第39話 末姫クラリス
マリーたちが遊学することになったこの国の名を【スイス国】という。
アーサーとピルトダウンは【アジャナ】の建国以来、基本的には鎖国政策を取り、他国との貿易にはあまり興味を示さなかった。というのもミクリの持つダンジョン内でならイメージすれば何でも作れる力は、無機物・有機物問わず何でも創造することができ、必要なものは何でもミクリが揃えることが出来たからだった。
だが、建国から30年を超えると開発した領土も拡大し、何もなかった巨大な森は開発され、隣国との関係を持たざるを得なくなっていった。多くの他国の人間が【アジャナ】を訪れ、その異常なまでの発展ぶりを見て、国交を結びたがった。だが【アジャナ】側は他国から輸入したいものは特に無く、もし国交を成立させた場合は、【アジャナ】と商取引をすればするほど金が国から流出することになるため、実際に国交を結んだ国は少なかった。
【スイス国】は数少ない国交を結んだ国のひとつで、アーサーは聞き馴染みのある国名だったこともあり、今回のマリーの遊学を許したのだった。【スイス国】の目的は【アジャナ】の首都である『バラド・アジャナ』の情報であった。首都を取り囲む『ハウル・アジャナ』という都市までは誰でも入ることができたが、自国民ですら許された人間しか入場できない『バラド・アジャナ』は他国人には一切公開されていなかった。そこに住む人々は滅多に外に出てくることはなく、出てきても他国人と接触する機会がまったくなかったのだ。
「バラド・アジャナでは、鉄の塊が地下を走っているらしい」
「遠くの人間と会話ができるらしい」
「この世のものとも思えない、美食の街らしい」
様々な噂だけが流れ、真偽の程を確かめる手段はなかった。
そんな中、マリー達三人はこの国の魔法学校へ入学したのだった。
本人たちは遊び気分であるがスイス国からすると国賓であり貴重な情報源である。
お遊び気分で面白くなかったら帰ろうとぐらいにしか考えていないマリーたちとは意識の差が大きかった。
【スイス国】の運営は議会政治で主導されていたが、国王は世襲で受け継がれていた。政治に口を出すことはあまり無かったが、直轄領を持ち、さらに通貨発行権という好きなだけお金を刷ることができる権利を有していたので金に困ることはなく、その豊富な財力と国王の地位により、大きな権力を持っていた。
さて、その国王の末の娘がジャクソン魔法学園に在籍していた。
マリー達より1学年上の2年生に在籍するその娘は、魔法学園の敷地内に建てた自分専用の屋敷の中で怒りを従者にぶつけていた。
「なんで【アジャナ】の連中はわたしに挨拶にこないのよ!?あの田舎者どもは常識が分かってないんじゃないの?!」
娘の目の前のテーブルには豪華絢爛な料理が並び、壁には配膳のための使用人が立ち並んでいる。並んだ美味そうな料理はすべて冷めてしまっている。この娘が怒っているのはもっともで、非はマリー達にあった。王女からの食事会への招待を無碍に断ったのである。まさか断られると思っていなかった娘は、招待したその日の夜に会食を設定していたのだった。
その日はコカエルが【アジャナ】へ旅立つ前日で、その夜は送別会という名の飲み会が4人で開催されていた。【アジャナ】ではアーサーの影響で、役職が上の人間に対してもフラットな人間関係を築く風習があった。例えば、アーサーが個人的に誰かに命令して言うことを聞かそうとしても、本人が嫌なら断っても問題ないのである。今回はその風習が裏目に出た。他国の姫のお誘いを蹴るなど、本来してはいけないことだったが、三人ともに常識がないため気付かなかったのだ。
その国王の末姫の名は『クラリス』という。17歳になるクラリスは金髪のストレートヘアに青い瞳を持つ見るからに上品な少女だった。豪華な冷めた食事が並ぶテーブルを前に、ひときわ豪華な椅子に腰をかけている。横に立つ従者の女が、クラリスの頭部のマッサージを始める。
「姫様、あまりお怒りになるとお体に障ります。ほら、落ち着いて。深呼吸でもしたらどうです」
「そうね、何事も思い通りにはいかないわね。ありがとう。ミーシャ。」
ミーシャと呼ばれた女はクラリスの額を指で擦りながら、眉間にシワなど似合いませんね、と微笑みながら返している。
「冷めてしまったけど、この料理は皆んなで分けて食べてくれるかしら?せっかくの料理ですもの。皆んなで平等に分けてね」
クラリスがそう言うと、待機していた使用人たちからワッと歓声が上がる。クラリスは満足そうに微笑むと席を立ち、ミーシャと共に自室へ戻った。
「本当に忌々しいわ!マリーだったからしら!?私に恥をかかせたことを一生後悔させてやる」
クラリスはそう呟きながら、寝る前の日課の準備を始める。ベッドの脇の祭壇の前に跪き神への祈りを捧げた。そうしてベッドに入ったクラリスは夢の中で神託を受けたのだった。
その同じ日の夜。マリー達は宿舎のマリーの部屋で、アーサーが考案しバラド・アジャナの名物である「たこ焼きパーティー」を開催していた。コイン大の丸く窪んだ穴が20個ある鉄板に、小麦粉に魚粉を入れた生地と蛸という悪魔の様な見た目の生き物を小さく刻んで入れていく。
コカエルは蛸を見た瞬間、鳥肌が収まらないほど気色が悪く感じたが、勇気を出してたこ焼きを口にすると濃厚なソースと、溶ろける生地に抜群の歯ごたえの蛸が絡みあり、絶妙に美味かった。
すでにハルとは何度も肌を重ねる関係となったため、ここを旅立つことに後ろ髪を引かれる思いはあったが、それ以上に例の本を作ったアーサーに会いたかったし、ハルがいう新作たちをどうしても入手したかった。
「まずは『ハウル・アジャナ』まで行くんだよ、そこで『バラド・アジャナ』の入り口を探してこれを渡せばいい」
マリーは自分の魔力を染み込ませたアーサーに向けた手紙を渡してやった。さすがにエロ本が欲しいらしいとは娘の立場から書けず、詳細は本人から聞いてくれとぼかしてあるが。
「ありがとうマリー。俺は絶対にアーサーさんの新しい本を手に入れてみせるよ!」
「そんなに意気込まなくても、私の手紙を渡せば多分簡単に手に入るよ」
マラコイは黙々とたこ焼きを焼き、ハルはぶどう酒とガバガバと飲んでいる。誘われたコカエルもぶどう酒を浴びるほど飲み陽気に歌い出し、つられたマリーもぶどう酒をたくさん飲んだ。仲間と過ごすいい夜だった。
次の日の朝は全員が二日酔いで動けず、昼過ぎにようやく立ち直ったコカエルが旅立っていった。
重度の二日酔いで立ち上がれない三人はソファの上で別れの挨拶をし、その日は部屋にこもったまま出てこなかったのだった。
夕方になりようやく酒が抜けた三人はベランダから見える夕日を見ながらくつろいでいた。しばらくしてハルは用事があると外出し、マラコイも自分の部屋で筋トレをすると戻っていった。
マリーは一人になり、コカエルが残していった父の本を少し読んでもやもやした気持ちのまま眠りについた。
その夜、ジャクソン魔法学院の生徒が一人、この世から消えた。今年入学した1年生で、バーニーという名の男子生徒だった。庶民の子だったため、彼が消えたことは学院では深く追求せず、おざなりな警察による捜査の結果、事件性なしとして自発的な失踪事件として処理されたのだった。
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