脱衣所

 カノンはこの状況をチャンスだと感じた。

 翔太はシャワーで浴室に、優華は料理でキッチンから離れられない。

 今ならば翔太が脱いだ服誰にも知られずに嗅げるのでは?

 汗で濃くなった翔太の服の匂いを嗅ぐことはなかなかできない。

 高校に上がってからは体育の授業なども別々で、まだ一度しか嗅いでいないのだ。


「すみません優華さん、お手洗いお借りします」

「どうぞ、場所はわかるわよね?」

「はい、大丈夫です」


 カノンは計画を実行に移し、トレイに向かう風を装いトイレの反対側……脱衣所の扉に手を掛ける。

 シャワー音を確認したカノンはこっそり脱衣所に入り、洗濯カゴにある翔太の脱いだ衣服を手に取った。

 脱衣所は広めに造られており、浴室の中からだと死角になる場所がある事をカノンは瞬時に察知し、そこに移動する。


「すうぅー! ふうぅ……」


 吸引を開始したカノン。

 嗅ぐ時は宛ら新品の掃除機の様な吸引力で匂いを吸い込み、その際に現れる幸福感や満足感の余韻に浸りながらゆっくりと息を吐く。

幾度も繰り返していくうちに身体は火照り、多幸感が押し寄せてくるが、脱衣所の外から足音が聞こえ静止する。


「!」


 カノンは低い位置ある洗濯カゴの前で膝を折り、丸くなるようにして背中を曲げて嗅いでいた。

 脱出しようとしたが、既に足音は脱衣所の前で止まり扉は開かれる。


「あら、カノンちゃんどうしたの?」


 扉の先にいたのは優華さんだった。

 驚いた顔をされたカノンはどう言い訳すれば良いか考えていると、キッチンからすき焼きのいい香りがする事に気づく。すると優華さんが再び口を開く。


「もうすぐ出来るからリビングにいらっしゃい」

「わ、わかりました」


 どうやら料理が完成するので声を掛けに来たようだ。

 気づかれぬよう衣服を洗濯カゴを戻すが、カノンはポケットに翔太の下着だけ突っ込み、リビングに向かう。


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