知ることよりも気づくことが大事
「え、お前、そんなことも知らないの?」
学校から帰る途中、幼馴染のカズくんは信じられないという顔で僕の方をのぞき見た。僕は自信なくうつむくしかない。
「う、うん…。」
「だっせえな。スイカが野菜だってことくらい常識だろ。」
「ごめん…。」
カズくんは僕の方を振り向いて、得意げに笑う。
「あれだよな、お前って意外と常識ないよな。」
「そ、そうかな…。」
「大人になってから苦労するぞ。もっと自分から知ろうとする努力をしないと。世間から置いてかれるぞ。」
その言葉は、僕の心に突き刺さる。
「そうだね。常識を身につけないとね。」
「そうだぞ。オレみたいに普段からアンテナ張っておかないと。知らなければならないことはたくさんあるからな。じゃないと、悪いヤツにだまされるぞ。」
「ごめん…。」
「別に謝ってほしいわけじゃないんだ。ただ、いまのままじゃ困るぞってことを言いたいだけだ。じゃあな。オレこっちだから。」
「うん…。じゃあね…。」
カズくんは住宅街の曲がり角を左に曲がった。その様子を見届けてから僕は右に曲がる。確かにね。僕には大人の常識というものが足りないのかもしれない。テストの点数もそんなによくないし、とびきり賢くないことは自分でもわかっている。
けれどせめて、みんなにバカにされないくらいはものを知っていた方がいいかもしれない。普段友達と話すときもテレビやゲーム、漫画の話題についていけないから、のけものにされることもある。みんなの共通の話題に参加できないのは、正直つらい。
『もっと、自分から知ろうとする努力をしないと。』
幼馴染の言葉がフラッシュバックする。ほんとにその通りだ。僕は何もかもを知らなすぎる。とりあえず流行りの漫画を読むことからはじめたほうがいいかもしれない…。せめてみんなの話がわかるくらいには…。
「なんでも知っていればいいわけじゃないよ!それよりも気づくことのほうが大切だよ。」
どこかから可愛らしい声が聞こえて、僕はびっくりして思わずあたりを見渡した。夕日に照らされた静かな住宅街には、全然人影が見当たらない。なんだろう。空耳だろうか…。
「わたしはここにいるよ。あなたの目の前に。」
もう一度高い声が聞こえた。見ると、同い年くらいの女の子が目の前の電信柱からひょっこりと顔を出した。そのまま僕のほうにずんずん歩み寄ってきて、右肩をぽんぽんとたたく。
「くう~。わかるよ、わかる。ちょっと知識がないだけでみんなから笑われたりすることってあるよね。わたしもそんなことしょっちゅうだよ。」
僕の顔を見つめて、うんうんと無言でうなずく。なんだこのひと…?すごい共感してくれるけど何者?新手の不審者?
「な、なんだよ急に。キミだれだよ?」
反射的に彼女から距離をとる。なんだか怖い。とりあえず逃げる準備をしておこう。彼女は僕の様子をながめてやれやれという感じで肩をすくめた。
「名前なんてどうでもいいじゃない。ただの通りすがりの旅人だよ。」
なんか時代劇の主人公みたいなこと言いはじめた。ますます怪しいわ。
「じゃ、じゃあ、僕こっちだから。急ぐので。」
足早にもと来た道を引き返そうとすると、瞬時に腕をつかまれた。
「嘘ついちゃいけないよ…。あなた、さっき向こう側から歩いてきたよね…。あなたの家はわたしがいる方向のはずでしょ?それに、ゆっくり歩いていたから急ぎの用事なんてないはず。」
すべてを見透かしたように、彼女はそう言って微笑む。なんだこの子、正直めちゃくちゃめんどくさい。
「わたしは、ただあなたに伝えたいことがあるの。」
女の子ははっきりとした口調で訴えかけてくる。その瞳に吸い込まれて、僕はそこから逃げられなくなった。仕方ない。話だけでも聞いてあげるか。
「なんだい?伝えたいことって?」
「話を聞いてくれてありがとう。あなたがみんなの話題に合わせるために漫画を読んでもいいし、テレビを見てもかまわない。だれかとコミュニケーションを取るときに共通の話題があることはとても大切なことだわ。だからあなたがもっと知ろうとする姿勢はすごくいいと思う。
だけど、『知っていればいい』というわけではないわ。あなたはこれからたくさんの人と出会って、たくさんの経験をして、たくさんの知識を得るわ。でもその中には、正しいこともあるし間違っていることもあるの。」
彼女は純粋なまなざしで僕をまっすぐに見つめる。なんだかすごく恥ずかしい…。
「何が本当のことを言っていて、何が嘘を言っているのか、それを自分の目で確かめる力を養うことがなによりも重要だわ。いろんなことを知っていることが偉いわけではないの、すぐれているわけではないの。たくさんの知識の中から自分が『確かにそうだ』と気づかされることが大切だわ。
そうじゃないと、あなたはただの辞書だわ。たくさんのことが書かれているだけの辞書。でも、あなたは人間なのよ。自分の頭で考えて、考えて、考え抜いて、素敵なひとになって。」
この子がだれなのかはまったくわからないが、その言葉に勇気をもらった気がした。知識をたくさんもっている人が偉いわけではない。何が正しいのかを考え続ける姿勢こそが大事だ。確かにそのとおりかもしれない。なんだか心の中に温かな感覚がひろがって、僕は感謝を伝えなければならないと思った。
「さっきは避けたりしてごめんなさい。大切なことを教えてくれてありがとう。」
「わたしは教えたわけではないわ。あなたが本当は思っていることを言葉にしただけよ。それじゃあ。」
正体のわからない小さな女の子は右手をあげてバイバイと言ったまま颯爽とその場をあとにした。僕は彼女にどうしようもなく惹かれて、さんざん追いかけようとも思ったけど、やめておくことにした。謎は謎のままで放っておいたほうがいいこともあるはずだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます