カグヤとサンベリーナ
これでお話はお終い。というところで、サンベリーナの元にスズメバチが飛び込んできました。
「ご報告いたします!【車】を目視いたしました。森の西側へ向けて走行中でございます」
それを聞いたサンベリーナは静かな声で命じました。
「蝶を牽いてきて」
一瞬だけいつもの自信たっぷりの笑みががどこかにいったような気がしました。
さて、その奇妙な車は森の中を観光するようにゆったりと走っていました。骨組はまさに骨でできていて、柔らかなクッションや錆びた銅像とともに美しい女の人を運んでいました。
「待ちなさい。カグヤ」
カグヤと呼ばれた美しいその人は、声の主を見上げます。
「あら、サンベリーナ。ごきげんよう」
蝶を引き連れたサンベリーナは空からカグヤを見下ろしたまま。
なので、カグヤは柔らかなクッションにゆるりと仰向けに寝そべります。
「そんなところにいないで、降りてきたらどうかしら」
「遠慮しておくわ。私、嫌いなのよね。酒臭いの」
「あらあら、久しぶりに会った姉に対してひどい態度ね。悲しいわ」
悲しさなど微塵も感じない態度は相変わらずでした。サンベリーナはそれがお酒の匂いよりも嫌いでした。しかし、カグヤの性格の悪さを知っていたサンベリーナは少しも余裕のある笑みを絶やしません。嫌いな相手が受ける屈辱は大好物なのです。
「それにしても、少し見ない間に見違えたわね。太陽に奪われた髪の色も、焼かれた肌も……よくお似合いよ。私なら耐えられないわ」
「そうねぇ。私はどうなっても美しいけれど、貴女じゃこうはいかないでしょうしね」
「それに老けたんじゃない? 時の流れは残酷ね」
「若さしか取り柄のないことを誇るのはやめたほうがいいわよ」
悪口は延々と続きました。それの終わりを告げたのは、真っ赤に変わった空でした。
「あらいけないわ。もうこんな時間」
すぐそこに、夜が迫ります。
「あぁ。ここで兵士を使って足止めすれば、カグヤを止められるかもしれません」
艶やかなカグヤの唇が、からかうように甘い言葉を紡ぎます。
サンベリーナは肩を竦めて笑いました。
「しないわよ。早く出て行って」
一蹴したサンベリーナにカグヤは悪戯っぽく眼を細めると、車を走らせました。先ほどとは比べものにならない速さで世界の【昼間】へと駆けていきます。
サンベリーナはよくわかっていました。今の力では、誰もカグヤを止められないと。
だから軽口を痛がりもしない相手にぶつけることしかできません。
カグヤの隣にいた王子の銅像を思い出し、サンベリーナは少しだけ目を伏せましたが、すぐにキッと前を向くと蝶の手綱を強く引きましたとさ。
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