第2話 メイドロボ・ルル

カツカツと規則正しく刻まれる足音が近づいてくる、ドアが勢いよく開かれ、エルマー邸最大の問題児が登場した。


「ご主人様はどうしても手が離せないそうです、無念」

「おつかれさまルルちゃん」

ブリジットのフィラメントが揺らいだ。

「ご主人様はお忙しそうなので・・」


ルルは足を真っ直ぐ30度ほど交互に振り上げながら部屋に進入してくる、宮殿の近衛兵みたいな歩き方だ、だが可笑しな事に両腕は両脇にくっつけたまま動かさない。


やがて私の前までトコトコとやってくると右足を軸にキッチリ90度ターンを決め私に向き直った。

「おかえりなさいませイサベラ様、お買い物の品はキッチンまで運んでください」

「とっくに置いてきたわよ!!」


しかしルルを何度見ても慣れない。

この奇妙な歩き方をするメイドも人間ではない、ルルはブリジットを遥かに超えたエルマー博士渾身の傑作、その美貌は硬質で知的な印象を与える、年齢は15-16歳ほどだろうか、私から見ても目を奪われる程きれいなのだけどね。


服装は深い紺色のメイド服に同色のロングスカート、白いエプロンと頭に白いキャップ、標準的なビクトリア朝時代のメイドファッション、靴は女性用のロングブーツで飾り気の無い黒である。

髪色は黒で髪型はショートボブ、非常に人間に近いリアルな造形で、豊かとは言えないが表情すらある、怖いほどの見事な出来の自動人形なのだけど、こいつもゼンマイ仕掛けなのよね。


エルマーが顔のリアルな造形にこだわり過ぎたせいで予算超過、そのしわ寄せで身長が当初の予定(5フィート4インチ)より10インチ小さくなってしまった、さらに多くの機能がオミットされブリジットと同じゼンマイ機関になったと博士から聞いた。


顔がもうすこし丸顔で可愛ければごまかしが効くのに。

はっきり言って頭身がおかしい、鋭利な美貌とボディとのアンバランスさが見るものに不安感を与える、本人も気にしていて、私の完成度は30パーセントなのですとか言っていたわね。

小学生のボディに高校生の美少女の頭を搭載したようなバランスの悪さ。


「あと身長が10インチ高ければ」

これがルルの口癖ね。


「ねえルル、その、えーとその変な歩き方どうにかならないの?」

「歩行マクロシーケンスの改良が必要です、速やかな改善を要求いたします」

これもまた予算の犠牲になったのだ、このポンコツ『ワタクシの美貌の罪』とか考えてそうね。


この歩き方をルルは気にしている、歩く時に腕をふらないのはエネルギー節約の為に省略されたらしいけど。

「この件は以前もご説明いたしましたはずですが・・改善しますとイサベラ様のねじ巻きの負担が増える事になります・・」

ルルはごく僅かに不機嫌になったように見えた、彼女は表情が乏しい、これも予算不足のなせるわざね。


「さて、どうしようか?エルマーが参加しないとお茶を飲むのは私だけになるし」

空気を読んだブリジットが

「イザベラちゃん私達の事は気にしないでいただいてちょうだい」

と言いながら火花を吐き散らかした。

こいつ外見はポンコツだけど常識あるし気配りもできるのよね。


その時、どこからともなく柱時計の時報が聞こえてきた。

「3時になりました、ティータイムでございます」

「まあいいわ、私だけでもいいか、ねえ前から気になっていたんだけど」

「なんでございましょうか?」

「ここの時計って3時にしかならないよね?どこに時計があるの?」

「そうでしょうか?私も詳しくはぞんじません」

「ええ!?まあどうでも良い事だけど」

この館にはいろいろ謎が多い、最大の謎がこの二体の自動人形なのだが。


「あっ、そうだエルマー宛の封筒があったわ」

「では私がっ・・ご主人様に・・渡し・・・」

「あらまあたいへん、ゼンマイが切れたのね・・」


眼の前で突然ルルが動かなくなった、歩きはじめようとした瞬間のポーズで静止している、まるで写真のよう、ルル達が言うにはゼンマイが切れても考える事はできるらしいわね、身体が動かないだけだって。


イサベラは顔をしかめ「もー、ブリ、そこのネジ巻き持ってきて」

ブリジットが持ってきたのは、柱時計のねじ巻き鍵と形は同じだが巨大なものだ。

「このゼンマイもいろいろおかしいのよ、エネルギー保存の法則が仕事してないって言うか、絶対に私が巻いている以上の仕事をしているわね」


文句を言いながらルルの背中の鍵穴に力いっぱい差し込み回し初めた、これがかなりの重労働、回し終わる頃にはクタクタになっている、やがてチクタクと時計のような音をさせながら、それと不釣り合いなまでのリアルな自動人形が動き初めた。


「イサベラさまお手数をおかけしました」

「イサベラちゃんおつか・れ・・・」

こんどはブリジットのゼンマイが切れた。

「もうイヤ、このポンコツ共!!」


再起動したルルがお茶の準備を初める、イサベラの前に安物のお茶とクッキーが出されるが彼女は細かいことは気にしない。

「エルマーのこりしょうはいつもの事だけど、最近特に酷いわね、何か重要な調べ物ををしているようだけど」

最近エルマーは書斎にこもりきりで調べ物をしている、いくつも書籍を買い集め、各方面に手紙を出している。


手紙を出してくるのは全て私の仕事、まあ自動人形に行かせるのは無理なんだけど、ほんとこいつら役に立たなすぎ。


私がこの不思議なポンコツ人形とヘルマーが暮らしてるこの邸宅にきたのが2ヶ月前の事だ、お父様が事故で急に死んでしまって、お母様も兄弟もいない私は一人ぼっちになった、エルマーはお父様の親友のヒギンズ先生といっしょに私の家によく来ていたわね、でもいつも最後には研究の話ばかりになっていたわね。

昔を懐かしむ様に思い出した。


親戚は早く結婚させようとするし、どうにも困ってここに駆け込んだのよ、男の一人住まいだから助けてあげようと思ったけど、給仕をしているルルに軽く視線を流し。

「あいつがいたのは予想外だったわ」

と独り小さく呟いた。


「イサベラちゃんどうかした?」

ブリジットが物思いに沈み込んだイサベラを気遣うように声をかけた。

「なんでもないわよ!!」

つい強い言葉になる

「ごめんなさいね・・」

ブリジットのフィラメントが暗く点滅したような気がした。


ティータイムが終わりルルがティーセットを片付けている、ルルがトコトコと働くところを観察しながらイサベラは呟いた、しかし不思議、歩く時は腕が動かないのに、必要な時は歩きながらでも腕を動かせるのね。


「ああ、そうだエルマーに封筒を渡さないと」



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