第6話 感情の力場

※ 感情の力場


「はじめましてデリア様、わたくしブリジットでございますの」

金属をきしませ火花をとばしながら、ブリジットは淑女らしい挨拶をした。

「はじめまして、あなたがブリジットね?私はデリア=バークマンです、今後ともよろしく」

デリアは苦笑を浮かべながらも楽しそうにブリジットを観察している。


デリアもルルを初めて見た時と違って少し安心したみたいね、ブリジットのほうがまだ理解しやすいのはわかる。


私たちは応接間でテーブルを囲んだ、そうねみんなで一緒にお茶を飲むなんて久しぶりかも。だけど時々デリアが何か快楽に耐えるような表情をするのが気になって落ち着かない、この人危ない薬でもやっているのだろうか?

しかしエルマーも自動人形も気にするそぶりすら見せない、ルルは何事も無いかのように給仕を勤めている。


なんかさっき飲んだお茶よりこのお茶の方が美味しくない?あとこのお茶菓子もこっちの方が美味しいよね?

今までお客様と一緒にお茶なんてした事がなかった事に思い至ったのだ。

私とお客様用でお茶やお菓子の質が違うのかも?これは後でルルを問い詰めないと!!


「イサベラさんがこちらに居るとは知りませんでした」

食べ物の恨みを募らせていたら、急にデリアが私に話題をふってきたので驚いた、エルマーと同じ屋根の下で同居しているようなものだからこれには動揺したわ。


「ははっ、イサベラがここに来たのは最近のことだからね、デリアには教えてなかったかな?」

デリアは昔から私の事を知っているのに、私はデリアを知らなかった、でもエルマーはデリアさんの事は今まで教えてくれなかった、いろいろ引っかかる。


でも私がここにいる事をデリアさんには知らせてなかったのよね?

冷たい目線でエルマーを睨んでやると、エルマーが少しきょどった。


「ところでデリア君の研究も順調に進んでいるようだね」

エルマー話題を変えてきたわね!!


「今日はそれに関した事でお願いがあるの、ニルヴァーナのルビーの破片を分けて欲しいの」

「いきなり本題に入ったね、君らしい、でも分けてあげたいがもう残りが無いんだ、それに石はほとんど残ってないと君にも伝えたはずだよ?」

「それは知っています、でも極僅かな量でも私の研究の役に立つのよ」

「微粒子にいたるまで無駄なく実験に使ってしまったんだ、すまない」

「無理をいってごめんなさい、他のニルヴァーナのルビーを見つけない事には、先に進めそうにないわけですね」


ニルヴァーナのルビーとは初めて聞くけど何の事だろう?これも聞いたことが無い。私はエルマーの助手なのに、本当は解っている、私は学者じゃないしあまり役にたってない事ぐらい解っているけど、知らない事が次から次に出てくる。


「エルマー先生、今日ここにきた理由が他にもあるのよ」

「それはなんだい?」

「まず貴方の自動人形に会いたかった」

「やはり自分の目で見ないとね」

デリアが熱い視線を給仕に勤しむルルにそそいでいる。


「どうかな僕の自慢の自動人形の出来は?」

「ええ、素晴らしいわね、文句なしの奇跡よ」


私はますます疎外されていくような気がしてる。エルマーは私の表情が歪んでいるのに気がついているのか私を心配げに見ている。


私は勇気を出して聞いてみる事にした。

「ニルヴァーナのルビーってなんなの?」


「イサベラ・・・僕から話そう、ニルヴァーナのルビーは父が若い頃軍務で赴任していたインドから持ち帰った石だ、父の遺品を整理していて見つけた、ニルヴァーナのルビーとは父のメモから石をその名前で書き残していたと言うだけだ、他に正式な名前があるのかもしれないけど、そこまではわからない」

エルマーのお父様がインドに赴任していた話は聞いた事がある、お土産をもらった事があるわ。


「僕は宝石には詳しくないので、あの石を鑑定させたが、宝石商の反応が普通でなかったのであわてて回収して逃げてきたよ、ははっ」

「ニルヴァーナのルビーは見かけがルビーに似ているだけでルビーじゃない、しかしこれが何かはまったくわかっていない」


「父がインドのどこで見つけたのか不明なんだ、正確な場所はわかっていない、ニルヴァーナと言う名前からジャイナ教に由縁がある可能性はある」


「それで僕が頼ったのが化学者のオブライエン博士だった、イサベラのお父様だ、古くからの知り合いで気心も知れていたからね」

お父様とエルマーの新しい関係が明らかになった。


ここでデリアが話を引き継いた。

「最初は好奇心からはじまったけど、この石の特異な性質が明らかになるにつれ、私達はこの石の研究にのめり込んでいったのよ」

「イサベラは私の研究を知らないのよね?」

デリアがエルマーに目配せした、また胸の奥が疼く。



※ フレイバー理論


「この石は人の精神と相互作用をもたらすのよ、発見したのはちょっとした事故からなんだけどね」

デリアは苦笑を浮かべた、科学の世界では実験の失敗から大発見が生まれる事があるそうだ。


「私達はこの石の作用から人の感情が作り出す力場を発見したのよ」

私は思わずツッコんだ。

「感情の力場ですか?」

「ええ、磁場とか重力とかそういった力場と同じ、私はこれをフレイバーと名付けたの、磁場に似ているわね、そしてその感情のエネルギーは他のエネルギーに変換され得る、物質化させる事もできるの」

急に話が妖しくなってきた、最初のデリアに感じた不信感がよみがえる。


「感情だけなのですか?思考とか精神は?」

「良いところに気が付きましたね、思考は内向し感情は体外に放散されるんです、仮説ですが」

「ええ、そうなのですか・・」

「これは事故から偶然発見されたのよ」

観測手段がなかった為に今まで知られる事がなかったらしい。

「この力場の発見から心霊現象や超能力すら科学的に説明できる可能性が出てきたのよ」


「でも試料が無いため研究は完全に行き詰まりになっているの」


デリアは大きな旅行鞄から機材を取り出し初めた、

「ではこれを見てもらうわね」


見慣れた顕微鏡の他に、底辺が5インチ四方で高さが7~8インチほどの金属製の箱、側面にはカードを差し込めそうなスリットが幾つも空いている。彼女は鉛電池を取り出してその金属の箱とケーブルで接続した。さらに辞書サイズの木製の箱と、小型のランプを取り出し、3インチ四方の木枠をいくつかテーブルに並べた。


デリアは木枠にそれぞれ色の違う用紙を挟み込み、用途不明の機器の側面のスリットにインサートしていく。


イサベラはわけがわからず見ているだけだ。


「さて予備知識の無いイサベラに協力してもらうわね」

「な、何をするの?」

「簡単、貴女のフレイバーから特定の波長を濾過して物質化するだけよ危険は無いわ、フィルターの材質とは無関係に色により必要な感情だけ透過したり濾過できるのよ、これを発見した時は驚いたわ」


金属製の箱をイサベラの目の前に置いた。

「このままで良いのよ?貴女は何もする必要はないから」

いったい何をしているのかまったく理解できない。

「通電させるわよ、1分ほどこのままでね」


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