第10話 海老人

今日の晩御飯は、海老である。


空間ポーチに入っていたバーベキューコンロに殻を剝いた海老の身を並べる。

今日の海老は手がめっちゃ長い黒っぽい海老である。

尾の身をぶつ切りにして海老味噌をまぶしてある。


とはいえ身長が二メートルを超える海老人は尾の部分だけで一メートルはある。

一番美味い根本に近い部分だけを調理するのだ。


火魔法で包み込むようにして炙る。

温度は200度前後でオーブンで焼くイメージである。

白い身にかすかに残るなんか黒っぽいところが赤く変わって焦げ色が付く。

食べ頃である。


出来上がった海老を前に立ち尽くす。

美味そうに見えるがまったく食指が動かない。

ちなみに昨日の晩御飯も海老で、一昨日も海老で、その前の日も海老であった。

というかここ三年ぐらい海老しか食べていない。


そう、海老のダンジョンでの生活は三年ぐらい経っていた。

まあアバウトなカウントなので、たぶんだけど。


13歳で150センチほどだった身長は海老より少し低いくらいまで伸びていた。

俺はもう16歳ぐらいにはなったのだろうか。


ため息がでる。

何が悲しくて青春真っ盛りの三年を、こんな海老臭い穴倉で過ごさねばならんのか。

目の前の焼き上がった海老を指でつつく。


最下層を七ヶ月かけてフロアをひとつ上がった後、次のフロアは四ヶ月、その次は三ヶ月、と徐々に階段を見つけるスピードが上がっていった。


どうやらピラミッド状になっているようで、上がるほどフロアが狭くなるのである。


俺の戦い方も変わっている。

海老人を殺した後には必ず魔力石を採っていたのだが、ある時、海老の目の裏側から視神経らしい白い線が繋がっているのを見つけた。

辿ると白い塊があったのだ。


お腹側にあり、想定したより下に脳があったのだ。

この発見で、海老人との戦いは一気に楽になった。

お久しぶりに火魔法を海老の脳っぽいやつがある場所に発現させる。

下腹のあたり、人間だとへその位置あたりである。

すると、どんな種類の海老でもごしゃっと脱力して地面に臥せるのだった。


最初武器にしていたハンマーも壊れてしまい、防具類も戦いの中で壊れていった。

今の俺は上は裸。下は短パン一枚、腰に空間ポーチ、それだけである。


海老人と遭遇すれば素手の殴り合い、ステゴロである。

ハンマーが潰れたのは毛ガニっぽい海老人と戦っていたときで、ハンマーの付け根が折れてしまった。

とっさにグーでパンチを打ったら殻にヒビが入ったのだ。

それからは素手で戦うことになった。


海老人のパンチは音速を超えてくる。

素手で殴り合うと、体運びの体重移動など勉強になった。

海老人のパンチはノーモーションから音速を超えるのだ。

当たると骨が折れるし、かすれば肉がえぐれる。

おかげで治癒魔法の練習が大いにはかどった。

今では肉がえぐらても速攻で治せるまで治癒魔法に錬達してしまった。


なので最近は海老人に合うと、ステゴロをした後で脳に炎コンボで倒している。

わざわざステゴロしなくてもいいんだけど、なんというか、自分に気づいてない相手を殺してもやりがいがなかったのである。


そんな海老人との殴り合いの毎日を過ごしていたら、火魔法を使わなくても素手だけで勝てるようになってしまった。

ここに来た時よりかなり強くなった気がする。


目の前にある冷めかけの海老を噛じる。

食べ飽きた。魂が食べることを拒絶している。

バーベキューコンロをポーチに収めて、囓った海老肉を捨てた。


今は下から数えて68階層。

今では一週間に一階のペースで攻略できるようになっていた。


海老人を殴り殺し魔力玉を採って移動する。

武器を持たないので身軽である。

さらに素手で戦うようになって身体能力も上がった気がする。


流石に68回も階段探しをしていると、なんとなく階段の場所の傾向も見えてくる。

このあたりじゃないかと目星を付けたエリアに上りの階段はあった。


階段を登るときは毎回少しだけ期待してしまう。

登りきったら青空が広がってたらいいな。

登りきったら普通の人間がいて会話ができたらいいな。


そうして、登りきった先にあったのは、いつものじめついた洞窟であった。


…………。

……あぁ。

…もう嫌だ。


こんな海老ダンジョンから早く出たい。

頭の中でプチンとなにか切れた。


最速で最上階まで上り詰めてやる。

そう心に決めて走り出す。

海老人と出会ってもステゴロのタイマンは止めだ、止め。

出会った瞬間に脳を焼き切って捨て置いてゆく。


「海老人どもよ!俺の邪魔をするやつはみなごろしにするからな!」

腹の底から言葉を出すのは久しぶりで爽快だった。

周りに誰もいないので無駄な宣言ではあるが。


そこからは一日で二階層から、調子が良ければ三階層を走破し続けた。

百階層目に上がる時は期待したがダンジョンは続いており、百五十階層の階段でもやはり期待したがダンジョンは続いていた。


それは百八十階層目に入った時だった。

あの皆殺し宣言から28日後のことだった。


洞窟ではなく、白い正方形の部屋に出た。四角錐の中にいるようで、丁度ピラミッドの頂点の三角形の中にいたのだった。


そこにカラフルで美しいシャコがいた。

背中が青く、腹側が赤い。所々に紫や緑がアクセントとして入り、太い腕はカマキリのように折り畳んで構えている。


その腕は緑と黒が入り混じり、夜空のように美しい甲羅をしていた。


肩幅は広く身体は肉厚である。身長も三メートル近くはあるだろう。

そして海老の脳がある下腹部には身体に埋まった巨大な魔力玉が見えている。


赤い六本の脚をカツカツと床に鳴らしながら近寄ってくる。

シャコの身体が青と赤の混ざった色の光を放つ。

何かの魔法をかけたようだった。


太いカマキリのような腕動かして威嚇してくる。

速すぎて見えなかった。

(殴り合いは諦めよう…)


俺はもう海老人なんてどうでも良かった。

ナイスファイトをする気力なんて等に無い。


火魔法で海老人の脳が本来あるはずの場所を焼く。

その場所には巨大な魔力玉があり、シャコは特にダメージを受けていないようだった。


作戦を変えて、足の付け根の関節を火で包んで焼く。

オーブンのイメージで最大温度を想像する。

俺の火魔法は大きな火が出せないが、数は結構出せる。

あと精度を重視して鍛えてきた。


シャコの六本の足の付け根だけを狙うなら、同時に攻撃できるのだ。


シャコに近づかれないよう距離を取りながら、ジワジワと高温で焼き上げる。

殻の中の透明な筋肉が、加熱されて白く食べごろに変わる頃、シャコの足が根本から焼け落ちた。


床に倒れたシャコは腕を振り回し、尾をビッタンビッタン振るので危ない。

さらに口を開けて叫ぶのだが、くぱぁと左右に開くのがエイリアンのようでキモい。


危ないので、シャコの目も火魔法で包み焼きにする。

すると動きが鈍くなったので近付いて、下腹部にある大きな魔力玉を殴った。

玉が砕け散ると、シャコの身体も脱力していく。死んだのだろう。


赤と青の光の玉が、俺の身体にふよふよと入っていく。

筋肉ダルマの時と同じなら、このシャコがダンジョンボスである。

ボスを倒したからこのダンジョンも崩壊するだろう。


シャコが守るように立っていた、ゆらゆらと揺れる膜の張った出入り口へ向かう。


外は暗くて何も見えない。

腕だけ外に出してみると水びたしになった。

ミリア厶が海底ダンジョンだと言っていたのは嘘じゃなかったようである。


深海だと水圧のせいで人は死ぬ。

このまま裸で出れば死ぬし、ダンジョンにいれば崩壊に巻き込まれて死ぬだろう。

さて、どうしたものかと頭をかかえる。


人の身体は水分が七割なので深海でも水圧には耐えられるらしい。

ミートボールのようにぐしゃぐしゃと圧縮されることはない。


深海でやばいのは空気である。

体内に空気があるのがやばいのだ。


深海だと水圧が肺や気道など空洞にかかり、ペシャンコになるらしい。

肺を守る肋骨ごとペシャンコになって胸が凹むんだとかなんとか。


さらに、体内の空気が無くなるため浮上できず沈んでいくらしい。

深海まじ怖い。


とはいえ肺はペシャンコになっても治癒魔法で何とかなりそうである。

浮力をどうにか確保して脱出しなくてはどうせ死ぬ。

まあ何もしなくても死ぬなら、やってから死ぬほうがマシ程度の話である。


ぶっつけ本番で試すしかないが、水面にさえ上がれれば何とか生き残れる可能性は出てくるのだ。

空間ポーチにあるものを片っ端から出していく使えそうなものを探す。

水圧に耐えて空気を逃さないもの…。


壊れたハンマーを手に考える。

鉄で船を作るか。

この重い塊が本当に浮くんだろうか。

その前に鉄が圧倒的に足りない。


室内にはまだ異変はないが、上がってきた階段から風が轟々と吹き出している。

階下の方では恐らく崩壊が始まっているのだろう。


ふと、床にあるものが目に止まる。


三メートルの巨大なシャコである。

ひとつの無茶苦茶な案が浮かんだのである。


シャコの身体は魔力玉があった腹部以外はキレイなものである。

腹部から手を突っ込み、体内に詰まった身を取り出していく。

全部取り出すと、人間魚雷になれそうなシャコの抜け殻の完成である。


穴が空いている箇所は火魔法で鉄を溶かしたものを詰める。

うまく蓋になってくれるだろうか。


シャコの抜け殻を頭からかぶってみる。

濃厚な海老臭である。

一秒でも早くここから出よう、という決意が固まる匂いだった。


俺は上半身をシャコの胴に突っ込んでいる。

下半身は丸出しである。


俺の肺と心臓と脳をシャコの殻で守る作戦だ。

ひっくり返ったカヌーに頭から入っているみたいである。

雑な作戦だが何もしないよりはマシだと自分に言い聞かせる。


そして、俺の目の前には出入り口の膜がある。

いざ脱出の時は来た。

(さらばだ、海老洞窟)


シャコの殻を持ち上げて、よたよたと歩くと膜を越えたようで、ぐんっと身体が上昇する感覚があった。

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