第6話

こうして僕は、この庭の住人となった。


おばあさんは家の一室を僕に与えてくれたけれど、ほとんどの時間を僕は庭のあずまやで過ごした。

この庭にいることが僕の一番の幸せで、至福のときだったから。


毎日毎日、ああでもない、こうでもない、と試行錯誤して庭と向き合う。

向き合えば向き合うほど、庭はいろいろな顔を見せてくれるから、いつまでたっても僕はこの庭に魅力され続けているのだ。


満月の夜はいつものあずまやでおはあさんと紅茶を楽しむ。

庭の夜景を見ながら、おじいさんとの思い出話を聞かせてもらうのだ。

これもまた、僕にとってかけかえのない時間だ。


僕を招き入れてくれたこの庭は、まるで春の日差しのように温かい。

何も持たない、何者でもない僕を、一人の人として受け入れてくれる。


あの場所を飛び出して、あてもなく歩き続けて、そしてここにたどり着いた。

寒さがイヤで逃げ出してきた冬の猫は、この庭で初めて人間になれたのだ。


朝、庭先の葉に垂れる露を見て思う。

お母さん、僕はやっと人になれたよ、と。

様々な感情を知り、人間を知り。

たどり着いたこの場所は、これからも僕を守り、育ててくれるだろう。

あなたから与えられた命はこの庭で確実に育ち、これからもずっと、庭と共に生きていく。


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春の庭と冬の猫 マフユフミ @winterday

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