第4話

外の世界の何がいいかと言えば、自分の小ささを知れることだと僕は思う。

窮屈で安全な場所では、そんなこと考えもしなかったから。

世界は広くて狭くて、あたたかくて冷たい。

そんな多面性があるということさえ、僕は何も知らなかった。


初めて見る場面に触れるとき、いつも僕はちっぽけな存在なのだと思い知らされている。

予想のつかない毎日が外の世界では繰り広げられていて、今僕はその波の中に放り出されている。

それはなんて刺激的で、まぶしいことなのだろう。

そのように思い知ることは、どこか心地いい。

知らないことを知ることから、僕の旅は始まっていると思うから。


たとえば自然も。

ほとんど自然の中で暮らしていたと思っていたけれど、肌に感じる本物の自然はもっともっと厳しくて美しくて、もっともっとありふれている。


雨が冷たくて、逃げ込んだ木の影があたたかくて。

跳ねる水の形、映り込む日の光の柔らかさ。

月が日々形を変えること、星が瞬いたり瞬かなかったりすること。

そんな何気ない出来事たちが僕にはすべて新しくて、毎日わくわくする。


でも、すべてにわくわくしているからこそ、僕は心は少しずつ恐れを感じ始めていたのだ。


このわくわくがいつか日常になってしまったら、僕は世界をどれだけつまらないものだと思ってしまうのだろうか、と。


手に入れた日々の新鮮さは、キラキラ輝く雪の結晶のようだった。

それでも、雪は溶け、結晶はいつしかただの水になり、泥を含みながら消えていく。

この新しい日々も結晶のように、いつか消えてしまうのだとしたら。

「知らない」をすべて「知って」しまったら。



僕は、歩く意味も生きる意味も失ってしまうのではないだろうか。



無心に歩いていたはずの僕の内面に、そんな思いが芽生え、根付き、大きく育ってきたころ。

僕に待っていたのは、運命的な出会いだった。


一目惚れ、という言葉があることをなんとなくは知っていた。

それでもそれは、どこか遠いおとぎ話のようなものだと思っていた。

だって、何かを痛切に好きになるなんてこと、これまでの人生であり得なかったから。

それでも、その出会いはまさに「一目惚れ」と呼べるほどの衝撃だったのだ。


その家を一目みたとき、僕は体に電流のようなものが走るのを感じた。

正確には、その家の庭だ。

雰囲気のある赤いレンガの壁よりも、玄関の前に丁寧に並べられている鮮やかなたくさんの花の鉢よりも。

庭を見て、こんなに衝撃を受けることなんて、きっともう二度とないだろう。


その庭は、なにしろかっこよかったのだ。

僕の未熟な語彙力では、そうとしかいいようがない。

差し込む太陽の光に照らされる草の陰影。

細い木の寂れ具合。

枯れ葉が土へと落ちるその速度。

何もかもが完璧で、無駄なものは一切なくあるべきものしか存在ない、そんな佇まい。


その庭にくぎ付けとなった僕の目は、ひたすら時の流れを見続けた。

庭の一日。時の移り変わりとともに変化していくその表情。

それは、ほかの人からは退屈な時間のように見えたかもしれない。

それでも僕の中では、あの場所から飛び出してから一番、いや、生まれてから一番の充実した時間だったのだ。


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