自分の心を受け入れよう

「今日も学校行けないの?」


心配そうな声がドアの方から聞こえてくる。ベッドの上で頭から布団をかぶったわたしには母の姿が見えない。それでも彼女がどんな表情をしているのか手に取るようにわかる。


「ごめん…。行けないわ…。」


わたしは迷惑をかけていることをわかっていながら、そんな心ない言葉しか言えない。


「わかった。なにか食べたいものがあったら、言ってね。」


「うん…。」


ドアが閉まる音がしたのを確認すると、全身から力が抜け落ちていく気がした。


 ああ…。どうしてわたしは学校に行けないんだろう…。


 一日中考え込んでいるが、まったくわからない。ただ、生理的な嫌悪感だけが痛みのようにうずきだす。予感はずっと前からあったのだ。半年くらい前。なんとなく、学校がイヤだなあと思った。わたしは別にいじめられているわけでもなければ、勉強が嫌いなわけでもない。ただ、どうしても学校に行くことが気持ち悪いと思ってしまった。


 みんなが同じ制服を着て同じ時間に同じことをする。同じ考え方を教えられ、大人の言うことに従った生徒だけが評価される。逆にいえば、それができない生徒は排斥される。刑務所の中に入れられているのかと思った。


 みんなよく我慢しているなと思った。正直、学校にいるときは全然楽しくなかった。みんなと合わせて会話をしたり先生に気に入られるようなことを言ったりするのも疲れた。無理をしているのはわかっていた。だけど、一度そういう自分を演じた以上は後に引けなかった。


 行きたくないのに、学校に行く。そういう矛盾を抱えたまま生活するのはとてもつらい。それでも半年間は耐え続けた。まともに生きていくためには、学校に通わなくてはいけない。授業を受けなくてはならない。一度休んでしまったら、もう学校に戻れないと思った。


 それなのに、そう思っていたのに、一週間前ついに休んでしまった。ふっと突然糸が切れたように朝起きたとき身体が動かなくなった。どんなに動こうと努力してもできなかった。動かなきゃ!学校に行かなきゃ!そう自分に命令するけど、びくともしなかった。


 体の具合が悪いと親に言って何日間はほとんど動かないまま過ごした。親はとても心配していたし、友達も大丈夫?と連絡をくれた。でも、どんな声もわたしの心を苦しめるばかりだった。たくさんの人に迷惑をかけた自分を責めた。だけど、現状は何も変わらなかった。


 空白のような時間が永遠に流れていた。昼も夜もわたしにはあまり関係なかった。ただ、ベッドの上、布団の中でスマホをいじってネットを見ていた。それ以外、あまりやることがなかった。


 あるとき、ほんとに偶然なんだけど、アニメの女の子のイラストを見て胸がときめいた。それからアニメにハマって、ネットでひたすら動画を見る日々を繰り返した。それ以外やることがなかったから。


 自分がずるい人間であることをわかっている。みんなが一生懸命学校に行っている中で、自分だけ行かないのはおかしい。そう自覚してはいるけど、どうにもならないのだ。行きたくない学校に無理に行く元気もない。わたしは今日もこうやって無意味にアニメばかり見る日々を送っている。


「そうやって自分を否定しつづけたら、死ぬぞ。逃げたいときは逃げていいんだよ。自分の心の声を聴くことも大切だよ。」


突然、こどもの声がどこかから聞こえてきた。


 えっ??わたしはびっくりして布団から頭を出して部屋中をながめた。もちろん、だれもいなかった。なんだろう…??ついに病みすぎて幻聴でも聞こえるようになったのか…??でも声だけはなおも聞こえてくる。


「よく見てくれ。意外とすぐ近くにいるわよ。」


はっとして声が出た方向を見ると、そばのカーテンの間から可愛らしい女の子の顔が出てきた。


 えっ??わたし、ついに可愛い女の子のアニメが好きすぎて幻覚まで見るようになっちゃった…??


 彼女はわたしの驚きなんてまるで気にしないようにずんずん近づいてきて、腕を組みながら納得したようにうなずいている。


「いや~。わかる、わかるわ。学校行きたくない気持ち。わたしも学校行きたくないときあるもん!」


なんだかよくわからないけど、不登校のショックのあまりめちゃくちゃ可愛い女の子の幻覚を見るようになってしまったらしい…。彼女はわたしの顔をまっすぐに見て共感してくれる!!なんか知らないけど、ラッキー!!


 わたしは笑顔で自分の妄想と会話をすることにした。


「えっそうなの??あなたくらいの年でも、学校行きたくないことあるんだ。わたしは小学校の頃ならまだ楽しかったよ。」


「それが大変なんだよ…。わたし、結構体が硬くて。体育の授業って、毎回準備体操するでしょ?あのとき全然開脚できなくて友達に笑われるのよ、ほら。」


そう言って彼女は床に腰を下ろして足を広げてみせる。ほんとだっ。全然開かない。思わずぷっと笑ってしまった。


「ほらね。笑うでしょ??友達も同じ反応なのよ。体育は性に合ってないのよね。わたしは考える方が得意だから。


 それはさておき、あなたはわたしのこと全然避けようとしないのね。この前なんて男の子に不審者呼ばわりされたのよ…。」


「だって、あなたってわたしの妄想なんでしょ??」


小さな女の子は上目遣いにこちらを見ながら、にやりと笑う。


「さあね…。どんなふうに思ってもらってもかまわないわ…。そんなことよりも大切なのはあなたが抱えている問題よ。実はわたし、あなたに伝えたいことがあってきたの。」


「なあに??伝えたいことって??」


「聞いてくれてありがとう。伝えたいのは、決して自分を全面的に否定してはいけないということよ。もちろん、考え方や価値観に一部分変更があってもかまわない。むしろそういった『自分が間違っていることに気づく』のは大事なことよ。でも、自分が迷惑をかけているからといって『学校に行きたくない』気持ちを否定すること、自分の心の声を否定することはやってはいけないわ。破滅するわよ。」


きっぱりと厳しい顔で彼女は言った。幼いながらも、その表情にはどこか気品が感じられた。わたしは素直に聞くしかない。


「そうだよね…。」


「いいのよ、学校に行かなくても。無理して行きたくもないところに行く必要はないわ。それよりも、自分がしたいこと、大好きなことをやった方が楽しいでしょ?


 人に迷惑がかかるのはしようがないのよ。どうしたって、生きている以上は迷惑がかかるもの。それをいちいち問題にするのはおかしいわ。もちろん、いつも他人のことを思って配慮する必要はあるけどね。でも本当にきついときは、自分の心の声に寄りかかって甘えてもいいじゃん。


 誰だって一生懸命日々を過ごしていれば、思い悩むわ。でもそういうあなたを誰も恨む権利なんてないし、あなた自身が自分を否定する権利だってないわ。どうか自分を嫌いにならないで。あなたの本当の味方は、あなたしかいないのよ。


 これはわたしからの提案だけど…。もちろん、出席日数とかの関係で行かなきゃならないときもあるかもしれないけど、ぎりぎりまでなら学校休んでもいいんじゃないかな?」


わたしは彼女の言葉を聞きながら、涙がとめどもなく流れ落ちるのを止めることはできなかった。もう少し、自分を大切にしよう。そう思った。どう感じて、何がしたいのか自分に問いかけ続けよう。


「けっしてあなた自身を殺さないで。否定しないで。あなたが今日生きていることは、本当に素晴らしいことよ。それだけはけっして忘れないで。ね、約束して。」


わたしは小さな女の子のきれいな小指と指切りをした。わたしにとって大事なことはただ生きること。それ以外なかった。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ロリな天使が今日もゆく!! じゅん @kiboutomirai

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る