第4話 野犬

洞窟から出た俺は川で水浴びをしてズボンを洗った。

お尻が痒かったのだ。

まだ腹はじくじくと少し痛むが大丈夫そうである。

水の中に浮かびながら考える。


(これからどうしようか)

ノープランである。

死亡していた女性二人は身分が良さげであった。

捜索隊とか来るだろうな。

さっさと山奥に逃げとくか。


杖の筋肉ダルマを殺して得た魔法は役に立つ。

もっと色んな魔法を取得したいものである。

またモンスター見つけたらダンジョンへ行こうと決心する。


とりあえず早々に出発したいが、その前に食料を確保したい。

剣を持って川に入り大きい魚を狙って刺していく。

動体視力が良いのか動きが良く見える。

さっくさくと刺せる。

三匹ほど捕れたので森で採取した蔦を目に刺し通して腰にぶら下げるようにした。


目的地はとりあえずさらなる山奥。

奴隷時代と違って自分の思うままに行動できるのが楽しくなってきた。


手に入れた魚は安全そうな場所まで移動したら焼いて食べるつもりである。

なんせ火魔法が使えるようになったのだから。


とにかく【キール鉱山町】から遠い方向へと足を運ぶ。

歩きやすそうな獣道を探して、とにかく歩いていく。


遠くになにかの気配があれば隠れて通り過ぎるのを待った。

何事もなくひと山は越えただろうか。

今度は飛び越えられるぐらいの小さな川を見つけた。

また川に沿って少し登ると川沿いが河原になっている場所を見つけた。


まずは川の水を少し飲み、河原に石を積んで竈にする。

森から落ち葉と枯れ枝を拾ってきて火魔法で火をつける。

まるでライターである。

腰にぶら下げていた魚の口から木の棒を刺して竈の廻りに挿していくと準備完了である。


魚が焼けるまで火の魔法を練習することにした。

まずは手を突き出した先にライター程度の火を出す。

次にもっと離れたところに火を出してみる。

変わらずライターみたいな火がでる。


ちょうど蜂が飛んでいたので蜂に火をつけようとすると、瞬間に蜂が燃え上がる。

(ん?わざわざ火の玉を飛ばす必要なくない?)

今度は十メートルくらい離れた場所に二つ同時に火を出してみる。

ぽっ、ぽっ、と火ができる。


(これは意外に使えるかもしれんなあ)

最後に十個同時に火を出してみたら出た。

特に疲労感もなく、体調も良好である。

実践で使ってみないとな、と思っていると魚がいい具合に焼けてきた。


焚き火で一時間ほど焼いただろうか。

魚から脂が落ちじゅうっといい音と匂いがする。

(いまの人生で初めて食べる焼き魚!)

そう、奴隷の食事はカチカチのパンと謎の肉が入った塩スープしか出てこない。

スープに栄養があるらしく、それさえ食べていれば死ぬことはない。


じゅっじゅっと脂が滴る音が増えてくきた。

時間はそろそろ夕方になろうかという頃である。

いざ食べようとした時、川の下流から一匹の犬が現れた。

(おおっ、犬じゃん!骨くらいならあげてもいいぞ)


白に黒い斑が入った大型の犬で毛は薄く筋肉質な体型がスマートである。

犬がバフバフと吠えると後ろから三十頭ほどの大型犬が現れた。


犬たちは一斉に走り出すと一直線に俺に走ってくる。

口を開けて猛ダッシュである。


(これあかんやつや!襲ってきよる!)

慌てて地面においていた剣を手にする。

その間に最初の一頭が噛み付こうと飛びかかってくる。


取り敢えず飛びかかってきた一頭を横なぎに剣の腹で叩き落とす。

下手に血をばらまくとせっかくの魚が台無しである。

他の犬は俺の周りを遠巻きにぐるぐると走り回っている。


(あ、さっきの火魔法つかってみよかな)

俺の周りを走る犬が三十頭ほどである。

出現させる場所はイメージさえ出来ればどこでも出来そうである。


火が小さいので一瞬でダメージを受ける場所を考える。

(脳か心臓か…、まずは脳から半分だけいってみよか)

脳の中で脊髄と繋がってるあたりイメージしてみる。

なんか頭の真ん中あたりである。


とにかく一回やってみよう。

犬はぐるぐる走りながらたまに噛もうとしてくるのを剣で牽制する。

(周りの犬の脳の中心に火を出すぞ)

と念じながら合図を口に出す。

「ファイア!」

言った瞬間、犬の群れに異変が起こる。


犬が脱力して倒れたのだ。

表情からは焦っているようだが声も出ていない。


想像以上の効果である。

どうやら脳は正常だが、首から下が動かなくなったようである。

倒れている犬に片っ端から剣を刺して殺していく。

一番奥に倒れていたのは最初に現れたボス犬である。


犬のくせに困ったような顔でくうーんくうーんと鼻息を出している。

(うーん、ちょっと情が湧くなあ。なんかご主人さまを見る目になってる気もするし。回復も試してみよかな)

と、今度は回復のイメージをして声に出す。

「ヒール!」

これは別に言わなくても出せそうだが、言わないと力を込めるタイミングがわからないのである。


回復をかけられた犬は手足がまた動くようになったようで、起き上がると尻尾を垂らして俺の側に近寄ってくる。

目が合うと犬の潤んだ瞳が可愛く感じる。


(まあ犬一匹ぐらい旅の仲間がいてもいいよな)

頭でもなでてやるかと手を出したとき、犬はさっと避けたかと思うと俺の身体にぶつかり押し倒してきた。


野生の犬はじゃれ方が激しいなあと思うが、爪が肌に食い込んで痛い。

「こらこら、手が痛いよ」

と優しくどけようとすると、犬は俺の首筋を狙って噛み付いてきた。

とっさに右手で防ごうとしたら剣を持っていたため、犬の下顎だけを残して顔の上半分を斬り飛ばしてしまった。


犬に押し倒された状態で切断してしまい、犬の頭から吹き出した血が顔にビチャビチャと降り注ぎ極めて不快である。


仲間ができたかと喜んだも束の間、自らの手で殺す羽目になってしまった。


川に入り膝下までしかない水で身体を洗う。

夕日が沈んで行く。

冷えた身体を焚き火で暖めながら、焼けた魚を食べた。

脂が乗っていてものすごく美味かった。


陽が沈み切る前に今日の寝床を探すがなかなか良い場所が見つからない。

仕方がないので背の高い藪の中に入り、寝転べるスペースだけ剣で切り倒す。

切った藪を束ねて地面に敷いて即席の寝床とした。


屋根はないが夏の野外なので雨さえなければ平気である。

何かが近寄れば藪がガサガサと教えてくれる。

たぶん。


全てがいきあたりばったりである。

坑道を脱走してまだ二日目である。

思えば今日一日で異常な数の生き物を殺している。

何となく手を合わせて成仏してください、とだけ祈る。

疲れた身体は祈りのために瞑った目を開けるだけの体力も残っておらず、俺はそのまま深い眠りに落ちたのだった。

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