第9話 ダンジョンの底から

濃厚な湿気が停滞し、魚の腐臭のような匂いが充満している。

あたりは薄暗いが、壁がかすかに発光しているため、まあ見えないことはない。

海底な感じはそのあたりから感じないこともない。


延々と続く通路は曲がりくねり、十字路があり、そして行き止まりばかりだった。


(くそっ、また行き止まりだ!同じような景色が延々と続きやがる)

迷路である。いや迷宮と呼ぶべきか。


今回のダンジョンで出会ったのは海老だった。

いや、海老人と呼ぶべきだろうか。


まず、手が二本である。

これはハサミが進化したパターンが多いようで、でかいハサミで攻撃してくるやつが多い。


そして手のすぐ下からは細くて硬い足が八本とか十本とか生えていた。

それをカシャカシャと細かく動かすので非常に素早い。


次に胴の上から目が生えている。

にょっきにょきである。

口も胴にある、っぽい。

細かい毛がモサモサしてるあたりがそれっぽいのだ。

あとは額のあたりから出ている触覚がびょーんとしてるやつとかシャキーンとしてるやつとか、まあ色々である。

頭がなく、胴にすべてが集約されている。


最後に尾だ。

海老を思い浮かべてほしい。

俺がよく食べていた海老の身が詰まった部分が胴から後ろににょーんと伸びている。

これが筋肉の塊のようなもので、尾で地面をビターンと叩きジャンプしたりする。

かなりトリッキーな動きでまじでキモい。


これが海老人の基本的な共通点だ。

胴と尾しかないのである。

身体は硬い殻に覆われて、剣を叩きつけても弾かれる。

背も高く二メートル前後あるやつばかりである。

種類もザリガニみたいなのとか、ゴツゴツしたやつ、平べったいやつとか、いろんなやつがいる。


(はあ、もうまじで海老いやだ)

剣で切れないので、火魔法を打ってみたが、矢とか火の球は硬い殻に弾かれる。

得意の脳内ファイヤーで脳内を焼き切ってみるが、哺乳類とは脳の場所が違うのか効果がなかった。


仕方がないのでポーチを探るとオークが持っていたハンマーがあった。

金槌型で、尖った鳥のくちばしのような先と、反対は平らな面である。


長さが二メートルはあり、そのままでは長すぎて天井に当たるため使えない。

岩の間に挟んで固定し、めちゃくちゃ頑張ってぐいぐい曲げまくって半分に折り曲げることができた。

邪魔なので曲げた先を切りたかったが剣では切れず無理だった。


たが、このハンマーで海老人を殴ると殻を突き破ることができた。

出会う海老人を倒せず逃げ続けて一週間してようやく誕生した対海老人専用兵器である。


穂先にはハンマーが付き、持ち手の棒の部分は下で折り返してU字の形になっている。

金槌のとがったほうが海老人の殻を突き破るのに最適であった。


素早い海老人から俺が逃げられたのには理由がある。

ここで出会う海老人たちは持久力がないのである。

片手がないやつ、変な煙を吸ってるやつ、明らかに顔色が悪いやつなど、底辺の海老人っぽいのである。

海老スラムフロアだろうか。


要はクズ海老人の吹き溜まりなのだろう、というのが俺は結論だった。

ただ瞬発力と硬い殻の防御力は手強く、戦いを挑んでは逃げ回る羽目になったのであるが。


そんな海老人と戦いながら、くっさいぬるぬるする通路を歩き回り、挙げ句の果てがどこもかしこも行き止まりである。

ろくに安心して寝れる場所すらないのだ。


「この海老野郎がっ!さっさと死なんかい!」

ようやく海老人との対抗手段らしきものができた俺は、パイプで煙のようなものを吸っていた海老人を急襲していた。

溜まった睡眠不足とフラストレーションをハンマーに込めて全速で寝転がっている巨大な車海老のような海老人に叩き込む。

口から煙をぽわぽわ吐き出していた海老人は襲われても、のそのそとしか動かない。


背中の殻を突き破り、体内に入ったハンマーを前後に振って殻の内側を掻き回す。

U字型に曲げたところが持ちやすくて、意外にいい感じである。


必死で振り回していると気がついたときには、海老人は口から黒い血をドロリと吐きだして絶命していた。


初めて海老人を殺せた。

ハンマーでの力技である。

弱点が知りたくて解剖を試みる。


バキバキと身体を割っていく。

灰色のドロドロしたものやヒダヒダしたエラのようなものとか、まあさっぱりわからない。


海老味噌っぽい灰色の体液が出てきて気持ち悪い。

割った背中から見える奥の方に何かが光っている。


腕を肩まで殻の中に入れて無理やり引きちぎりってみると魔力がこもった石であった。

とりあえず空間ポーチに放り込む。


次は剣で海老人の身体を斬ってみる。

全力でも殻に防がれてしまい、隙間に突き刺してみるが刺さらなかった。


海老人との戦いはハンマーがメイン武器になった。


ちなみに腕と尾の部分は透明の筋肉がぎっしりと詰まっていた。

加熱したら美味しく食べれそうだが、このジャンキー海老の身は食べる気にならなかった。


相変わらずダンジョンは行き止まりばかりである。

今も目の前の壁を前にため息が出る。


ダンジョン内では時間がわからない。

少なくとも一週間は経ったはずである。


勘のままに適当に歩き回った結果がこれである。

一歩ずつ、着実に進めて行こうと決意する。

迷路を確実に脱出する方法がある。


片方の壁に沿ってひたすら歩くのである。

時間はかかるが、いつかは必ずゴールにたどり着くのは間違いない。


行き止まりで身を隠すようにして干し肉を噛り、水分を摂る。ハンマーを杖にして座りながら仮眠する。


※※※※


海老人のパンチを避けてハンマーを叩きつける。

高速で振り回される尻尾をくぐり抜けてハンマーを突き刺す。


開いた穴にハンマーを突っ込んではかき混ぜる。

ぐるぐるぐるぐる。


このダンジョンに来てだいたい220日が経っていた。

多分一日経ったかなと思ったら紙に「正」の字を1画ずつ増やしている。


この七ヶ月に及ぶ地下での戦いにようやく終わりが見えたのが今日であった。

空間ポーチの食料は底を尽きかけている。

飲み水はとっくに尽き、洞窟の壁を流れる水を煮沸して飲んでいた。


俺の目の前に白亜の大理石で出来た登りの階段がある。

行き止まりかと思った壁に触れると現れたのだ。

ダンジョンとは必ず下に行くものではないらしい。


ビルの階段のような、つづら折りの階段を登る。

ようやく、ここから出られるかもしれないのだ。

登る足取りも軽いものである。


思ったより長い階段を登り出口にたどり着く。

ようやく外に出られるかもと勇んだ俺が見た光景は。さっきまでいたフロアと同じ景色であった。


もはや身体に馴染んだ濃密度な湿気と異臭。

ばったり出会ってしまった海老人さん。


出た瞬間に、一匹の海老人と遭遇したのだ。

だが、俺は今、絶望の頂点にあった。

「エエエミィィイイリィイイアァァアア!!!」

七ヶ月もかけて攻略したと思ったらまだ続くだと!?

怒りをそのまま口から吐き出す。


海老人はビクッと身体を硬直させる。

その瞬間、俺のハンマーが海老人の身体に突き刺さる。

素早くハンマーをくるくる回す。

体内をミキサーにかけられた海老人は即死である。

前のフロアでは見たことのない桜色の小奇麗な海老人であった。


エミリアのニタニタ笑う顔を思い出す。

(あのブスめ!絶対に殺す。なんちゅう地獄に送ってくれたんや)

大いなる目標を持って、絶望感とともに、また壁沿いを歩き出したのだった。

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