第7話 恋愛物質

※ 恋愛物質


「さて、これで十分ね」

デリアは一番下のスリットからピンクの紙が貼られた木枠を抜き出した、それを辞書サイズの木製の箱にセットし何か操作している、そしてその装置から更に小さな薄いガラス板を取り出した、それを顕微鏡の対物レンズの下にセットする。


「昔から感情が色と密接な関係があるのは普通に知られていたけど」

デリアは小型の照明用ランプを灯しガラスのテンプレートを照らし、顕微鏡の調整をしていく。


「さてと、これで見えるわよ」

私が接眼レンズを覗くと視界の中に微粒子が見える、金平糖のようなトゲが生えた粒子が無数に、その中にハート型の粒子が混じっている。


「これが私の感情が物質化したものなの?」

「厳密には貴女の恋愛物質よ」

「な、なんですってーーーーーーーーー!!!」


「ええ、この金平糖はツン状粒子、ハート型の粒子はデレ状粒子、私が命名したのよ、あなたの場合ツン状成分が多すぎて前途多難のようね」

「こちらの装置で、濾過する感情の要素を絞り混むの、一例を挙げるとこの青い紙は『若さ』だけ透過、ピンクは『恋愛』成分を透過する」


胡散臭さが爆発している、若さを透過とか何を言っているんだ?デリアの胸ぐらを掴んで問い詰めたくなった。それにツン状粒子とかデレ状粒子とかわけがわからない、でもその形を見ていると確かに私の一部なのだと直感的に理解できるのだ、金平糖やハートは私の人格の戯画のよう、なんだろう見ていると胸が苦しくなってきた。


テーブルをバンと叩き思わず立ち上がってしまった。

「なんて事するのよ!!」

なぜか涙が出てきた。

「ねえ?なぜこんな事できるの?」

顔が赤くなる。

「これこそが石の力なのよ」

だがデリアは故意か天然か意味を取り違えたようだ。


デリアはまたどこかうっとりしたような蕩けた表情に戻った、イサベラの背中にゾクッとした悪寒が走る、怒りは急速に冷め危機感だけが残る。

「変でしょこの人」


エルマーはデリアの実験装置を興味深げに眺めていたが、おもむろに顕微鏡を覗いた。

「おどろいた、君の研究はここまで進んでいるんだね」

まるで裸を見られたような恥ずかしさを感じて顔が赤くなる。

「エルマー見ないでよ!!」

「え?ああごめん」

エルマーは顕微鏡から離れたけど、でも私が恥ずかしい思いをした理由とかわかってないと思う、優しいようでデリカシーが無い人だから、そこで虚しくなった。



※ 宝石の呪い


惚けたようなデリアが夢から覚めたように、また真剣な表情に変わった。

「さっきこの石の特性に気がついたのは事故がキッカケだったと言ったわよね?」

「ええ、覚えているわ」

「石を使った実験中の事故だった、石の破片の温度を変えながら電圧を加える試験をしていただけなんだけど、石の破片がいきなり気化したのよ、60度ほどの温度だったのに突然ガスになった、その時に冷えた微粒子を吸い込んだみたい」

「あれは誰も想定できるような事故じゃないよ」

「その直後からね、人のフレイバーの影響を受けるようになったのよ」

「ええ、まさか?」

私は不気味な怪物か何かのようにデリアを認識し始めていた。


「感情が私の体内で物質化するようになったと考えるしか無い現象が私に起き始めた、それも愛や恋愛感情が中心ね、そしてそれらの物質は五感に幻覚作用を与える麻薬のように作用するのよ、だけど自分の感情の影響を受けない、体内には自分自身のフレイバーが存在しない可能性があるわね」

デリアの恍惚とした表情は体内で発生する麻薬のせい?

「フレイバーは脳から発生しているのだと思うのだけど、それを突き止める実験を繰り返す必要があるわね」


「なぜ愛や恋愛感情が中心になるの?」

「そうね確証はないけど、血や肉の色なのかも?それ以外の感情も僅かに感じる事ができる」

「五感に影響を与えるって事は人の感情が視えたり聞こえたりするの?」

「なかなか良い質問ね、対象の近くに寄る必要があるわ、視覚はその人を取り巻く霧のような物として、音は擬音のような音として聞こえるのよ、触覚や味覚や臭覚としても感じられる」

「えっ!!擬音が聞こえるの!?」

すごいスキルだわ、自分はこんな風には成りたくないけど、敵にまわすと恐ろしいわね。


デリアはうっとりしたような表情で微笑みながら。

「私はツン状粒子のあの甘くどこか切ない味が好きなの、デレ状物質はベタ甘くて好みじゃない」

「貴女の恋愛フレイバーはなかなか素敵ね」

「ひぇっ」

私は思わずデリアから遠ざかろうと後ろに下がった、そしてイスが倒れた。

ルルがすばやくイスを元の位置に戻す、そんな幕間劇にも気ずかずデリアは一人の世界に没入しはじめていた。

「ああ、この味で思い出すわ、あれは私が14歳の頃・・」


「デリア君!!」

デリアが暴走しはじめたタイミングでエルマーが流れを変えてきた。

「手紙にも書いたが、ニルヴァーナのルビーがあれ一つだけとは限らない、あの石の正確な出処を調べている、もしかすると他にも存在する可能性がある、発見されていて宝石として秘蔵されているものもあるかもしれない、僕も研究を進める為にあの石が欲しいのはお互い様なんだ」


最近エルマーが忙しかったのはあの石を探していたからなんだ、エルマーは何も教えてくれなかったね、私って役立たず?出した手紙の中にデリアさん宛の手紙があったはずなのに気がつかなかったし。


エルマーの研究にあまり関心が無かったかな、だって私は・・だんだん仲間はずれになっていく気分、化学をかじっているから実験の手伝とかしたけど、彼の研究にどれだけ関心があったのだろう?彼の手伝いができるだけで喜んでいて満足していた?

だから大切な事を教えてもらえなかったのかも。


イサベラが一人落ち込んでいると、デリアが憂いげに見つめてきた、

しまったこの人って人の感情が読めるんだった、恋愛感情が得意なだけ。


デリアはエルマーに向き直りながら切り出した。

「今日ここにきた他の理由ですけど」

「そうだったね、それはなんだい?」

「あなたの自動人形にフレイバーがあるか確認すること」

「手紙で教えていなかったっけ?」

「無いです、私がどれだけ関心を持っているかわかりそうですよね?」

「ごめん」

エルマーが頭をかきながら応じる、

「思った通り彼女達にもフレイバーが存在していたわね」

「いつ測定・・そうか君には視えるのかな?」

「ええ、見えてしまうのよね、恋愛感情ほどはっきりしないけど視えるのよ」


憂鬱そうにデリアは俯いた。

「この能力は良いことの方が少ない、知らない方が良いこともある、おばあちゃんの言っていた事が理解できたわね」


「あとエルマー、貴方にはニルヴァーナのルビーの影響は無いの?」

この爆弾発言に私もルルもブリジットも固まった、エルマーも驚愕している。

「作業中にダストを吸い込んでいる可能性もあるでしょ?」

「君の事故の報告の後は石の取り扱いは厳重にしたよ」

「でも可能性はあるのね、このことは頭の隅にでも入れておいて」


私は恐怖に身が竦んだ、エルマーが近くにいる人の感情がわかるようになったら?

近くにいる私の感情が視えていたら?どうしよう?裸でいるのとかわらない。

「今のところは異変は無い、忠告ありがとう」


衝撃から立ち直った私はルル達が奇跡の思考力を持つ理由をなんとなく理解しはじめていた、

「エルマー、もしかしてルル達もその石を利用しているのね」

「そう、今まで黙っていてごめん、内容があまりにも重大なので教えるべきか迷っていた、これ以上黙っているわけにもいかないと思った、君のお父様も関係している以上、巻き込まれる可能性は高いからね」


またデリアが心配げに私を見つめる、真剣な表情と硬い口調、快楽に蕩けたような惚けた表情がくるくると変化する、変態っぽいけど実験の犠牲者よね?もともとは真面目で良い人なのかも?たぶん。

でも心を読まれないようにとにかく冷静にならないと、冷静になれ。


デリアとエルマーはニルヴァーナのルビーに関する情報を交換し、地質学会の論文の資料で最近新しく発見された鉱物について議論している。

「僕は思うのだが、ルビーの様な赤い宝石とは限らないのではないかと思う、調査の範囲を広げるべきだよ」

「たしかにそうね、まだ発見例が一つしか無いからルビーに似た宝石と思い込むのは危険だわ」


お茶とお茶菓子を嗜んでいたら、お腹がたぷたぷしはじめた、そういえば3時のお茶をしたばかりだったわね、無理して飲む必要はないけど出された物は完食する主義。


「ところでシャルロット嬢はまだ見つかっていないのかな」

「警察に捜査依頼を出していますが、新しい報告はありません、父親のライオネル氏も行方不明のままです」

またイサベラが知らない名前が出てきた、でもライオネルという名前には聞き覚えがある、たしか父さんの研究支援をしていた人。

エルマーが大学から追い出されるキッカケになった事件と関係があると教えてもらったけど、エルマーもデリアもあまり詳しく触れたくないのが雰囲気からわかる。

またエルマーが心配そうに私を見ている・・


そうだ、雰囲気から物事を察するって、フレイバーの影響なんだろうか?そうだとしても今までは証明しようがなかったわけね。

独り納得していると。


ふいにルルが会話に割り込んできた。

「イサベラ様の金平糖がツンツンしています、怒った時のイサベラ様にそっくりですね」

皆の視線が声のする方を見る、好奇心に負けたのかルルが顕微鏡を覗いているではないか!!

「まあ私も見たいわ」

「お嬢様ここを覗いて見てください」

イサベラはポンコツ共にあらためて殺意を感じた。


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