人魚姫
アルトコロの東の国【オニガシマ】を囲む海の中に退屈で退屈で死にそうな女の子がいました。
ゆったりとした暖かい波に揺られ、サンゴにもたれると人魚のシレーナは欠伸をひとつしました。
海の中には何もないのです。カラフルな魚達もみんな見知った顔。揺らぐ海藻には風情も感じません。いつもと同じ、いつもと変わらぬ日。
姉達が唄う世界はあんなにも刺激に溢れているのに、私のいる海には何もない。そんなことばかり考えてはシレーナは夢を見てすごしました。
きっと王子さまがやってきて私を好きだと言い出すわ。
その王子さまはきっと凛々しい顔つきで、そうね、長い髪をまとめているはずよ。そして、きっと【オニガシマ】にいるような卑しい女には目もくれずに私の目を見て綺麗だねというのよ。あ、でも待って。優しい彼はきっと可哀想だと言って彼女達にも優しく振る舞うかもね。
あとはそうね、強くて自信に満ち溢れたところも魅力的なの。長い刀でバッサバッサと敵に斬りかかるのよ。もちろん私を狙う賊どもにね。
妄想は加速していきます。
そして夜には浜辺に寝そべって私の髪を触りながらこの癖毛の二股のヒレを褒めてくれるわ。姉さま達はみっともないから一つにまとめなさいというけれどきっと王子さまはそんなことは言わないわ。そして、そのあとはそっと私の肩に手を回して----
愛の佳境に入るところでシレーナは水面を横切る一隻の小舟に気づきました。蓬莱の玉の枝がなくなってから海の往来はとんとなくなりました。潔癖症にちかいほど意識の高い人魚達には船の影は蝿がちらつくのと一緒なのです。
シレーナも少しムッとして水面へと顔を出しました。
「やぁ!人魚のお嬢さん、こんにちは!」
明るい日差しを背負った彼は開口一番ハキハキとした挨拶をしました。
シレーナの目が眩んだ理由は、暗い海からいきなり顔を上げたからだけではなかったでしょう。シレーナは一瞬太陽がふたつあると錯覚しました。
そのくらい男の人は輝いて見えたのです。
黒い髪を後ろで結い上げ、陣羽織を纏い、腰に下げた太刀はサムライのそれでした。
「俺はモモタロウ!これから【オニガシマ】へ向かう途中なんだけど、まさかこんな可愛らしい人魚姫に会えるなんて思わなかったよ」
日本一と書かれたハチマキを巻いたモモタロウは白い歯を見せて微笑みました。
「あの、わ、私は、シレーナです」
「あぁ!なんて美しい名前なんだ、シレーナ!君さえ良ければ俺と一緒に【オニガシマ】へ渡ってくれないかい?」
彼は水面に揺蕩うシレーナの髪を一房すくい上げるとキスをしました。
シレーナはもうメロメロです。だって思い描いていた通りの素敵な王子様と出会えたのですから。
さて、二人はこれからさらにお互いを知っていくことになります。
例えば、モモタロウが【オニガシマ】に渡る理由が女漁りだということだとか、海を安全に渡るには手頃に堕とせる人魚が必要だったことだとか……
そして最後に、シレーナがとても嫉妬深くモモタロウを愛してしまったことに彼は【オニガシマ】に着いてから気づきましたとさ。
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