人間
23.心配 しんぱい
「あっ、あの!」
私は来た道を戻り、無事。蔵にたどり着くと、月夜さんに声をかけた。
「なんだ」
無視されるかもしれない……と思っていたから、月夜さんが振り返ってくれたのは嬉しい誤算である。
――ちょっと
「あの。さっ、さっきの烏天狗の話なんですが……」
「……先ほども言ったとおりだ。貴様が気にする事ではない。まず貴様は自分の友人の心配をすべきではないか?」
「そっ、それは……」
月夜さんの言葉に私は思わず、たじろいだ。
「そうですけど」
確かに、月夜さんの言う通りである。
「……私の事など貴様が気にすべき事ではないのだが、確かに烏天狗が言っていた通り、私たち『あやかし』や『妖怪』と呼ばれる『存在』にはそもそも貴様ら人間の様に個人が分かる『名前』が存在しておらぬ」
「それじゃあ……」
「大抵の場合は、昨日会った『河童』や今日会った『烏天狗』と言った様に、貴様ら人間がつけた『総称』で呼んでいる」
「そっ、それって……混乱しませんか?」
「基本的に私たちは『名前』で個人の判断をしてはおらぬ。判断基準など、それこそ種族によって様々だ」
「…………」
言われてみれば、人間は『名前』で識別しているが、犬や猫など他の動物たちは『匂い』などで判断している。
それはつまり、あやかしの彼らにとっては特に『名前』がなくても困らないという事なのだろう。
だから、烏天狗はさっき「名前に愛着も執着もない」と言っていたのだ。
「…………」
しかし、月夜さんはどうやら違う様だ……とも烏天狗は言っていた。そして、口には出していないけど、私の事も同じくらい気にしている様だ……と。
「とりあえず、あやつら烏天狗には空の調査をしてもらう事にした」
「そっ、空……。あのでも、烏天狗自身が特に自分が出なくても情報はあると言っていたと思うのですが」
「確かにそうであったな。しかし、時期までは知らぬようだ。それならば、もう一度調べるのが筋であろう? 情報は鮮度が命だからな」
「…………」
確かにそうである。
情報はすぐに更新されていく、そうなると古い情報はあくまで『参考』という形でしか役立たなくなってしまう。
「私の方でも色々探りは入れている。そして、大方の情報は手に入っている……が、どうやら随分雑な犯人たちの様だ」
「……そうなんですね」
「ただ……今回の犯行。少々……」
「どうかしましたか?」
月夜さんが口ごもって何やら小さく呟いていたのだが……私の視線に気が付くと、すぐに「気にするな」と言われてしまった。
「さて、今日はコレで終わりだ。さっさと家に……」
「あっ、あのっ!」
私は月夜さんの言葉を遮り、祖母からもらった『おにぎり』を月夜さんの目の前に差し出した。
「コッ、コレ。一緒に食べませんか?」
とりあえず、月夜さんに差し出すので精一杯だったので表情まで見る余裕はなかったが、しばらくすると……。
「……では、頂くとするか」
そう言って、私の手から一つの『おにぎり』が月夜さんの元へと渡った。
「……!」
私はその感覚が分かり、思わずホッと胸を撫でおろし、残った『おにぎり』を持ち、適当な岩に腰かけて『おにぎり』を食べた。
「…………」
「…………」
食べている間、特に会話はなかったけど、穏やかな雰囲気が流れていた……と私は思った――。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「……おい」
「?」
サッサと食べ終わった月夜さんがふと声をかけた。
「貴様ではない、娘」
私は自分が呼ばれたと思って月夜さんの方を見たが、月夜さんはすぐに「違う」と言いつつも、木々が生い茂る物陰の方を見ている。
「そこにいる貴様だ。出て来ぬのであればこちらから
月夜さんから鋭い雰囲気を感じ取った。
「……」
でも、こういった緊迫した状況に立ち会ったのは初めてである。
しかし、月夜さんはそういった事に慣れている……というか、むしろ自分からケンカを吹っかけてしまう性格の様だ。
つまり、何も言わず物陰から見られる……という事自体に耐えられなかったのだろう。
「……すまない。立ち聞きするつもりはなかった」
観念したようにそう言って現れたのは……。
「あっ、あなたは……」
エリカが行方不明になった時、私に事情を聴きに来た警察官の中にいた『一人』の男性だった。
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