私のお仕事、三周年
篠騎シオン
ありがとうございます。それで今日でやめさせていただきたいのですが
「桜さん、お仕事三周年記念おめでとうございます!」
職場のみんなが私のために開いてくれたパーティー。
「いつもいつもお疲れ様です!」
そう言って花束を渡してくれたのは、整備士の一人、かわいい後輩君。
私は気づいてなかったのだが、今日でちょうど私が仕事をはじめて三年になるらしい。正直、そんなことなんて気にしたことがなかった。
毎日毎日仕事に追われ、気づいたら時間がたっていた。
そして今日。
こんなパーティーなんて開かれると思っていなかった私だが、一つの決意を胸に仕事に来ていた。
「ありがとうございます。それで今日でやめさせていただきたいのですが」
私がそう言うと、お祝いムードであったみんなの笑顔が固まった。
「さ、桜さん、それ、冗談ですよね?」
沈黙を破ったのは、この会社の社長である佐藤氏だった。
彼が固まるにはもちろん理由がある。うちは、都市全体の地下鉄を運行する会社。だが、この会社は、普通に考えたら私がいなかったら成り立たない。
私のカードのちから≪操縦≫なしでは、この規模の地下鉄を一人の力で運行することなど不可能だ。そう、この会社は、この人たちは三周年と私を祝ってはいるが、結局は私を利用し、消費する存在なのだ。
「もちろん、冗談などではありませんよ」
私は顔に微笑みをたたえながら言う。私の返答に、社長は顔を青くした。
「こ、困りますよ、桜さん。いや、ね、あなたがいなければ、ここにいる全員が職を失うことになるんですよ? あなた、その自覚あります? みんなを失職させる責任をどうとるおつもりなんですか?」
「いえいえ、責任を取るのは社長のお仕事でしょう? だってそのための社長じゃないですか」
私は微笑みを絶やさずに言う。
沈黙が訪れる。ピリピリとした空気。普通だったら居心地が悪いんだろうけど、今の私にはちょっとだけ痛快。
「いやあ。桜さんもきっと疲れてるんですよ、ね、先輩今日は上がりましょう?」
ピリピリとした雰囲気を和ませるために、後輩君が声を上げる。
ごめんね、後輩君。普段ならあなたの場を和ませる力、素晴らしいしありがたいと思うけど、今日はちょっと……利用させてもらうね、その言葉。
「そうです、みなさん、私疲れてるんです。皆さんは定時で帰られますけど。私は毎日会社に寝泊まり。終電は午前1時、始発は午前5時。それも毎日。寝る時間は、少し。事故らないようにトイレも安心していけない。ご飯だってゆっくり食べられない。これじゃ、私は人じゃなくて、ただのインフラの一部分」
私は周囲の人々を見つめる。
「皆さんは一度でも、私のこの状況を変えようと動いてくれたことはありましたか?」
みな気まずそうに目をそらす。あの後輩君でさえも。
それはそうだ、誰もしてくれたことなどない。
それどころか、私の負担が増えることなど想像しないのか、それとも本当に部品の一部と思っているのか。
「一年目はよかったですよ? 終電も夕方の6時。始発も朝の10時。人間らしい生活ができていました。でもね、いくら利用者の要望があったからって、ここまで始発と終電の時間をよくいじれましたね。私に相談もなく。そして、それによる利用者の増加、増収。でも私への給料の増加は全くない。一円もですよ、信じられます?」
自分で言ってて面白くなってきた。
「私がボイコット起こすとは思わなかったんですか?」
そう、結局みんなは私ならそんなことしないと思っていた。私のことをそんな犯行をしないやつだと甘く見ていたのだ。
みんなは黙ったまま、下を向いている。
私はみんなに向けてにっこりと笑う。
「ですので、今日でやめさせていただきます。みなさん今までありがとうございました」
私は礼をして、パーティー会場を後にしようとする。
ふと、扉を出る直前に思い立って、もう一つ爆弾を投下することにした。
「あ、そうだ、社長。皆さんを首にする前に、ご自分でインフラの一部になってみては? ほんとは操縦、できるんですよね?」
社長の青い顔がさらに青くなった。
周囲の視線が、社長へと向く。
いい気味。
これで逃げられない。
早く社長が手伝ってくれていたら、私もこんな形でやめなかったのに。
「それでは、失礼します」
私はそう言い残し、職場を後にした。
久しぶりの晴れやかな気分だった。
「ふわあああ」
本当にぐっすり寝た。
時刻はお昼。
いつもなら、始発の関係上こんなに寝れない。
体が軽い軽い。生まれ変わったかのようだった。
「さて、見に行ってみるか」
私はにやりと笑って、自宅近くの駅に向かった。
『電車が到着します、白線の内側までお下がりください』
電車はいつも通り動いていた。
それに乗る人々もいつも通り。
社長が操縦できるのは真実だったらしい。私の辞職は社会に大きな混乱を起こすことはなかった。
私は社長の能力を教えてくれた情報提供者に感謝する。それを知っていなければ、今日も私はつらい体を酷使して、電車の運行を続けていただろう。
電車に乗り、席に座る。
すると、目の前に白いツインテールが二つ揺れた。
「ありがとうございました」
私は彼女の顔を見ずに言う。関係しているのを知られないようにする。それが、今回情報をもらうことの条件だったからだ。突然私に連絡をくれた。美しい少女、私の救世主、情報提供者。
「ね、意外とあなたがいなくても世界は回るものでしょ?」
少女の綺麗な声が私の耳の中で響く。小さな声。けれど、私にだけははっきりと聞こえる不思議な声。
「そうですね。でもちょっと、さみしいような気もします。あんなに私、自分でしかできないって気負って仕事してたのに、馬鹿みたい」
私はうつむく。
「好きな仕事ならまだしも。嫌いだったり、つらいことまで、無理して背負い込むことない。意外と世界にとってあなたって重要じゃないのよ」
「……はい」
ちょっとだけ、むなしくなる。私なんて所詮、いてもいなくても変わらない、ということだ。涙が目に溜まっていくのを感じる。
「でもね。あなたの人生にはあなたが必要だわ。もっと自分を楽しみになさい。大事になさい」
心に、響いた。
「ありがとうござい——え?」
お礼を言おうと顔を上げたが、そこにはすでに少女の姿はなかった。
きょろきょろとあたりを見回しても彼女はいない。
彼女の言葉を思考する。心の中に発生したいろんな思いを吟味し、自分の心に一つずつ問う。私はどうしたいのか。自分の人生を楽しむために。
『次は、○○~、○○~。お降りの方は、乗車口の近くでお待ちください』
アナウンスが聞こえる。
私は立ち上がって、一つの覚悟を決めた。
電車を降りる。
降りたホームは見慣れたもの。
でも、ここで降りるのは入社1年目の時以来だな。
「今度は自分のために働こう」
私はそう呟いて、会社のほうへ歩き出した。
私のお仕事、三周年 篠騎シオン @sion
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