メカ令嬢とメイドロボ  ~ ニルヴァーナの宝珠

洞窟王

第1話  ロンドン・オークリーニューバネット通り

※ ロンドン・オークリーニューバネット通り


「くそ役立たずのポンコツ、なんで私が買い物しなきゃならないのよ!!」


買い物籠をぶらさげて歩くその少女は、大きな深い蒼い瞳に、その肌は抜けるように白く、そして手足がひょろ長くて、痩せた厚みの無い身体が彼女の大きな瞳をきわ立たせていた。


どこかおとぎ話の挿絵に出てきそうな、どこか現実離れした人目を引く少女、ある者は気味が悪いと思い、ある者は妖精のような美少女と密かに感嘆した。


「足りないものはないわよね?」

少女はしわくちゃな紙切れを広げながら独り言を呟やく。

「買い忘れるとアイツからイヤミ言われるし」


顔をしかめる仕種はまだどこか子供っぽい、彼女のブルネットのあまり手入れがされていない髪がその印象を更に強めている。


少女は鉛色の空を見上げた。


レンガ作りの壁と屋根は酸性の霧と雨で黒く腐食している、その上に灰色の空が広がり、林立する煙突から絶え間なく吐き出される黒煙が、灰色の空のキャンパスを黒く重ね塗りをしている。


不愉快な空の色はプリマス生まれの彼女の気分を落ち込ませる、風がほのかに石炭と硫黄の香りを運んでくる、小づくりで小生意気な印象を与える形の良い鼻をひくつかせた。


「うわ、いやな臭いがする」


硫黄の臭いを意識すると、空の色までなんとなく黄色みがかかっている様に感じられた、そして遠くから蒸気機関車の警笛の音が聞こえてきた。


「なんか空気がかゆい!!」

左手で頬をポリポリとかき。

「もう帰る、おっとその前に郵便局によらないとね」


少女はクルリと軽やかに身をひるがえし走りだした。



※ エルマー邸オークリーニューバネット1-83-22


「大丈夫かしらイサベラちゃん、いつも一人で買い物させてしまって」

痩身で電信柱のようなシルエット、ロココ風の左右に大きく広がる巨大な真紅のドレスを纏った女性が窓の外を心配そうに眺める。


彼女の頭の左右にぶら下がる金色に煌めく縦巻きロールが印象的だ、この界隈はロンドンの中でも治安が良いが女性の独り歩きはやはり好ましくない。


「いいえ、お嬢様がお気になさる必要はありません、彼女は何の生産性も無い居候です」

彼女の後ろに控えていたメイド服の少女が応じた。


お嬢様と呼ばれた令嬢が答える

「それは言い過ぎですわ・・」

「私達が外に出る事ができない以上イサベラ様が買い出しするしかありません」

整った、いや整いすぎた鋭利な美貌の少女が無表情に応じる。


「さて、もうすぐ3時になります、ティータイムでございます、イサベラ様がまだお帰りにならないようですが、私はご主人様に声をかけてまいります」

「がんばってねルルちゃん」


「ご主人様はお仕事にのめり込むと周りの音が聞こえなくなりますから・・ですがティータイムを無視することは英国人には許されておりません、今日こそは参加していただきます」

その後ろ姿をお嬢様は見送った。



※ バークレー法律事務所前


「ああ、やっと見えてきたわね」

バークレー法律事務所の看板が見えてきた、いつもの雑貨屋が品切れで遠くまで足を伸ばしたから、帰ってくる方角がいつもとちがう。

「迷子にならなくてよかったわ」

その法律事務所のある角の手前の裏道に入ると家までもう少しだ。


角を曲がると、見知った中年の男が壁に背をもたれて空を見つめている、たしかこの人はお隣のアパートに住む売れない小説家のボリス=メイさんだ。

またこんなところで空をみているのか、悪い人じゃないんだけどね。


ボリスさんのお父様は有名な資産家だったそうだけど、小説家志望の息子さんが放蕩して遺産を使い潰して。結局のところ小説家として芽がでることもなく、奥様にも子供にも逃げられたとか。

噂話で聞いただけだけどね。


「こんにちは、ボリスさん」

「うん?ああイサベラちゃんか、おつかれさん」

ボリスはどこか心あらずな様子で答えた。


大丈夫かしら?会うたびにしょぼくれていくわね。

若い頃から『なあになんとかなるさ』が口癖だったみたいだけど、私は聞いたこと無い。


「もうだめかもな・・」

そんなボリスさんの声が聞こえた様な気がした。

イサベラは居たたまれなくなり、駆け足でエルマー邸のガレージ横の裏口に殺到し鍵を開けて中に飛び込んだ。



※ ブリジット


「ただいま、帰ったわよ、あれブリジットだけ?」

私の目の前にブサイクな金属の人形がそびえ立つ、その金属の人形がふりかえり喋った。

「おかえりなさいイサベラちゃん」


むかつく、私はこいつにイサベラちゃんと呼ばれるのが嫌なのだ、そいつは長身で痩身で寸胴、まるで電信柱のようなボディ、そこに不釣り合いに大きな胸、まるでヤシの木に見えるよ。


そのヤシの木は左右に大きく広げられた巨大な真紅のドレスをまとっているのだ、

なんか空を飛べそうね。

髪色は茶色みがかかった金髪で、両サイドに垂らされた真鍮製の縦ロールがうずを巻き金色に煌めく、ドレスの肩は大きく膨らみ、そこから細くて長い金属製の腕が生えている、最近流行りの空想科学小説の宇宙人のよう。


顔は中世の兜とヤカンを足して割ったよう、金属性の大きなあご、鼻は三角錐でちょうど口の上辺りにそそり立っている、ほんと刺されば痛そう。

露出した鈍い灰色の鋼鉄の肌に規則正しく打ち込まれたリベットが目を引く。


目は電球のように光輝きフィラメントらしきものまで見える、

つーか電球でしょこれ?

これで物が見えるのだから信じられない。


この自動人形の創造主のエルマー博士の破滅的センスはどこから生まれた?

思考する機械、科学の奇跡、それもわかっている、だが私にはブサイクな金属のガラクタにしか見えないのだ。


「ルルはさっき先生を呼びにいったわ」

ブリジットが話すたびに口から火花が飛び散る、

「あんた、黙りなさいよ、危ないでしょ!!」

ブリジットの口から飛び出る火花がテーブルの上の新聞に点火しないか気が気でない、これ絶対いつか火事になるわね。

エルマーが言うには回転する歯車が火打ち石を叩いているらしいけど、でも何の意味あるの?


あとこいつの動力ってゼンマイなのよ?

私とルルがねじ巻きをしなければならない、ほんとだるい。

にしてもこのスクラップになぜ思考力があるのか全く理解できないわね。さらにムカつくのがこのブリジットをお嬢様と言って恭しく仕えるポンコツメイドまでいるのよね。

「ルルちゃん、手こずっているようね、おほほほほ」

「やめて火花を吐かないで!!」


私は慌てて新聞をどけた、ふと紙面のイラスト付き広告が目を惹く『神秘の大マジック・インド大魔術団ロンドン招致、ロンドン・スマイリー大サーカス主催』か、たしか大きなイラスト付き広告はとても高いらしいわね。


紙面を流し読むと、宝石盗難事件のニュースが目を引いた、最近宝石盗難事件が頻発しているのだけど、同じ犯人かな?私は推理小説が好きなのでこの手の犯罪には心ときめくのよ。


資産家が秘蔵している貴重な宝石が狙われていて、その鮮やかな手口から窃盗団のファンすら現れているそうだけど、私は怪盗より探偵のほうが好きなんだけどね。


窃盗団による犯行と言われるのは、内部にスパイを潜り込まるなど、組織的で計画的で大胆な犯行を行うからね、ふむふむ『宝石窃盗団に名探偵エドガー・デュラハン氏が挑戦状を叩きつける』ですって?これは面白い事になってきたわね、イサベラは記事を何度も読み直した。


イサベラがこよなく愛する『ロンドン・デイリー・チープチップス・ニュース』はスキャンダルや事件記事などをおもしろおかしく報道するタブロイド新聞である。


ヒネクレたジョークやタイトル詐欺なニュース満載で、その独特なセンスから各界の著名人にファンがいると言われてる、連載されているエロティックな小説も有名作家が偽名で書いていると噂されるほどだ。

王族のある御方とか首相が愛読していると言う噂があるのよ素晴らしい事だわ!!


「インド魔術と推理小説は相性が最悪なのよね、トリックが魔法で片付けられたら本を投げつけるわよ」

どうやらそんな小説を掴まされた事があるらしい。



現実逃避していたイサベラは廊下から聞こえる規則正しい足音に気がついた。


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