お姉ちゃんをデレさせたい!

ほたてさん じゅうななさい

瑠璃ちゃんは百合りたい

 川越瑠璃は常々、自分の姉をデレさせたいと思っていた。


 姉は固いのだ。それも超の字がつく程に。どこに行くのか聞かなかったが、今朝姉が出掛ける際も、なんだか自分は楽しんではいけないみたいな顔をしていた。家の中で、姉が緩んだ顔をしている記憶は、最近とんとない。


 今朝の固い姉の顔を見て、瑠璃は向かわせる先のないいきどおりを感じていた。


(そりゃあ、姉妹2人きりで自立できるようになるまでがんばるのなら、必然的にお姉ちゃんに苦労や責任がのしかかるじゃん。だけどどうせなら、真面目に淡々と乗り越えてくより、緩く笑いながら楽しむ方がいいよ!)


 もちろん瑠璃は、姉にとても感謝をしているし、大学生になった今、バイトや家事で、姉をフォローしているつもりもある。

 むしろ、いろいろと策を弄している。姉の責任を感じさせないよう、お姉ちゃんとではなく、マリちゃんと呼びかけるようにしたり、話し方もボクっ娘のようにしておどけてみたりだ。いや、後者は趣味も兼ねている。


「はぁ……世の中にはこんなに楽しいことがいっぱいあるっていうのにもったいないっスね……」

「どうした瑠璃っち、なんか漏れてるぞー。売り子、交代する?」


 ため息をつく瑠璃に、サークルの先輩が声を掛ける。


 ここは、年に2回開催される、同人誌即売会の会場である。全世界からさまざまな趣味嗜好の人々が集まって、半年間の成果を頒布しあうのだ。


「いやいや、元気元気っスよ! ボクにお任せあれ!」


 力こぶを作るポーズを見せ、先輩を安心させる。

 よしっ! と気合を入れ直し通路に向き直る。

 ちょうどそのタイミングで、瑠璃の視界を見覚えのある服の女性が通り過ぎた。

 横顔ですら瑠璃とほとんど同じで、間違えようがない。しかし、いつも見慣れた固い顔ではなく、愉悦を覚えた女の横顔だった。


「えっ!? まり、ちゃん?……」


 雑踏の中でも耳に覚えのある声は聞き取れたのか、女性が振り返る。


「もしかして、瑠璃……ちゃんなの?」


(トゥクトゥン♪)


 BGMと共にナレーションが流れる。


『堅物なはずの姉が、欲望の集まる同人誌即売会であのような表情を浮かべていだのはなぜか。興味にかられた妹は、帰宅後、固い姉の口を割るために、同人誌で得た知識を駆使して姉を攻めたてた。姉の重責を軽くするために始めたちゃん呼びが、いつしかお互いを対等に意識し、自然な呼び名に変わる。これは、姉妹の家族愛だったものが、禁断の愛へと昇華してゆく、終わりの始まりの物語である──』



 § § §


「……っていう同人誌、需要あるっスかねえ、みつきち?」


 問いかけられた瑠璃の同期、舞浜みつきは、無言で顔を赤らめている。

 2人は、オフィスのオープンスペースでビールを傾けている最中だった。

 瑠璃の勤務するコワーキングスペースでは、ビールが自由に飲めるのである。

 返答がないみつきに、瑠璃は首を傾げる。


「うーん、もしかして、妹だけが姉に気がつく方が、帰宅後に駆け引きが生まれて燃えるっスかねぇ……」


 ようやくみつきが動揺から覚め、口を尖らせる。


「もぅ! マリ姉のことを、ちゃん付けで呼んでる理由を聞いただけなんだよ?! 最初はなんだかいい話風だったのに、なんだかその、エッチな感じに、なっちゃうし……」

「ふふ、その怒るポイント、いいっスねえ。ミツキチはなんだか、才能ありそうっス」

「もーおー、ごまかさないでよー だいたい瑠璃ちゃんはそうやって……」


 瑠璃は微笑を浮かべて、視線を窓の外に見える、ビルに囲まれた公園の芝生に目をやる。

(姉妹2人で生きてくことになって、3年ぐらいした頃だったっスかねえ。で、そこからまた3年ぐらい、かな……。ダブルピースならぬ、ダブル3周年スかねぇ……)


「……いゃぁ、人って変われるもんスねぇ……」


 思わず瑠璃の口から言葉がこぼれ落ちた。


「えっ? 今なんて言ったの?」


 聞き返すみつきに視線を戻すと、ニヤニヤとした表情を被り答える。


「同期飲みの最初の頃は、ビールが苦手だって言ってたミツキチが、こんなにも変わって感動したなぁ、って言ったっス」

「うそだぁ! いまの言葉、もっと短かかったよ! もうー」


 定時後の同期会の開始時刻までまだ少しあるからと軽く口にしたビールは、久しぶりのサシ飲みという状況もあるからか、いつもより2人を饒舌にさせるのだった。

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