サンベリーナ

アルトコロの南の森【ガーデニア】に小さな女王さまがいました。

親指ほどの大きさしかない彼女の名前はサンベリーナ。今日も働き者の虫達が彼女に恭しく礼をします。


ある日、不敬な歌を唱う賊が捕えられました。


玉座の前でスズメバチの兵士に組み伏されたキリギリスは、悔しそうに女王サンベリーナを睨みつけます。

「悪逆非道の暴君め。民をこき使い、それどころか森中の食糧を溜め込む。そんな暴挙を私は許しはしない!」

彼は叫びます。せっせと荷物を運ぶ蟻にも聴こえるような大きな声でした。

「哀れな奴隷どもよ!私の歌を聴き眼を覚ますのだ!」

大声を放ったキリギリスの口を塞ごうとしたスズメバチをサンベリーナは片手で制止します。

キリギリスの声は、それはそれは素晴らしい声でした。紡がれる歌は虫を奴隷のように扱い食糧を独占する横暴な女王に従うな……そんな内容です。

しかし、何かがおかしいのです。

聴く者全員が首を傾げ、サンベリーナはクスリと笑います。そして、歌が終わると笑い転げてしまいました。

「なんて滑稽なの? なんてヘンテコな歌なの? あははは」

サンベリーナはひとしきり笑うと、怪訝な面持ちのキリギリスへゆったりと歩み寄りました。

「あんたの考えは見えみえよ。私が憎いんじゃない。ご飯が欲しいだけじゃないの」

そうなのです。歌は声と詩と心を揃えさせることが大切なのに、キリギリスの歌はそれらが揃っていないちぐはぐなものでした。キリギリスの本心と歌われた歌詞が違うとなれば、納得です。

図星を突かれたキリギリスは歯をギリギリと噛み締めました。ぐうの音は、お腹からしか出てきません。

「私は働き者と素直な子は嫌いじゃないの。それと、あんたの声もね」

サンベリーナは美味しそうな蜜の入った小瓶をちらつかせて、

「あんたにも仕事をあげる。これからは私のために歌うと誓いなさい。そうすればこの蜜を分けてあげるわ」

【提案】をしました。

時間はすこしかかりました。理性が止めようとしてもキリギリスの手はゆっくりゆっくりと、小瓶を掴んでしまいました。

「良い子ね」

愛らしい顔に浮かぶ満足気な笑みは、かつて5つの国を滅ぼした女にそっくりでしたとさ。

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