1-2.

 外に車を止めているというので、二人にはそちらで待ってもらうことにした。

 風呂にも入らず寝てしまったため速やかにシャワーを済ませてから着替え、玄関のドアを開ける。寝不足の目に高く昇った朝日が染みる。


 俺の部屋がある二階から駐車場に向かうには、中央の階段を使うより外階段のほうが早い。降りていると話し声がした。


「ちゃんと実在する人間だったんですね。びっくりして心臓止まるかと思いましたよ」


 飯島刑事が他の容疑者の話をしているようだが、何やら酷い言われようだ。


「私情を挟むなよ」

「わかってます」


 あまり立ち聞きするのも悪いので、そろりと声をかけた。


「……あの」

「ほわッ!?」


 車の陰になっていた刑事たちからはこちらが見えなかったようで、飯島刑事が珍妙な悲鳴を上げて驚いた。


「……行くぞ」


 権藤刑事は呆れた顔をしている。


「っはい! 歌ヶ江さん、こちらへどうぞ!」


 飯島刑事に手ずからドアを開けられて、俺は頭を打たないように気をつけながら渋々白い普通車の後部座席に乗り込んだ。


 *****


 飯島刑事は速やかにドアを閉めると運転席に向かった。権藤刑事は俺の隣に座る。一応容疑者なので、逃げたりしないように見張るためだろう。


「歌ヶ江さん、事件のことまだご存知ないんでしたよね。少しお話ししておきましょうか」


 ミラー越しに飯島刑事が俺を見た。


「……お願いします」


 鏡の向こうの相手でも目が合うと怖い。そらすついでに頷いた。隣で権藤刑事は不満そうに腕を組んだ。


「通報があったのは、昨日の午後一時半頃です」


 飯島刑事は権藤刑事の態度には慣れているのか、ハンドルを握ったまますらすらと話し始めた。


「通報者であり第一発見者は、モニカの店員でした。試着室のひとつがずっと閉まったままなことを不審に思い、外から声を掛けたものの返事がなかったため、中を確認したところ、倒れている女性を発見したそうです」


 その頃なら俺はレストランで遅い昼食を取っていた。アリバイは証明できると思うのだが。


「その時には既に亡くなっていて、検死の結果、死因は首を絞められたことによる窒息死だそうです」


 あまり詳しく聞きたくない内容をすらすらと話していく。刑事というのはそんな話題に自ら首を突っ込みにいかねばならないのか。大変な仕事だ。


「防犯カメラの映像なども考慮すると、実際の死亡推定時刻は午後一時頃ということでした。持ち物の中に携帯電話が見当たらず、財布の中から紙幣が抜かれていたため、強盗の可能性もあります」

「一時頃……」


 それを聞いて、俺は何故容疑者として名前が挙がったのかようやく理解した。


「歌ヶ江さん、あんたもその頃、店内にいましたよね。試着室も利用した」


 権藤刑事の言うとおりだ。何しろ、ちょうど良いサイズが売っていることのほうが少ないので試着しないと服は買えない。


「被害者の名前は松田希美、二十八歳。市内に勤めている会社員です。……ご存知ありませんか」


 威嚇するような態度で詰め寄ってくる権藤刑事。わざわざ任意同行を求めるくらいだ、俺は容疑者の中でも有力候補になってしまっているらしい。


「いえ……」


 俺は萎縮しながら小さく首を振った。一方的に知られていることはよくあるものの、知り合いは多いほうではない。


「ですよねえ。歌ヶ江さんって、何のお仕事をしていらっしゃるんです?」


 一方の飯島刑事は、気さくで友好的に見える。俺の態度を見るための演技かもしれないけれど、今はそれでもありがたい。


「背が高いですし、変わった髪の色ですし、もしかしてファッションモデルさんとか」

「……在宅で、ライターをしています……」


 変わった色と言われた通り、俺の髪は少し青みがかった銀色をしている。誰にも信じてもらえないが地毛だ。ついでに言うと目の色も薄い。両親は共に黒髪なのに、俺だけ違う色をしているのが幼い頃からコンプレックスだった。


「ライターさんですか。どんなものを書かれるんです?」

「……特に、決まったジャンルはないです……。依頼主から、書けって言われたものなら、何でも……」


 主な仕事は雑誌やウェブページの説明文やら広告のコピーやら、名前の出ないものばかりだ。時には他人の名前で書くこともある。


「へえー、すごいですね。顔出しはされてないんですか」

「いえ……」


 普段あまり人と話さないせいで受け答えをするだけで既に疲れているものの、誰も喋らず重苦しい空気で連行されるよりはマシだと自分に言い聞かせた。


「おい、どうでもいいことまで聞くんじゃない。職権乱用だろうが」

「はぁーい」


 取り調べの一環かと思って正直に答えていたのに、どうやら違ったらしい。答えるんじゃなかった。


 *****


 初めて入る浮草警察署の中は少し市役所に似たつくりをしていた。身に覚えのないことを疑われているせいか、妙に空気が冷たく感じられる。

 階段を上り会議室のような場所に通されると、私服姿の人影が数人、椅子に掛けていた。女性が二人と男性が一人。強張った表情を見るに、俺と同じく容疑者として呼ばれた人々に間違いない。

 そして、


「おい、子どもまで連れてこいとは言ってないぞ」


 権藤刑事が彼らに付いていた警官に言う。


「それがその……」

「やだなァ、ちゃんと成人してますよォ」


 警官が事情を説明する前に緊張感なく笑って答えたのは、小柄な少年だった。


「あ、疑ってますね」


 もこもことした黒いくせ毛のショートカットに、とろんとした大きな垂れ目。派手な蛍光黄緑のジップアップパーカーと裾絞りの黒いハーフパンツ。足元は身体の割に大きい、真っ赤なスニーカー。――どう頑張っても中学生くらいにしか見えない。


「免許証見ます? モニカの会員情報にも登録されていると思いますけど」


 そう言ってさっさと尻ポケットから財布を取り出し、運転免許証を権藤刑事に差し出した。


春日原かすがばる六助ろくすけ二十歳はたちです」


 どことなく胡散臭さが漂う少年は、刑事が訊ねるよりも早く率先してそう答えた。

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