ものぐさ部三周年
三谷一葉
今度の日曜日はお祝いだ!
「ねえねえ、今度の日曜日にさ、お祝いしようよ」
終業式が終わり、明日から春休みだと皆が浮かれている頃。
「お祝い? 何の?」
そんな二人の様子を見て、姫野は頬を膨らませた。
「しおりんもみぃちゃんも酷いなあ。忘れちゃったの? 今度の日曜日は、我がものぐさ部の三周年記念日じゃない」
「あれ、そうだっけ」
「そうだよー。三周年だよ? 三年続いたんだよ? お祝いしなきゃー」
「お祝いするのは良いけど、何するの?」
「…………。あたしんちでお菓子持ち寄ってお菓子パーティー」
「いつもと同じだねえ」
「良いの! 三周年カンパーイってやるのが大事なの!」
姫野と山田のやり取りを、坂口がにこにこと見守っている。
山田と坂口も、三周年をお祝いするのに異論は無いのだ。やってることはいつもと変わらなくても、三周年を祝うことが大切なのだ。
色々話し合った結果、今度の日曜日に、それぞれイチオシのお菓子を持ち寄ってものぐさ部の三周年を祝うことになった。場所は近所の公園。天気予報で今度の日曜日は晴れだし、どうせならお花見も一緒にしようということになった。
「今度の日曜日、十一時集合! ものぐさ部三周年のお祝い、ぱーっとやろうね!」
姫野が高らかに宣言する。
三人の女子中学生は、実に楽しそうに笑っていた。
姫野、山田、坂口の三人がものぐさ部を結成したのは、今からちょうど三年前。
三人がまだ小学生だった頃のことである。
塾の春期講習で、三人は自分と同じような悩みを抱えている少女がいることを知った。
名簿を見た時の、講師の口元が引きつったこと。一応聞こえないように声を落としているつもりだろうが、しっかりと耳に入ってくる軽蔑しきったヒソヒソ話。そして、それに気付いているのに気付かない振りをしている自分以外の二人のこと。
「フツー姫とか名前につける?」「ペットかよ。ペットでもねーよ」「しげこっておばあちゃんみたい」「あ、これシワシワネームってやつ?」「あの子女の子だよね、どう見ても」「時代劇にでも出るの?」
いつものことだった。怒っても抗議しても、全て薄ら笑いで流される。だって本当のことじゃん、と返されたら何も言い返せないのだ。当の本人だって、同じことを思っているんだから。
大人たちは形だけは何とか諌めようとしてくれる。だけどその顔は、いつも引きつっている。本心は三人を嘲笑った子供たちと同じなのだと丸わかりだった。
その日のうちに三人は意気投合して、ものぐさ部を結成した。
命名は姫野だ。何かと面倒なことにまきこまれやすいからというのが由来らしい。
ものぐさ部の活動は主に二つ。三人で集まってのんびり過ごすことと、それぞれが呼んで欲しい名前で呼び合うことだ。
姫野ティアラ姫は、少女趣味で夢見がちな母と、仕事一筋で硬派は父の間に産まれた。命名は母だ。ティアラ姫の後にも二人子供がいて、それぞれココア
ティアラ姫本人は、少女趣味の母親と真反対の陸上少女だ。スカートよりもズボンを好み、家に篭るよりは外で走りたいと思う。
姫野ティアラ姫という名前で記録を残したくないから、姫野は陸上の大会には出ない。いつか胸を張って
厳格な祖父により、父の最初の子供の名前は何が何でも文三郎だと決められていた。ところが、産まれたのは娘だった。それなら文の字を使って、「あや」なり「ふみ」なり女の子らしい名前にすれば良かったのだが、坂口家では祖父の決定は絶対だった。最初の子は何が何でも文三郎でなければならないのである。
文三郎が産まれた五年後に弟が誕生するが、歳を重ねて丸くなった祖父は、そちらは息子夫婦の好きなようにすれば良いと言った。文三郎の弟は
文三郎本人は、小柄で華奢で実に少女らしい少女である。絵本と甘いお菓子を好み、フリルやリボンをこよなく愛する。無口で物静かな少女だが、歌うことは大好きなのだと、姫野と山田の二人は知っている。
いつか
だが、そんなものは全て後付けで、単に当時の流行に逆らいたかっただけだろうと重子は睨んでいる。ティアラ姫とまでいかなくとも、重子の周りには
重子は無気力な少女だ。両親によって流行りものは全て禁止されているため、そのうち何かに興味を持つこと自体を忘れてしまった。唯一許された活字の本に夢中になり、いつかは小説家になりたいと夢見ている。
姫野と坂口には口が裂けても言うまいと決めていることがひとつある。この先、ものぐさ部が何年続いたところで、
ものぐさ部を結成した後、重子は改名するために何が必要なのかを調べてみた。
改名をするためには「正当な理由」が必要なのだという。奇妙な名前だったり、異性と紛らわしい名前だったり、難しくて正確に読んでもらえない場合などは、改名が認められている。
ティアラ姫が普通の名前になりたいと思うのは当たり前だし、文三郎はそもそも男の名前だ。二人が改名をしたいと願うなら、きっと認めて貰えると思う。
だが、重子はどうだろうか。
ただのワガママだと、切り捨てられるんじゃないだろうか。
姫野と坂口は、十五歳になったら改名の申請をするつもりでいる。だが、重子はやらない。多分通らないだろうと、諦めているからだ。
小説家なら、好きな名前を名乗れるからだ。
「ものぐさ部、三周年カンパーイ!」
「カンパーイ!」
日曜日。
近くの公園に集まった三人は、桜の木の下にビニールシートを敷いて、その上で小さな宴会を開いていた。それぞれ持ち寄ってきたお菓子を広げて、姫野の音頭で缶ジュースで乾杯する。普段滅多に声を出さない坂口も、この時ばかりは小声で参加していた。
「いやあ、三周年ですよ三周年。どうですかしおりんさん、三周年のご感想は?」
「まずは言い出しっぺからどうぞ」
「そりゃあもう感無量っすよ! 最高! 超楽しい!」
「け、圭ちゃん…………栞ちゃんと、た、楽しいね」
「さっすがみぃちゃんわかってるぅ。で? しおりんのご感想は?」
「…………外も、悪くないね」
「そうだよねー、うん。たまには外にも行かないとねー」
「さ、桜、咲いてるから…………晴れたし、よ、良かったよね」
姫野は実に楽しそうに笑っている。いつも無口な坂口は、頬を上気させ、一生懸命何かを喋ろうと頑張っている。それを見て、山田の頬もゆっくりと緩んでいく。
「来年もさ…………四周年のお祝い、しないとね」
「わあ、しおりん良いこと言うー!」
「さ、さんせいー」
名前を決めて、三周年。
友達になって、三周年。
今日は記念すべき日だ。
ものぐさ部三周年 三谷一葉 @iciyo
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