第8話 雑な罠
ミリアムと別れた後、早足で歩き続けたが街に着かないまま夕刻になった。
山頂から見た街は想像していたより遠い。
もしかするとミリアムが追ってくる可能性がある。
夜に襲撃されるのは流石に嫌だった。
仕方なく街道から外れて、隠れて寝れそうな場所を探す。
ゴツゴツした岩場があり、屋根のように岩が突き出した場所があり、そこで一晩過ごすことにした。
警戒して、周りが見えるようテントは出さず、布団だけ出して眠ることにした。
夜が明けて、早朝から動き出す。
今日中には街に着きたいものである。
街道に戻り歩きだしてしばらくすると、正面からミリアムが走ってくるのが見えた。
やはり俺を探していたようである。
二つにくくられていた髪はボサボサと崩れていて怖い。
夜中もずっと走って探していた様子である。
追い越して、行き過ぎたと思って戻ってきたのだろう。
俺を見つけると手を振っている。
「探したのよーアーサーくぅうんーー!」
いきなり刺される雰囲気ではないが、警戒度はマックスである。
走ってきたミリアムは目が赤く腫れ、髪は乱れ、例の体臭が増している。
ぜひゅーぜひゅーと呼吸しているのを見て、ドン引きである。
「アーサーくんのお陰で目が覚めたわ。わたしひどい目にあってちょっとおかしくなっててごめんなさいね。」
そう言ってミリアムは笑顔を作った。
にっこりと微笑む口の端が痙攣している。
明らかに何かを狙ってやがる。
(こいつまったく目が覚めてないぽいんだけど)
ただ何を企んでるのか、そこは興味深い。
「いやー、何かすいません。で、どうしたんですかミリアムさん?」
「アーサーくんに、お、お礼したくて。あの、や、やっつけてくれたオークっ、くっ、ぐふっ、あのオークっ達の、住処に、わたしの荷物があるんだけど、一緒に行ってくれないかなぁ?御礼にお金も渡したいし、レアアイテムもプレゼントできるわ。」
「オークの住処ってダンジョンですか?」
「そ、そうね。ダンジョンとも言うわね。でも私がいた部屋は入り口すぐだったから、オークと出会わず行けるわ」
明らかに罠なのはともかく、オークのダンジョンは行ってみたい。
俺はミリアムと目を合わせて、お互いに微笑む。
利害が一致したのだ。
ミリアムの後を着いて街道から外れて歩く。
昨日のオークからした匂いがミリアムからも漂う。
この女はもはやオークに近いのかもしれない。
無言で歩くミリアムの後を着いていくのは辛い時間であった。
着いたのは平原の中にある沼であった。
沼のほとりにある五メートルほどの岩の半分くらいまで大きな穴が開いていた。
穴は銀の膜に入り口すべてを覆われて、うねうねと波打つように動き続けている。
「なあミリアム、この中ってどうなってんだ」
「何てことないわよ。ただの普通のダンジョンよ。」
と言うと俺の背中に手を当て押してくる。
入った瞬間に待ち構えたオークに斬りかかられるんじゃなかろうか、警戒してしまう。
「何よ、別に罠とかないわよ。先に入るわよ。」
そう言ってミリアムはすたすたと銀の膜に入っていく。
続いて俺も銀の膜に飛び込むのであった。
入った先は乳白色の石の回廊であった。
天井までは三メートルほどだろうか。
予想以上に清潔である。
所々にドアがあり、白い壁全体がぼんやりと発光している。
ミリアムは一番手前の部屋のドアを無造作に開けて入っていく。
部屋の中はベッドがありタンスが一つあるだけのシンプルな部屋だった。
ミリアムはベッドの下から木箱をずるずると引きずり出すと、中にあった青い丸い石を渡してくる。
「ほら、これがレアアイテムよ。ダンジョンコアのレプリカよ」
手に持つ丸い珠はよく見ると透明で、透明の球の中を濃い青い光がゆったりと循環しているのだった。
「それに魔力を注いでみなさいよ。少しでいいわよ」
とミリアムが言うので魔力を手に集めると、球がするすると俺の魔力を吸い始める。
「そのダンジョンコアは転移石になっていて、魔力を注ぐと、オリジナルのダンジョンに転移できるの。その青い珠は【ラオディキア】というダンジョンに通じているんだって。オークの秘宝よ、ありがたく使ってね。」
ん?
手のひらの石が魔力を吸い続けて止まらない。
「おい、何かずっと魔力吸われてるんだけど!どうやって止めるんだ?」
やばいやばいやばい、手のひらに強制的に魔力が集められてどんどん吸われていく。
ミリアムは満足げに微笑む。
「止め方なんて知らないわ。伝承だと【ラオディキア】は光も届かない海の底に沈んでいるんですって。脱出しても攻略しても水の中よ。ふふん、海底で朽ち果てればいいのよ。」
青い珠が手から離れない。
壁に珠を叩きつけるが壊れない。
くそっ、こんな雑な罠をかけられるとは思ってなかった。
ミリアムはバカ笑いしている。
ものすごくムカつく顔をしている。
いつかこの女殺してやるぞ、と思うが、同時に二人で見た満点の星空も思い出す。
なんだかなぁ、である。
こんなんでもこの世界でまともに喋った初めての女である。
目の前が真っ白になり、光が消えると、岩肌がヌメヌメした二メートル四方の通路が延々と続く場所に変わっていたのだった。
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