行く。シズカはさっと青ざめたが止める間もなかった。彼女は王族にエロいセーラー服姿を披露する羽目になったが、見せられる方も気を使ったようで板挟みとなっていた。


「お目汚しですいません」うつむいて恥ずかしげなシズカをクラリス達はフォローする。

「す、素晴らしい、独創的な服ですわ」

「ええ、クラリス様でもお似合いになるかと思いますわ」

お愛想で褒めるクラリスと、調子を合わせるミーシャに対して、空気を読めないマリーは素直に喜んでいた。


「ありがとうございますクラリス様。クラリス様とミーシャさんの分もちゃんとご用意しましょうか?」

「いえ、そんなマリー様のお手を煩わすなんて…」

遠回しに断ろうとするクラリスだったが、マリーは空気を読まない。


「全然大丈夫ですよ!マリーにまっかせてくださいよ!!」


誇らしげな顔をするマリーに押し切られ、クラリスとミーシャはエロいセーラー服を作ってもらうことになってしまった。二人は引きつった笑顔でマリーに謝辞を述べ、破廉恥なセーラー服の鑑賞会から逃げるように部屋をでた。


「ミーシャ!なんですかあの娘は!?空気が読めないにもほどがありますわ!もう!しかし下品な服だったわね。私は絶対にあんな服着ませんからね!我が国であのような破廉恥な服を取り締まる法はないのですか!?」

「ええ、ええ、わかりますよ姫。そしてそんな法律は残念ながらございません、姫。」

「んんんっもう!あの娘にはあまり近づかないようにしましょう!危険ですわ!」


クラリスは怒りをぶちまけながら自室に戻り、祭壇の前で神に祈りはじめた。祭壇を通してクラリスの祈りは神に届き、そして再び神託がクラリスに届けられるのであった。


*


薄暗い学院長室のソファに二人の男が座っていた。ひとりは学院長のハリス博士で、もうひとりは高級そうなスーツに身を包んだ40代半ばの男であった。貴族の中では中堅どころのポジションに位置する一族の男で、貴族院の議員も務めていた男だった。


二人とも焦燥した顔つきで話し込んでいる。そのまわりには数人の男が立ち並び、二人の会話をフォローしていた。

「学院長よ、うちの息子はまだ見つからないのか?」

「申し訳ない、警察にも全面協力をしているのだが。我が学院でも有効そうな魔法を使える人材に協力してもらっているのだが痕跡が残っていないのだ」


男は最近拐われた学生の父親で、遅々として進まない捜査に文句を言いに来たのだった。まわりに立っている男たちの中で警察の制服を来た男が喋りだす。


「マーティン伯爵、全力でご子息の行方を探しているのだ。あと少しお時間を頂きたい。必ず無事に見つけてみせる。」

「そうはいっても、目処はなのだろうが!誤魔化しの言葉などいらん!!早く息子を取り戻してくれ!」


マーティン伯爵と呼ばれた男は、整えられた髪に手を突っ込みくしゃくしゃと頭を掻く。


「ハリス博士、もしもだ。うちのチャールズがもし戻らなかった場合、学院の責任を問うからな。覚悟しておけよ。」


国立の機関であるジャクソン魔法学院は、予算を握る議員には弱い。ハリス博士は警察のメンバーと共に頭を下げ、マーティン伯爵の怒りを受け止めることしか出来なかった。


状況は非常に悪かった。マーティン伯爵の息子、チャールズが失踪したと思われる現場には、チャールズのものと思われる切断された脚が2本残されていた。学院での調査の結果、生きたまま切断されたことが判明していた。死後の切断でないことだけが、チャールズが生きているかもしれない希望であったが、その望みは薄いだろうことをハリス博士は感じていた。


*


アマン神からの三度目の神託を受けたクラリスはご機嫌だった。初めは夢の中で聞こえていた声も三度目の今では頭の中で大音量で響く声として聞こえていた。


クラリスは王の末の娘として生まれたが、王位の継承権の順位が低く、そのため王宮内では放置気味で育てられていた。お付きのミーシャが教育係として付いていたが、姉のように慕って特に大きな問題を起こすこと無く過ごしてきたのだった。


だが、クラリスには他人には言えない悪癖があった。アマン神はクラリスのその悪癖を利用して、マリー達をこの国から取り除こうと画策していた。人間第一主義の神にとって人外のマリー達三人は排除対象なのだ。三大天使のコカエルが手も出ないマリー相手ではアマン神は自分自身が動くしか無いと判断していた。ひっそりとアマン対マリーの戦いがすでに始まっているのであった。クラリスを駒としてアマン神はまわりくどい作戦を巡らせている。


アマン神はクラリスに神託と共に与えたものが2つあった。一つは【空間断絶】の魔法で、マリーが入学試験の時に創り出した魔法の劣化版だった。断絶できる範囲はマリーが作ったものよりはるかに小さかったが、発動すると二メートル四方の空間が切り取られまわりから認識されなくなく効果が付与されていた。もう一つは空間ポーチの亜種で、生き物でも何でも放り込める空間ポーチだった。だがこちらも容量に制限があり、あまり大きな荷物は入れることができない代物だった。


今回の誘拐事件を実行していたのはクラリスであり、アマン神が神託により命令を出していた。クラリスは神の庇護のもと、自身の悪癖を満たすこともできるその命令を喜んで実施しているのだった。

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