第3話 エルマーの書斎
この邸宅の主人であるエルマーは工学博士である、そして人間に限りなく近い機械人形の実現と言う夢の囚人だった。
エルマー博士は年齢30歳前後に見える、痩身で細面な顔にライトブラウンの髪と、知性を感じさせる濃いダークブラウンの瞳、目尻が少し下がり気味で温厚な人柄に見えるかもしれない、まずまずのハンサムの部類に入れても良いだろう。
その彼の書斎は整理されているとは言い難い、床には乱雑に書籍とファイルケースが床に置き捨てられ、栞代わりに定規や鉛筆などが挟まれている。
壁際は用途不明な機器類に埋め尽くされている、邸宅内には研究室があるにもかかわらず、ここもまた謎の器具類に侵食されつつある。最近は奇妙な神像やら仏像のレプリカまでもが持ち込まれ、工学博士に必要とは思えない物が増えつつ有る。
ブリジット製造後、エルマーにもその無骨すぎる姿に何か感じるものがあったのだろう、人体模型や医学書から女性の美容や服飾関係の書籍や美術用のマネキン人形までもが追加され、その後にルルが生まれたのだ。
それらの場違いなオブジェのせいで書斎はいよいよカオスになりつつある。
「現時点で必要な書籍の発注はすませた、残りは借りるしか無いな、個人所蔵のものだけは現地に出向く必要がある、とにかく畑違いな分野の知識が要求される、そのせいで初歩的な問題で回り道をしなければならないのが痛いな、あとは父の軍役時代の知人を追いかける事だ、これは並行して進めないと、今だに父がインドで何をしていたのか、父が死んだ理由も今だに納得できない・・・」
エルマー博士はつぶやきながらメモを取り始めた。
その時ドアをノックする音がする。
「エルマー勝手にはいるわよ」
エルマーが反応する前にドアを開きイサベラが押し入ってくる。部屋の中を見回しため息をつくと呆れた口調で少し唇を尖らせながら。
「この部屋どんどん酷くなるわね、少しは整理したら?」
「いいんだ、この方がどこに何があるかわかりやすいんだよ、ははっ」
エルマーの腕が机の上の用途不明のブリキの缶にぶつかり、カラカラと音を立てて床に転がり分厚い書籍に当たり停止した。
「信じられないわね!!適当に散らかしているだけでしょ?」
「そんな事ないぞ?総ての本や装置の座標は僕の脳内にプロットされているのだ、真っ暗になっても把握できる」
「暗くなったら歩くこともできないわよ、とにかく私が整理してあげるから感謝しなさい!!」
イサベラが腰をかがめ床に散らばった書籍とノートを拾い初めた。
「ああ、やめてー動かさないでくれ、イサベラ!!」
椅子から慌てて立ち上がったエルマーは一歩踏み出したところで、床の書類を踏み足を滑らせバランスを崩した。
「うおっと!!」
それに巻き込まれるようにイサベラが本の上に尻もちをつき、そこにエルマーが覆いかぶさるように倒れかかった、そしてイサベラを押し倒した、なんて事は起きずにルルがエルマーを素早くキャッチする。
「ルルなにするのよ!!、あ、部屋の中を見張っていたのかって疑問に感じただけよ?」
ルルは部屋の外からイサベラを監視していたらしい。
「ご無事ですか?お気をつけくださいご主人様」
「ルルありがとう怪我は無いよ」
「私が心配しておりますのは・・・」
ルルは何か呟いているが小声なので聞こえない。
「イサベラは・・その・・お尻は大丈夫かい?」
「・・だ、それ淑女に言うこと?」
本の上に尻もちを付いたためか少し痛そうだ。
「だから言わない事ないでしょ?」
イサベラがふたたび床の片付けを始めようとすると、イサベラの襟を後ろから掴むものがいる、そんな事をする者はこの館に一人いや一体しか存在しない。
「イサベラ様、ご主人様のお仕事の妨害は許しません」
「やめなさいよ、エルマーのやりたいようにさせるだけが貴方の仕事なの?」
「貴方さまは、ご主人様の母上でも奥様でもありません、ただの居候です」
「私はエルマーの助手、エルマー=ワイルド博士の助手です、アドバイスする責任があるのよ」
イサベラはエルマー博士の知人の娘で助手のような事をしてきたが、学生ではない。エルマーがある事故で大学を追放された後にエルマー邸に押しかけ勝手に住みついているのだ。
「イサベラごめん、どうしても急いでやらなければならない事がある、今は僕にやりたいようにさせて欲しい」
「エルマー何か手伝える事はないの?あまり無理をしないで、最近疲れているように感じるし」
「今は僕が、もう少ししたら皆に手伝ってもらうよ」
「わかったわ・・・」
「そうだ、また忘れるところだった、これが貴方宛の封筒よ」
「さあイサベラ様、居間にもどりましょう」
イサベラはルルに捕獲され居間に連行されていった。
エルマーは封筒をひっくり返し発送元を確認した
『ランカシャー州モーカム市・マーリンロード5-11-23』
ハーバート・ウェストスミス
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