三十七歳で駄目人間の私へ、四十歳になった私がお前に手紙を送ろうと思う

百花もれろ

三十七歳で駄目人間の私へ、


私は三十八まで努力を一つもした事が無かった。


年齢も重ねただけで、逃げ癖もあり、諦め癖もあり、年齢を言い訳にしてさらに努力をしなくなった結果何が残されたか。


預金通帳に残された学生でも頑張れば手に入る六桁前半ほどのわずかなお金。


少しばかり健康な体。


――それと、いやそれだけだ。


きっとこれが私の人生の全てであり、私なのだろう。


いくら自分を着飾ろうと頭の中で高く見積もってもない物を探すことは不可能に等しかった。


十代の頃、私は誰がみても明るい人間だったと思う。


成績は下から数えた方がいいくらいだったが、十五の時から部活を毎日日が暮れるまで頑張って、部活がない日は常にバイトを入れ毎日が忙しかったけれど充実していたんだと思う。


俺はだれよりも努力している。


なんて思っていた時期もあったなぁ。


そこで思いとどまれば人生は変わっていたのかもしれないけれど、若かりし私はそれを努力と勘違いしてただ好きな事を好きなだけやっていたことにまるで気づかなかった。


ただただ好きな事をやっていただけなのだそんなのは。


部活を頑張っているから、バイトしているから、そんな理由は努力に入らないのだと昔の私に偉そうに説教を垂れてやりたい。


なぁ、私よ。


お前の言う努力の先に何があったんだ?


嫌いな授業はよく居眠りをして、一夜漬けで凌ぐだけの赤点ぎりぎりのテスト。たまに得意な分野で八十点なんてとって努力したんだ。なんて大喜びしていたよな。


授業が終われば部活に夢中になって夕方まで必死に頑張ったと思っているが、結果的に残されたのはなんだった?


二年の頃になってもレギュラー入りすら出来る事無く途中からただ人を羨んでいたんじゃないのか?俺は頑張っているのにあいつらは運がいい、才能が違う。なんて思いだしてから本気でやっていなかったよな。


ただ地区の大会へ出てる皆を応援しにいくだけの俺に嫌気がさして、なんでこいつらの応援にいかなきゃいけないんだ。なんて腐り始めて二年の終わりになる頃には部活を適当にこなしてさっさとバイトにいってたよな。


一年が大会に出ているのになんで俺が出れないんだ、こんなのおかしいだろ。応援なんて絶対にするもんか。


そんな感じだったか。


部活の備品を買うために必死でやっていたバイトもゲームセンターに行くためのお金に代わり、友達と遊ぶ事ばっかりに使うようになっていったよな。


でもそれが楽しかったんだ。


俺を理解してくれているような気がして、こいつらは親友だ。俺を判ってる。なんて思ったりもして。


そんなこんなで高校生活三年の終わりには受験シーズンがやってきた時にはやりたい事、やれる事が何にもなかった。


目標を決めて勉強をしたこともないその場しのぎだけの一夜漬けの努力。


結果もまるで出せないままちょっとだけ体力がついただけの部活。


あれだけ毎日したのに遊びに使って一切残ってないバイトのお金。


彼女を作るなんてちゃらけているといって羨ましそうに見ているだけだった青春。


全てが中途半端で、自堕落で、言い訳ばかりの私よ、頼む気づいてくれ。


お前は最初から一度も努力なんてしていなかったんだ。


ただ自分の好きな事をやって自分が嫌なことは逃げていただけなんだ。


その結果何が残ったんだ私よ。


受験前に友達がそこに行くから、という理由だけで自分の興味がない分野の大学に行けただけじゃないか。


それも通うだけで一時間近くもかかるから結局一年も持たずにきつい、つまらない、だるいなんていって行かなくなったじゃないか。


なぁ何もかも中途半端な私よ。


何時になったら気づいてくれるんだ。


まだ俺は頑張っているのに周りと合わない。なんて考えていたよな。


二十になる頃には大学も中退して成り行きで入ったパチンコ屋で正社員になって、俺は大学で遊んでいる奴らよりも頑張っている。


なんて思っていたよな。


人もいないから朝から晩までシフトもバラバラで休みもなく、台の入れ替えで一日丸々仕事ぶっ続けで仕事が続いた日なんてよくあったから、腰を痛めるたびに、客から理不尽に怒られるたびに愛想ばかりよくなって心の中じゃずっと毒づいてたよな?


俺はこんなに頑張っているのに、俺は、俺は。なんて。


なぁお前に残された唯一の友達はどうなったんだい?一緒に大学に行った友達はどうなった?


働いてるから大学生と時間も会うことが無く、忙しいからまたな。なんて電話も取らなくなった頃は幸せだったよな。卒業シーズンになる頃には一通の連絡すら来なくなっていたんじゃないのか?


職場の人間と折り合いが良いわけでもない、上辺だけの関係で顔ばかりニコニコしているのを見透かされていたんじゃないのか?


どうなんだ、二十二の私よ。


頼むから気づいてほしい、頼む。


まだ間に合うんだ。


後ろを振り向いてほしい、これじゃダメなんだって気づいてほしい。


お前の後ろには何があるんだ、周りはもう結婚を視野に入れている同級生もいるんだぞ、底辺とお前が馬鹿にしていた大学で青春しながら夢を目指している人が一杯いるんだぞ?


頼むよ、気づいてくれよ。


お願いだ、その先にいる私が言っているんだ。


後ろを振り返らない人生の先にいる大先輩が目の前にいるんだよ。


二十五になるときにはお前はバイト同然の上がらない給料と重労働に音を上げて逃げたじゃないか。


学生の時はよかった。なんて口にしてる場合じゃないんだ。


まだ二十代、俺はまだまだやれる。なんて言ってる場合じゃないんだ。


結局給料も学生の時と同じで遊びにつかって消えているじゃないか、友達一人、彼女一人作ることもないままお前はいつも言い訳ばかりして独りぼっちじゃないか。


周りは既に子供を産んで幸せそうにしている人もいる、同級生で結婚した人からは連絡一つ来ない。別にあいつは友達じゃないし。なんて思いながら寂しそうに誰からも連絡がこない携帯電話で過去のメールを何度も見返していたじゃないか。


一人が寂しくて出会い系なんて使いだしたけれど、金もない、顔もよくない俺に出会いなんてなかったじゃないか。


二十八の頃にようやく就職した二度目の職場もすぐに逃げて、三十三の頃には三度目の職場も逃げて、お前には何が残っているんだ。


いつまで自分がやれる男なんだって、頑張れば出来る男なんだって思っているんだ。


三十五を過ぎる頃には頭の中でもうわかっていたじゃないか。


自分は駄目な人間なんだって。


もうこれ以上努力しても無駄なんだって。


……違うんだ私よ、まだお前はやれるんだ。


まだお前にやれる事はあるんだよ。


確かにお前は中途半端で努力した気になっている自己評価だけ高い駄目人間だ。


言い訳ばかりして逃げてばっかりの何一つやり切れたことのない駄目駄目な男だ。


もう体力的にも衰えて、頭も悪く、彼女も、友達すらもいない独りぼっちの寂しい人生だ。


それでも私よ、私は頑張っているぞ。


三十八になってようやく自分を見つめなおす事が出来たんだ。


ようやく後ろを振り返る事が出来るんだ。


自分を認めることが出来たんだ。


お前にはきっと理解できないだろう、そんな事が努力?あほらしい。なんて笑うだろうな、昔の私は。


しっかり笑顔で挨拶ができるようになったんだ。


苦手だった異性とも今じゃ会話も出来るようになっているぞ。


三十八からつけている日記ももう七冊目、最近に至ってはへたくそながら絵なんて入れたりもしてるんだぞ。


料理だって拙いながら毎日作ってアレンジなんていれたりもしてるし、朝にランニングだってしてるんだ。


聞いてくれ、昔の私よ。


驚くかもしれないが今の私には大切な娘がいる。


三十八の頃に自分を見直して色々するようになったといったよな。


毎日ランニング、いやジョギングに近いんだがそこは見栄を張らせてくれ。


その時に通りすがりの人に必ず挨拶をする。って自分で決めたんだ。


勿論嫌な反応をする人もいるし、無視されることも多い。


それでも俺はもう振り返らない。毎日するんだって慣れないランニングをしながら頑張ったけれどやっぱり心は折れそうだったんだ、もう辞めたいって。


そして数日もすれば逃げるように公園に寄るようになった。


そんな時だったんだよ。いつものベンチに座ろうと思ってふらふらと歩いていったらみぃ……みぃ……と小さな声がベンチの横から聞こえてな、段ボールを覗いてみたら眼も開いてない捨て猫がそこにいたんだ。


眼も開かないのに必死で段ボールをカリカリとひっかいて箱の中には汚物だってあった。


私はこの捨てられた子猫を運命なんだって思ってしまったんだ。


こんな駄目な人間に最後に努力するきっかけをくれたのはこの子だったんだよ。


助けるために必死でネットで探して、目も開かない子猫は遺伝性の風邪だって知って、初めて動物病院に通って、ご飯も色んなのを用意して、ただでさえ少ない貯金がどんどん減っていったけれど、この子に名前なんて付けたころにはもうメロメロだ。


こいつの為ならなんでもできる気がして、今では立派な三歳になっているぞ。


私は丁度四十歳。


猫の三歳は人間でいうと三十歳だ。


どうだい?


昔の私よ、私は頑張っているぞ、努力しているぞ。


羨ましいだろう。


どうした?昔の私よ。


そんなところで情けなくめげてる場合じゃないぞ、諦めてる場合じゃないぞ。


お前の先には私がいる。


まだまだ青二才のお前には私の愛娘の名前だって教えてやるもんか。


私は確かにお前からすればダメだったかもしれない。


でもそんな私でもこんなに立派に娘を育てることが出来るんだ。


頑張れ、三十八になるまでの私よ。


今のお前は確かに独りぼっちで駄目人間だ。


それでも頑張れ、頑張るんだ。


いつか今の私にたどり着く私よ。


お前はきっと笑顔で笑えるよ。


なぁ私は幸せだぞ。


お前の人生はきっと無駄じゃないんだ。


早く見せてあげたいよ、未来のお前を。


そしてまた会おう、いつか来る過去の私よ。


可愛い愛娘が出来るまであと少しだ。


楽しみにしてろよ。

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