第38話 堕天使コカエル
コカエルはハルに詰め寄っていた。
「これより素晴らしい本がまだまだあるだって?どこにあるんだ?それに作者にもぜひお会いしたいものだ」
マリーはマラコイにお願いしてコカエル用の服を取りに行って貰うことにした。この男の股間がずっと元気すぎるからであって、ハルはそんなコカエルをおもちゃにしており、わざと服が擦れるように身体を動かして遊んでいる。マリーにとっては目の毒であった。
ハルはコカエルに作者のアーサーのことや嫁にバレたら本はこの世から消されてきまうことを説明している。
服の繊維が擦れるたびにビクッとするコカエルと素知らぬ顔で遊ぶハルの間に、マリーは割り込んで不思議に思っていたことを尋ねる。
「でも三大天使って物凄い偉いんでしょ?辞めたっていうけどそんなに簡単に辞められるのかしら?なんか全身黒くなってるし」
「まあ神様直属だから偉いぞ。俺もさっきまでは誇りを持っていた。だかな、この本の内容で目が覚めたのだ!」
コカエルは本の表紙を愛おしそうに撫でながら答える。
「こんな素晴らしい内容を俺は知らなかった。いや神は我々に隠していたのだ。むしろ穢れだとさえ教わってきたのだ。見ろこの本を。」
コカエルがマリーに見せつけるのは「男のオナニー辞典」だった。乙女になんちゅう本を見せつけるんやとマリーはげんなりしたが黙って続きを聞いてやる。
「ここには世界の真実がある。この本の技を自分に試したとき世界が裏返ったのだ。」
特にこの本とこの本を見ながらコクと全身に電流が走る、と熱く語るコカエル。彼が気に入ったのは幼く見えるエルフ達をまとめた「トマトエルフ」のシリーズだった。
なにやら、長い人生で初めてオナニーという概念を知ったそうである。神の世界では性を妊娠目的以外に使うことは厳格に禁じられているのだそうだ。今回、コカエルは神に背きオナニーを実行した。しかも何度も何度も。最後に昇天した時に気を失ったようで、その時に堕天したのだろうとコカエルは語った。この堕天使はテクノブレイクで堕天したのだった。
昇天して堕天した、と言われマリーは困った。どいつもこいつも処女のマリーに容赦ない。マラコイが服を持って帰ってきてコカエルに服を着させた。背中の黒い羽は体内に納められるようで、羽の無くなったコカエルは肌も髪も爪も黒かったが、人間のように見えた。
マラコイは服を着るのを手伝いながら、こういうのは興味ないのかとゲイ雑誌を勧めている。コカエルは渋い顔をしながら俺はこっちかなとロリコン向けの雑誌を握りしめていた。
「ねえ、コカエル。あなたみたいに堕天した天使って他にもいるの?」
マリーが尋ねると、コカエルは首を横に振る。
「いや、今まで聞いたこともないな。俺の配下にもそんなやつはいなかった。だがいまさらあのクソ真面目な神の元へは戻る気などしないな。いまや俺にとっての神はアーサーさんだ。俺はアーサーさんに会いに行きたい」
天使が堕天使になった。またアーサーのせいで世界に変な生き物が増えてしまったのだ。まだ世界は気づいていなかったが、コカエルの一族は増え、後の世でこう呼ばれることになる。「悪魔族」と。神に反逆する一族。不道徳を推奨する束縛を嫌う自由な一族の誕生であった。
ハルが四人分の紅茶を用意している。コカエルも少し落ち着き部屋の中をキョロキョロと見ている。四人がいるのはマリーの部屋だった。まだ部屋を与えられたばかりで特に飾り気のない広めのリビングと寝室が一つある部屋であった。
「すごい狭い部屋なんだよね」
マリーがつぶやくとハルが、マリーの実家と比べりゃどんな部屋でも狭いよバカと常識を教えてやる。この部屋でも普通は特等室なのだ。
「そういえばコカエル、協会で私たちを殺そうとしなかった?」
マリーが思い出したように聞く。コカエルは苦笑いしながら答える。
「あぁ、お前たちのような不純物を人間として認めるわけにいかなかったからな。すまなかったな。命令だったんだ。そもそも何だ。お前たち三人は?人間ではないし魔物でもない。どちらかというとダンジョンの生き物に近いようだが。ううむ。」
「不純物とは何だ。見ろよこんな美しい不純物などある分けがないだろう」
何やらマラコイの琴線に触れたようでプンプンと怒りだした。
だが、確かに三人ともおかしな生き物だった。ミクリから産まれた三人は純粋な人間の子供ではない。マリーはアーサーの血が入っているのだが、ダンジョンコアのエネルギーを身体に詰め込んだ生き物だったし、ハルとマラコイも人間とエルフの身体を混ぜ合わせダンジョンの魔力で強化した特別製である。
四人は紅茶を飲みながら情報を交換する。コカエルはアーサーが住む国への道順を。マリーたちは神の国について。
コカエルの上司だったアマンという神は人間だけを愛しているらしい。
「お前たちは目を付けられたから気をつけろよ。お前たちを戸籍登録したあの僧侶には天罰が下るだろうな。そして俺にも、天罰くるかな?堕天したのが天罰かな?どう思う?」
そんなこと聞かれてもマリーにわかるかけがなかった。その日はコカエルはハルと意気投合し、ハルの部屋で夜を過ごした。
薄暗い院長室に怒声が響き渡っている。ハリス博士の怒りを全身に浴びているのはシズカだった。
「誰だ!あの黒い男は?神聖なる学院に誰が連れ込んだのだ!?シズカ!貴様はいったい何をしておったのだ!!!」
シズカはマリー達の入学試験を偵察中に熱風に巻き込まれ全身大やけどを負っていたのだ。その後、マリーが飛ばした【治癒】により全回復はできたが、失った体力を取り戻すには3日ほどの時間がかかってしまった。プライベートでは彼氏の浮気が発覚し修羅場でもあったしシズカの精神は追い込まれており怪我を理由に自室でしばらく大人しく療養していたのだった。
(あの馬鹿三人はいったい何をしでかしたのかしら?)
シズカはハリス博士が怒っている理由が分からなかったが、あの三人が何かしたことだけはわかった。
「いえ、マリー様の放った魔法事故に巻き込まれて寝込んでおりました。申し訳ありません。」
形だけの謝罪をするが、ハリス博士の怒りはヒートアップし続け、今までの頭脳明晰で冷静なハリス博士像はシズカの中で消えていった。
博士の話をまとめると、三人の側に一人の黒い男が現れたらしい。実家から来たと言うその男はハルと仲がよいらしく、ハリス博士との約束をすっぽかしてハルがその男と遊んでいるのだそうだ。博士はお預かりしているマリー様によろしくない、などと最もな事を言っているが、どうやらハルに捨てられたようで爺いの恋愛トラブルに巻き込まれていることにシズカは気付きため息をついた。
ただでさえ薄暗い部屋だったが、今日は外も雨で薄暗く、いつもにまして暗い部屋の中でシズカはハリス博士の怒りが静まるのをただ待つしかないのだった。
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