1-3.

 春日原に出鼻を挫かれた権藤刑事だったが、どうにか気を取り直して、取り調べを始める。

「お忙しいところ、捜査にご協力頂きありがとうございます。早速ですが、お名前とご職業を確認させて頂きます。そちらの男性から」

若い男は組んでいた足を解き、不愉快そうにぼそぼそと答えた。

「元村和喜です。浮草大学の、経済学部二年です」

少しパーマをかけた茶髪に、カジュアルなジャケットとクルーネックのシャツ、チノパンにスニーカーという、典型的な大学生スタイル。

「なるほど。今は、春休みですか」

「そうです……」

そして、一つ椅子を空けて座っていた女性に視線が移る。彼女はおどおどと、視線を泳がせながら口を開いた。

「辻木直美です……。仕事は、していません。主婦です……」

ウェーブのかかった黒髪をシュシュでまとめ、花柄のワンピースを来た三十代程の女性は、上から羽織ったショールの胸元をぎゅっと握りしめ、不安そうに答える。

「お姉さんは、店員さんですよね。昨日お会計をしてもらいました」

茶髪をきっちりとまとめた若い女性に視線が移るなり、春日原が口を挟んだ。

「あ、はい」

細身の体格に、シンプルなブラウスとカーディガン、スキニージーンズという、モニカで取り扱っている商品と似た趣味の服装。実際にモニカの商品なのかもしれない。

「確か、林さん」

「はい、林里子さとこです……」

一瞬会計をしただけの店員の、胸元のネームプレートに書かれた名前まで覚えていたのかと、他の面々も驚いた顔をする。

「……それで。春日原くん、あんた自身の職業は?」

権藤刑事が、咳払いして話題を戻す。どうにも、この二人は相性が悪いようだ。

「フリーターです。今は、便利屋で働いてます。ご存じないですか、柳川お悩み相談所っていう」

「ああ、知ってます! 時々、ロゴの入った車が走ってますよね」

飯島刑事が相づちを返す横で、俺はこれ以上彼に関わるまいと決めた。――柳川お悩み相談所は、俺の寝不足の原因を斡旋してくる悪友の勤め先だ。

「そうですそうです! 部屋の掃除とかペットシッターとか、単に飲みながら愚痴を聞いてほしいとか、何か人手が必要なことがあったら呼んでくださいね。これ名刺です。裏が割引券になってます」

「あらー、ご丁寧にどうも」

椅子から立ち上がり、名刺を渡す春日原。愛嬌のある笑顔に釣られて、ポップなロゴの入った名刺を受け取ってしまう飯島刑事。

「飯島! 営業されてんじゃねえ!」

「ひぁっ! すみません!」

怒鳴られて悲鳴を上げた飯島刑事を見て、春日原はころころと笑った。あの便利屋には、性格の悪い人間しか勤めていないのだろうか。

「ちなみに、そちらのお兄さんは?」

「え、ああ、歌ヶ江トキヲさんです。フリーライターさんだそうです」

突然こちらを向いた春日原の問いには、飯島刑事が代弁してくれた。

「何でもいいけど、用があるなら早くしてくれませんか。午後から、サークルの追いコンの準備があるんで」

大学生の元村が、苛立たしげに口を出した。

「わ、私も……。今日は子供の幼稚園が、お昼までなので……」

辻本も、気弱ながら追従した。それを言うなら俺だって、寝直すという立派な用事がある。

 剣呑な空気に戻りつつある中、口を開いたのは、またしても春日原だった。

「刑事さん、僕たちって、殺人事件の容疑者なんですよね。どういう基準で呼んだんですか?」

「事件があった時間の前後に、試着室に出入りした方をお呼びしました。防犯カメラに映っていたので」


 モニカのレジカウンターの頭上には、金銭のやりとりを映す目的で取り付けられている防犯カメラがあった。

 試着室は、カウンター脇からL字に曲がった通路を通り、カウンター後方の壁の真裏に来る形になっている。三つ並んだ個室それぞれへの出入りはわからないが、試着室へ向かう客の様子は、カメラの端に映るというわけだ。

「録画された映像によりますと、まず十二時四十三分に、春日原さんが試着室に入ったみたいです。……いつも、そんな目立つ色の服なんですか?」

容疑者たちの連絡先は、会員情報やクレジットカード情報から特定したそうだ。捜査に協力するのは市民の義務であるから、店を恨んでも仕方がない。

「はい。他にも水色とか黄色とか、明るい色の服が好きです」

春日原はにこやかに頷いた。きっと彼の部屋のクローゼットは、俺の部屋とは正反対の色合いなのだろう。

「被害者が試着室に入っていったのは、十二時四十五分。四十八分に歌ヶ江さんが入っていって、春日原さんが出てきたのが、五十分となってますね」

なるほど、被害者の直後に利用したから、権藤刑事は俺を一番に疑っていたのだ。

「その五分後、十二時五十二分に、歌ヶ江さんは出てきてます。ほぼ入れ替わりに辻木さんが入って、五十七分に元村さん。午後一時過ぎに、店員の林さんが一度試着室の様子を見に行って、元村さんと一緒に出てきてますね」

「サイズが合わなかったから外に出たら、ちょうど店員さんがいたんで、声を掛けて探してもらったんです」

元村が気怠そうに頷いた。続けて、林も口を開く。

「店のマニュアルで、三十分に一回程度、試着室の様子を見に行くように決まっておりますので……」

防犯カメラの死角になっていると、いたずらをされることも多いらしい。接客業は大変そうだ。

「で、一時九分に辻木さんが出てきた、と。時系列はこんな感じです」

すると、林が頷いて補足した。

「元村様はその後もう一度、試着室を利用されました。その時もずっと、試着室の前にお客様の靴が残っていたので、少しおかしいとは思ったのですが……」

「その時には、確認しなかった?」

権藤が、林に鋭い視線を送る。

「試着のついでにお化粧直しをされたり、携帯を確認したりして、長時間試着室をご利用なさるお客様もいらっしゃいますから……。元村様のお会計もございましたから、お声かけはせずに、レジに戻りました」

「カメラにも、そんな感じで映っています」

萎縮する林を、飯島刑事がフォローした。権藤刑事は、しかめっ面をやめてほしい。

「……あれ」

飯島刑事の報告の間は大人しくしていた春日原が、不意に声を上げた。

「今の話だと、僕と歌ヶ江さんが、特に怪しいってことになるじゃないですか」

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