第7話 怪女

さて、俺の旅はどこに向かうんだろう。

期待を胸に棒を持つ手を離す。

当てのないぶらり旅、なんか素敵じゃないか。

風が吹いて左に傾く棒をやや右よりに戻して手を離す。

そうか、右か。

俺も右に行きたかったんだ。


とにかく毎日山を歩く。

夜になると寝て、起きると朝日が出る方向に歩き出す。

多少の誤差はあれど東の方である。


旅に出て痛感したのが空間ポーチの有能さだった。

テントと布団を収納できるため、まず毎晩ぐっすりと睡眠できる。

そして食料も大量に持つことができる。 テントも布団も食料もすべてあの四人が用意したものではあるが。


三ヶ月ほど山を歩いた。

出会うのは動物ばかり。

火魔法の便利で、脳を撃てば一撃で仕留めることができ、食料に困ることはなかった。


雪がちらつき始め、気温が下がり始める。

さらに一ヶ月ほど歩いてある山の山頂についた時、見下ろした先に広がる平野と遠くに街のようなものが見えた。


(わくわくする。良い出会いがあればいいんだが)

前髪は目のすぐ上で切り揃えて、頭に布を巻いた。

額にある奴隷の印を隠すためである。


腰に挿す剣はエロンが持っていた反りのある片刃剣である。日本刀のようで気に入っている。

山の中腹まで降りたところで、街道のような道に出た。

ひたすら獣道ばかり歩いていたので歩きやすさに感動する。


その日の夕方には山を降りることができ、街道の横にある空き地に腰を下ろした。

空間ポーチからテントを出し、鍋と水を出していく。腰に縛っていた大型の鳥を捌き出す。

街道を歩いていた時に飛んでいた鳥を火魔法で仕留めていたのだ。


今日は鳥のスープにする。

海水から作った塩を入れて山に生えていたニラっぽい葉っぱを入れる。

羽をむしった鳥は骨ごとぶつ切りにして鍋に入れた。

骨ごと煮込んだスープは鳥から出た油が黄金色に輝き美味そうである。


夕日が山間に沈んでいく。

スープの鳥肉はくさみもなく、強い歯ごたえがあって美味い。

がつがつと骨をしゃぶりながら食べていると、街道を歩いていた女が空き地にふらふらした足取りで入ってきた。

そしてこちらを一瞬だけチラッと見たあとでわざとらしくゆっくりと地面倒れたのだった。


倒れた女はまだ若いようで、髪を耳の上で二つにくくっている。パーマをあてたようなクルクルした金髪であった。

膝が出る丈のスカートを履き、フリルのついたシャツに茶色の毛皮のコートを着ているが、どことなく小汚い。


倒れたあともこちらに顔を向けており、時たま薄く目を開けてこちらを伺ってくる。


(いやいや、胡散臭すぎるだろ。街から外れた街道に手ぶらでとか。妖怪か何かだろうか?)

とりあえず目は離さないように警戒しながら、鍋のスープを全部器にとって食べていく。


しかし、骨ごと煮たのは大正解だった。

髄に旨味が詰まってると言うもんな。

最後に残った太めの骨に付いた軟骨を齧りながら満足する。


食べ終わった骨を鍋に放り入れる。

カラーンと音が響く。

その音が聞こえたのか、女が立ち上がりよろよろと近づいてきた。


「申し訳ありません、旅のお方。お腹が減っておりまして、その、ス、スープを分けて頂きたく、、」


そう喋る女は、眉を八の字にして困っていますという顔をしているが、時おりこめかみがピクピクしている。

女はコートの前を大きく開けて胸元を腕で寄せており、大きく形がよく柔らかそうな胸が強調される。

ちょっとグッと来たものがあるが、理性が勝つ。


「いや、ごめん、見てのとおりもうないよ」

そう言うと、女のこめかみがピクピクピクッと震える。怒りやすい人なんだろうな。


「わ、私が、もう少し早く起き上がれさえすれば。そこに倒れてしまっていまして……」

と目の前の倒れていたところを指差す。


思えば女っ気のない人生であった。

奴隷として働いていた鉱山は女人禁制である。

休みもないため外出したこともなく、逃げ出した後に筋肉ダルマのダンジョンで死んでいた二人が今生で見たはじめての女性であった。


この怪しい女は俺にとって生まれて初めて会話する女となった。

芝居が下手でどこまでも怪しいが、シャツをパツパツにさせる豊かな胸、その尖端の突起。そして膝から下の生足。髪をアップにした首筋と、舐めるように見てしまう。

そして何より潤んだ瞳である。すこし目が離れていて魚っぽいような気もするが、全然いける顔である。


「わたくしオークに拐われていたところから逃げてきまして。お邪魔にならないようにしますので街まで一緒に行かせてもらえません?」


なるほどですね、と思った。

服が小汚いのも納得である。

代わりに、膨らんだむらむらした気持ちがしょんぼりしていく。

(オークか、オークに犯された人はちょっと無いな。オークが兄弟とか笑えないし)


まあ一緒に行くだけならいいですよ、と言って干し肉を分けてあげた。

暗くなっていたのでテントにも入れてあげ、俺は外で火の番をしながら寝ることにした。

近づくと女はちょっと臭くて一緒のテントで寝るのはちょっと無いなという人だったのだ。


女は夜に何度も起きてはテントから顔を出すので、その度に声をかけるのだが、毎回びくっと震えていた。

とにかく胡散臭い女で抜け出してどこかに行こうとする。

気づかないフリをして、寝れないのならこちらにどうぞと、焚き火のそばに座らせてお茶を飲ませてやる。

寝込みを襲う強盗団の手先か何かだろうなあ、この女。

頭上には満点の星空が輝く。


「まあ、わたくしの分まですいません。わたくしミリアムと申します。あなた、お名前をお聞きしても?」

と言われて思いだした。

俺は名前ないんだった。

とっさに「あさん」です。と奴隷時代の番号を言ってしまった。


思い出すなあ、『あ3』と呼ばれ続けた日々を。

毎日、坑道の最底でカナリヤの鳥籠を持ってはいずりまわったなあ。


「あさん?アーサー?すいません。いいお名前ですね」

と女が言うので、俺の名前はアーサーになった。


「ミリアムさん、ここから街までどれぐらいかかりますかね?」

人恋しいとはいえ、この怪しい女ともう一泊するのは嫌である。


「は、半日あれば近くの街まで行けますわ」

「じゃあとりあえずそこまで一緒にいきますか」


「ところでミリアムさんはこの辺りのご出身ですか?」

「え?えぇ、そうね。そうね。」

「いまお幾つなんですか?」

「はぁ?いや、えぇ、に、20歳よ」


なんか会話も特に盛り上がらないので、無言でお茶を飲む。

少し冷えるが焚き火の熱が暖かい。

星空の下で女性とキャンプである。


相手がもっとまともならなあ、とため息が漏れた。

ただ見上げた夜空は、強烈に輝く星たちが空中を覆っていて美しかった。


俺が黙るとミリアムはチラチラとこっちを見てくる。

少し動くたびに髪が揺れて臭う。

悲しいことに、触りたいと思うことはなかった。

もう寝たほうがいいですよ、と無理やりテントに押し込むと、流石にもう起きてこなかった。


朝になり簡単な干し肉のスープを二人分作る。

ちゃちゃと食事を取りテントなどを片付ける。

空間ポーチに放り込むと、ミリアムはぎょっとした顔でポーチを凝視している。

(まあ盗賊ならこれ狙うだろうなあ)


俺とミリアムは二人で街道を行くことになった。

俺が前で、ミリアムが後ろだ。

ミリアムを前にすると風向きが悪く、ミリアムの体臭が全部俺にくるのだ。

だが、女性に臭いと言うのは流石に紳士でない俺でも駄目だとわかるので黙って我慢していた。


しかし何だろうな、旅は道連れとは言うが、残念感が拭えないのはなんだろうか。

ミリアムはずっとキョロキョロしていて、いきなり手を上げたりと挙動不審すぎて会話する気にならない。

多分、潜んでる味方に連絡でも取ろうとしているんだろう。


街道は森の中に続いている。

鬱蒼と茂る緑の中に馬車一台分くらいの石畳が左にカーブしている。

森に入った途端にミリアムが急に前を歩き出した。


「ミリアムさん後ろからゆっくり着いてきてくれたらいいですよ」

「あなたにばかり前を歩かせるのも悪いわ。私も役に立たせて欲しいわ」

と言いながらどんどん歩くスピードを上げていく。


俺は臭いので少し離れたほうがありがたく、どんどん離れていくミリアムの背中を見ながら歩いていた。

明らかに無理がある離れ方をするミリアムを見て襲うならこの辺りなんだろうな、と見当がつく。

ほとほと残念な女である。


カーブの向こうにミリアムの姿が消えた。

しばらくすると「きゃーーーアーサー君たすけてーー」と叫びながらこちらに走ってくる。


その後ろからは五人の豚のような男が肩に大型ハンマーを構えて追いかけてきていた。

(おお!まさか人間じゃないとは予想外だ!)

(あれは豚っぽいしオークかな?身体は人間ぽいが顔は豚だしな)


ピンク色の肌に脂肪が乗った身体は力士のように筋肉質である。

顔は巨大な鼻の穴が前を向き、小さくつぶらな瞳で、髪はなく豚のような耳が頭の上に付いている。


ミリアムは俺の後ろに回り込むと、アーサー君やっつけて!と豚を指差す。

「あの豚なんすか?」

「豚じゃなくてオークよ!」とミリアムは何故か怒る。


そうか、やはりオークか。

オークの持つ大型ハンマーは金槌になっていて、片面は尖っていてその反対は平らで叩き潰せるようになっている。

それに長い棒が付いていて、遠心力で威力が上がる武器である。


五体のオークはどすどすと走ってくると、俺の目の前に立ち止まり、五体横並びになると顔を前に出して「ヴォオオオー」と吼えた。

口の中が見えたが、歯並びが汚く、ピンクの口の中にまだらで黒いシミのようなものがあった。


ふわっと臭い匂いがオークから届く。

なぜか物凄くイラッとしたので、いつもの火魔法を脳内に出現させる。

五体は同時に白目を向くと頭から地面倒れた。

時間を置かず俺は五体の首を端から刎ねていく。


「え!?え!?マルコ!ポール!ショーン!ちょっ、てめー待てや!待って!アーサーお願いやめて!あーロビン!クリスーーー!!」

ミリアムは何やら叫んでいるが全員殺し終わってから聞いてやろう。

もし動き出したら俺が危ないからな。


五匹とも首を切り、死んでいるのを確認して道の端に身体を引きずって動かす。

落ちていたハンマーもポーチに入れてみたら入ったので一本だけ入れて後は森に捨てた。

そんなに大量の武器はいらないだろうし。


ミリアムはショックを受けたようでうずくまって泣いている。

本当はすごく重いので手伝ってほしかった。


ミリアムがあのオーク達と何をしたかったのかはわからないが、ろくなもんじゃないだろう。

素知らぬ顔をして声をかける。

「ほらミリアム、今夜はオークのお肉食べれるよ」

びくっとミリアムは肩を震わせ、俺を見た顔は鬼のようだった。


「よくもわたしの可愛い息子たちを!殺しやがって!この人殺しが!」

俺はショックを受けた。

オークって人に分類されるんだろうか。

あと、さすがに息子だとは思ってなかった。

なんか野良オークとか使役できるのか、盗賊団で飼ってるとかを想像してた。


この女、オークに拐われたどころか子供まで産んでずぶずぶやないか。

「なあ、オークって殺したら人殺しになるの?」


ミリアムは答えてくれなかった。

「なんかごめんな、やっつけてって言われたからつい」

ミリアムの肩がぷるぷる震えるだけでやはり返事はなかった。


この女が泣き止むのを待つ理由は何もない。

ミリアムの計画が失敗に終わったのは間違いないのだ。

旅の道連れもここまでである。

俺は黙ってミリアムから離れると、そのまま街道を歩きだした。


ミリアムが正気に戻る前に、できるだけ静かに最速力で街道を移動した。

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