序
0.約束 やくそく
それは綺麗な桜吹雪が見える夜――。
ただ、舞っている桜の種類が全部違うからなのだろうか……よく見ると色がただ桃色というだけでなくその濃さも違う……。
そして、その桜吹雪の上には綺麗なお月様が顔を覗かせている。
この幻想的な景色は、まるで心が洗われるようだ。
ただ見ているだけであれば……とても素晴らしい光景だろう。そう、見ているだけであれば……。
「……」
幻想的とも言えるこの光景を『ある者』は無言のまま見上げている。
その『ある者』は着流しをサラッと着て、一つのとても大きな岩に腰掛けて桜を見ていた。その姿はさぞ『優雅』に見えただろう。
「綺……麗……」
「……そうですね」
女性の言葉に『その者』は静かに答えた。
「でも、あなたの……髪はこの色に埋もれることはなさそう」
舞う桜たちにも埋もれない漆黒の髪が特徴的な『その者』は、実は『人間』ではない。
それは着流しの後ろにある『尾』を見ればすぐに分かるだろう。
「……」
しかもその『尾』は一つではなく、九つに分かれており、光が当たると光っているように見えるほど神々しくも、フワフワとした毛並みは愛らしさも感じられる。
その者は『狐』で、しかも稀少な『九尾』だった。
当然の様に耳もあるが、それは白い髪と同じ白い色をしており、今は悲しそうに下を向いている。
「そう……ですか」
「ええ」
そう言って笑っている女性の笑顔は弱々しい。それは、今にも力尽きてしまいそうなほどに……。それもそのはず。女性の着ている着物は腹の辺りから赤黒く染まっている。
「申し訳ありません」
「なぜ……?」
女性は「謝るの?」と続けたかったに違いない。しかし、その言葉すら続けられない。
「わたしがもっと……早く駆けつけていれば……」
「…………」
彼らの足下には、たくさんの屍が転がっている。それらのほとんどは、この女性を狙ってきた『あやかし』だ。
ただその中には女性の護衛と思しき『人間』もいるが、その者たちは……多分、この屍の中にいるだろう。
「…………」
彼はすぐに女性の元に駆けつけ、彼女を襲っていた『あやかし』たちを一網打尽にした……が、一足遅かったようだ。
「っ!」
「……そんな事……ない」
「嬉しかった。それに、私はこの景色をあなたと一緒に見られて本当に……良かった」
「そんなの……」
彼は顔を桜吹雪に向けながら「私でよければいつでも一緒に見るのに……」そう思いながらも、口にしない……口にしてはいけない気がした。
「ただ……もっとあなたと一緒にいたかったなぁ」
女性はどこか寂しそうな……それでいて穏やかな表情……を浮かべた。
「ねぇ……もし……もし、私が生まれ変わってあなたの前に現れたら……また一緒に桜を見てくれる?」
「っ! もちろん……もちろんです」
彼は女性の言葉に涙を流し、女性はフッ……と小さく笑い「そっか……」と呟くと……。
「…………」
そのまま静かに息を引き取った――。
「約束します。たとえ……たとえ、あなたが私を覚えていなかったとしても……」
桜吹雪が舞い、月が綺麗に瞬いているその日。彼はそう誓い、彼女の骸を抱いたままその場から姿を消した――。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
あまりもの鮮明な夢にベッドで思わず「ハッ……!」と目を覚ました。
「……っ! はぁはぁ……」
少女の名前は『
「咲月、そろそろ起きないと遅刻するよー」
「はっ、はーい!」
高校入学を機に、田舎に住んでいる祖母の家で生活をしているごくごく普通の高校生だった。
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