ワンピースと我儘

 ショッピングモールは休日なせいもあり、人でごった返していた。

 二つの建造物を連絡通路で繋いだその建物は様々な店が中に入っており、飲食店から雑貨屋、アパレルショップにゲームセンターと一日あっても回りきれない程の大型モールだ。そんな人で溢れかえっている中で、カノン達は夏服を見にアパレルショップの店にいた。


「これはどうかな?」

「いいんじゃねぇか?」

「……じゃあこっちは?」

「それも良いかと」


 先程からこうした会話を繰り広げている二人は、一向に服が決まらずにいた。


「翔太そればっかり」

「いやだってさ、俺服のことよくわかんねぇし」

「もっとちゃんと見てよ……」

「……」


 自分をもっと見てほしい――そんなカノンは翔太に不安を漏らした。そんな寂しそうな顔を見てしまった翔太は服を一つ取り、目の前に見せた。


「……これだ」

「え?」

「夏には白い服が映えると思う……」


 頬を赤く染めた翔太は視線を逸らしてそうカノンに告げる。翔太に選んでもらった服をカノンは受け取り、微笑んだ。


「ありがとう、翔太」

「いいから試着してこいよ」

「うん、そうするね!」


 受け取った服を持ち、試着室にカノンは向かうが、その前に翔太の腕を掴んだ。


「試着した感想もほしい」

「勘弁してくれよ……」


 嫌々言いながら連れてきた翔太を試着室の前に待たせ、その間にカノンは中で着替えた。


(この服……ふふ、翔太はあたしにこれを求めてるのかな)


 面倒臭がり屋の翔太が選択した服は真っ白なワンピースだった。ノースリーブで少し光沢があるその服は、着ている者を上品に見せるような雰囲気を漂わせていた。試着したカノンはカーテンを開けて翔太に見せる。


「どう……かな?」

「!」


 翔太の顔が先程より赤くなる。紅葉のようだ。ぽりぽりと頬をかき、翔太は口を開いた。


「に、似合ってるよ……」

「ふふ、ありがと」


 その一言でカノンは笑顔になり、再びカーテンを閉めた。数分後に試着室から出てきたカノンは持っている服をレジまで運んだ。


「その服でいいのか?」

「翔太が選んでくれたじゃん」

「いや、それは」

「それに褒めてくれたし」

「カノンが良いならいいか……」


 上機嫌なカノンについていく翔太は、笑顔の幼馴染を見て安心するが、その後に訪れた場所で絶望した。


「次はここ!」

「カノン……ここは一人で回ってくれ、俺には荷が重い」

「買い物付き合ってくれる約束でしょ? それに荷物持ってくれないと困る」

「はあ、面倒なことになりそうだ……」


 二人が訪れたのは赤や青、ボーダーやフリルが付いたものなど、個性豊かな商品が取り揃えてある女性水着専門店だった。


「翔太はどれが好きなの?」

「お前は俺にここで死ねというのか?」

「いやいや、好みを聞いてるんだよ」

「そんな公開処刑みたいな事はやめてくれ……」


 疲れた顔をした翔太をカノンは無視して水着を選ぶ。


「ねね、これなんかどう?」

「お、おいカノン!」

「え、何……あっ!」


 手に取った水着を自身に当て翔太に感想を求めるが、その所為で翔太の顔が紅潮する。おそらくその水着を着用してる姿を想像したのだろうと考えたカノンは自身も赤くなる。


「し、翔太の変態! 今想像したでしょ!」

「カノンがそうする様に仕向けたんだろ!」

「違う、あれはただ水着の感想を聞きたかっただけ!」

「なら見せるだけで良かったろ、俺を責めるな!」


 久しぶりの言い争いにお互いヒートアップするも、カノンはまたも恵美の言葉を思い出す。


『カノン〜、あんまり素直じゃないと翔ちゃんに嫌われるわよ?』


 今朝の言葉でカノンは冷静さを取り戻し、翔太に謝罪した。


「ごめん、言い過ぎたかも」

「お、おう。俺も悪かった」


 素直ではない自分は翔太に嫌われる、そう思ったカノンはこれ以上言い争って仲違いしない為に話を終えて、水着選びに戻る。なんだか釈然としない翔太はカノンに聞いてみた。


「なんか今日のカノン変だぞ? しおらしい感じとか」

「そうかな……」

「いやそうだろ」

「だって、面倒臭い子嫌いでしょ?」

「は?」


 翔太は何でも面倒臭がる。だから面倒事の塊のである自分を、きっとよく思ってはいないと思考してしまうカノンは、いつもより弱気になっていた。そんなカノンを見て、翔太はため息を吐く。


「あのなカノン……休日の朝から一緒に出かけて、相手の服を選び、苦手な水着専門店に入る奴がそんな事考えてると思うか?」

「でもいつもめんどくせぇって」

「ホントにそう思ってるなら、この際だから伝えておく。俺は前提として面倒事が嫌いだ。だけどカノンが一緒なら……その前提は消える」

「……」


 真剣な顔つきで翔太は言葉を紡ぐ。カノンは目を逸らさずに言葉を待った。


「高校だってそうだ、俺一人で勝手に帰ったことなんてあったか?」

「……ない」

「だろ? だから心配すんな。それに約束しただろ、常に優先するって」

「でも嫌々付き合わせてるのかって考えたら……」


 何も言われても今は心に届かないカノン。翔太は次の行動に出る。


「なら何があれば満足するんだ?」

「……見て」

「何を?」

「私を幼馴染としてじゃなく、只の同級生として見て」


 ――それはカノンが今一番求めているモノだった。他のクラスメイトと話している時の翔太の顔は、カノンには見せなかった特別な顔に見えた。その表情を自分にも向けてほしい、そんな我儘を翔太に要求した。


「それは無理だな」


 翔太はそう言ってその要求を拒んだ。

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