第5話 冒険者たち

脱走奴隷となって一年が過ぎ、俺は13歳になっていた。


筋肉ダルマの洞窟を崩壊させた後、山を北に歩き続けたが、モンスターに出会わなかった。


兎や鹿や猪など普通の動物はよく見かけたが、モンスターに出会わないため、巣の攻略が全くできなかった。

三ヶ月ほど移動したあたりで海に出た。

周りを一週間かけてぐるりと散策したが村などは全く無かった。

後ろに山があり、山から流れ出る川があり、正面には海である。


季節は秋になり、夜は冷えるようになり、俺は冬の間過ごせる場所を探していた。

ここで冬を越すことに決めて、住めそうな所を探していると、山の中腹あたりに人の手が加えられた石畳敷きの一画を発見した。

といっても数百年は放置されているような雰囲気で、石畳も草にまみれぼこぼこに崩れていた。


よく調べると山腹の一部に石積みの壁が残っていてそれを崩すと山に飲み込まれた部屋が出てきた。

コンビニぐらいの広さの端は天井から木の根が出ていたり崩れていたりしたが、すでに山の一部となっており、それ以上崩れなさげだったのでここに冬の間住むことにした。


それからは山で獣を狩り、海で魚を摂り、保存食をできる限り作るようにした。

まあ、煙で燻すだけの燻製であるが無いよりはましである。


また毛皮も集め、山から木を集めて大量の薪を用意した。

そういった準備をしているうちに冬になり、軽く雪が積もる程度だったこともあり楽勝で越冬し、春には豊富な食材が山や海から採れた。


あと部屋の床下から大量の酒が出てきたので、冬の間に残らず飲みきった。

妙にクセの強い酒だったが、娯楽もなく暇な冬の間は酔って毛皮にくるまって寝ると至福の時間であった。


春が過ぎ、夏が来た。

俺の髪も伸び、丸坊主だった髪は肩につくまで伸びている。

額には相変わらずの【隷属縛】の印が付いているが日常に困ることはなかった。


そんなある日、四人の男に襲われたのである。


寝ていたところ頭を押さえつけられる衝撃で目が覚める。

手を後ろで掴まれ、縄で縛られててしまった。


何が起こっているのか分からないが、久しぶりに聞く人の声に喜んでいるうちに縛り上げられてしまった。


「なんだこいつは!?まだガキじゃねえか」

「ワシが知るわけ無いだろうよ、それよりここで間違いないのかよ?」

「爺よぉ、地図の場所はここでさぁ」

「でもこの部屋にはなーんにもないっぽい」


四人が喋る内容から、どうやら彼らもこの場所に初めて来たようだった。

(どうしよ?やり返せないことも無さげだけどとりあえず大人しく縛られとくか)


四人は俺の部屋をゴソゴソと荒らしている。

「すいません、何を探してるんですか?」


尋ねると一番怒りっぽい金髪ポニーテールのマッチョ剣士が答える。

「おい、お前ここに住んでんのか?」

「一年くらい前から住んでます」

と言うと驚いた顔をして

「はあ?一人でか?どうやってこんな深くまで入って来れたんだ?お前人間だよな?」

と言うと俺の顔を覗き込む。


額の奴隷の印を見たマッチョ剣士は何故か嬉しそうな顔をする。

「何だお前、逃亡奴隷か。おい、この部屋を見つけたときはどんな様子だった?」

「土に埋まってた壁を壊したらこの部屋が出てきましたけど」

「なんか瓶とか、酒っぽいものがなかったか?俺たちは神酒ウルを探しててなあ」


俺にとってはわけのわからない話であるが心当たりはある。

だが正直に言えば面倒臭げである。

「ここに入ったときに空き瓶なら転がってましたけど…神酒ウルって何です?」


禿頭に長い髭のお爺さんが喋りだす。

「神酒ウルはよ、古代ソドムの大魔道士ベルシャザルが作ったと言われる延命薬よ。ひと舐めで一年寿命が伸びるらしいぞ」


(うそやろ、それ100本は飲んでもたぞ)

「でもよぅ、この情報はバルラーの予言でも確認してるんだよぅ。こいつが飲んじまったんじゃねえかよぅ」

いきなり核心を突いてきやがる。

その通りである。


間延びした口調とは裏腹に、紳士のようなスーツを着た猫背の男は続ける。

「そもそもこの森の奥地に一人で住んでる奴は、まともな子供じゃないよぅ」

確かに。

その通りである。


そこに、二十歳すぎに見える耳の尖った軽薄そうな男が喋りだす。

「まあウルが伝説通りならさ、飲んだこの子はもう死んでるよ。アホみたいに魔力濃いいらしいからさ」


「まあいいじゃないか、ゼルバアル。こいつには俺が優しく聞くからな、いいよな?」

マッチョ剣士は俺の髪を撫でながら、三人に部屋から出とけ、と命令する。


三人は、俺の作った燻製をいくつか掴むと、可哀想にとニヤニヤ笑いながら外に出て、海の方へ向かったようだった。


二人きりになったマッチョ剣士は猫なで声を出し始めた。

「よう、あいつらの手前、ちょっとキツい言い方してごめんなあ。俺はエロンだ。よろしくなぁ」

そう言いながら縛られたままの俺の太ももの内側を撫でてくる。


背中に鳥肌がぞわぞわと広がる。

エロンと名乗ったマッチョ剣士は俺の正面でしゃがみこんで上目遣いで俺を見つめてくる。

手は内腿の奥深くまで侵入している。


(あかんであかんで!これはあかんやつやで!)

間違いなく性的に狙われている。

今すぐ無力化するべきか。

目をそらして考えていると、エロンの手は俺の頬を撫でて、額を触りだす。

「お前可愛い顔してんなぁ、優しく可愛がってあげるからなぁ、まずは【隷属縛】を上書きしてあげるからなぁ、痛くないか…ら…」

と言いながらエロンは俺の足元に崩れ落ちた。


エロンが【隷属縛】を上書きできると聞いた瞬間が我慢の限界だった。

火魔法で脳内を焼き切ったのだ。


この一年で俺の火魔法は進化している。

使うほどに馴染み、矢の形にしたり、筋肉ダルマが打ってきた火の玉も出せる。

縛られているロープに小さな火を出して焼き切った。


エロンは身体が動かないことに驚いているようだが、首から下の筋肉が全て遮断されているから声も出せない。

倒れているエロンを仰向けにする。

呼吸も出来ないので、この状態で放置すると五分もすると死んでしまうのだ。


「エロンだっけ?息が出来ないから、このまま五分すぎると死んでしまうよ。わかる?」

エロンは必死で首を縦に振る。

「よし。俺はこの【隷属縛】を解除したい。上書きができるなら解除もできるだろ?」


またエロンは必死に首を縦に振る。

「なら今すぐやってくれ、終われば身体を戻してやる」

エロンは必死で何かを訴えている。


「今の状態じゃできないのか?」

またエロンはぶうんぶうんと縦に首を振る。


(まいったな、治してしまうと抵抗しそうなんだよなあ)

とりあえず喋れるようにだけ回復できるだろうか?

まあやってみるか、と声が出せるように治れとイメージしながら「ヒール」と言ってみる。


途端にエロンがゴホゴホと咳をして荒く息をしだす。

「俺が悪かった、身体が動かねえ、すまん、謝るから治してくれ」

「先に【奴隷縛】の解除だよ」

「手が動かないと無理なんだ。頼む。身体を治してくれ」


まあ言ってることはわかる。

魔法の発動はイメージだけでもできるが、なんかこう力をよいしょっと入れる鍵があった方がやりやすいのだ。

仕方なく今度は左手だけ治すイメージで「ヒール」を打つ。


「ありがとよ、今から解除するから額を触らせてくれ」

そう言うエロンの目に一瞬だけ狡猾な光が走った気がする。


(これって解除するふりして奴隷の主人登録されたら俺終わりじゃない?)

「いまいち信用できないなあ」

とチラチラ様子を伺う。


エロンは必死に色んなことを教えてくれる。

彼ら四人は冒険者結社アモンの幹部だということ。

ここには神酒ウルを探しに来ただけで、俺に害意はないこと。

むしろいきなり縛って悪かったからぜひ謝罪したいこと。

などなど。


だがどうにも、このショタ男色家は信用できない。

「うーん、じゃあさ、奴隷縛の魔法を俺に頂戴よ?」

と提案するとエロンは困った顔をする。

「魔法の譲渡なんてできるわけないだろ?」と逆に聞いてくる。


(筋肉ダルマから魔法を移ったのはダンジョンだったからなのか?)

(となると俺が自分で覚えるしかないか。まあ今まで困ったことないし別にいいけど)

さすがの目の前の男を頼るのは信用できない。


はあ、なんか相手するのがめんどくさくなってきた。

そもそもここは今は俺の家だし、状況に流されてしまったが、寝てるところを縛られてショタ男色家に奴隷にされかけるとか、横暴もいいところである。


殺して海に流しても誰にもバレないなあ、と思いながらエロンを見ると、何かしら通じるところがあったようである。


「待て、本当にもう君を傷つけるつもりはない。本当だ。この通りだ」

とかすかに動く首だけを必死で床にこすりつけている。


「お詫びに君が欲しいものは何でも揃える。そうだ、俺の腰を触ってくれ。いや変な意味じゃないんだ。革のポーチがあるだろ?これは空間魔法が付いたレアアイテムだ。どうだ、これをやろう。売れば金貨一万枚にはなる。」


(ほほう?空間魔法のポーチだと)

「うーん、じゃあもし身体を治したらエロンさんどうする?」と尋ねてみる。

「君を傷つけるつもりはない。あの三人を連れておとなしく帰る。もちろんこの空間ポーチもやる。頼む。俺が悪かった。」と必死な声を出す。


なんかほんとにめんどくさいし、それで手打ちにしてもいい気がしてきた。

「じゃあそうしますか。約束ですよ?」

と目を見ながら言うと、エロンは首をぶうんぶうんと縦に振る。


「治しますね」

手をエロンに向けた。


「エロンから離れろぉ!」

という声がして緑色の斬撃のようなものが飛んできた。

入り口から耳の尖ったゼルバアルと呼ばれた青年が剣を抜きながら走ってくる。


後方に飛んで逃げると俺がいた位置に緑の斬撃が着弾して、土煙が舞う。

ゼルバアルは、エロン大丈夫か!何をされた!と声をかけながら土煙の中からエロンの身体を引きずり出すが、頭部ががっつりとえぐられており白い脳がはみ出ている。かなりえぐい。即死である。


「な!?エロン!エロン!?このクソガキ!エロンに何をした!エロンが風刃ごとき避けれないはずがないだろ!お前のせいでエロンが!?!」

と人のせいにする。


「いやいや、お前が攻撃したんじゃん」

と言いながら俺も置いていた剣を手元に手繰り寄せた。


おかしい。なんでいつも仲良くなるの失敗するんだろうか。

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