第3章(6)
映画も終わり、「面白かったねー」などと言う声が交わされるなか、私は劇場内を出た。
さて、これからどうしよう。まだ帰るには早い時間だし……。
とりあえず映画館を出て、駅のコンコースに出る。
そしてこれからの予定を考えているときだった。
持っていたスマホが震え始めた。
「え?」
画面を見ると、そこには彼の名前が書かれていた。
……何だろう。
そんな少しマイナスな気持ちを抱きつつ、私は電話に出た。
「……もしもし」
「もしもし、栞? ……俺、侑真」
「何? どうかした?」
「いや……元気してるかなーって」
どこかお互いぎこちなくなる声。その声色一つでさえ、私達の距離感が離れてしまったことを嫌でも思わされる。
「……うん、元気だよ。侑真は?」
「俺も、まあ、ボチボチってところかな」
何か言いたいことがあって電話を掛けてきたはず。こんな世間話が目的なわけがない。
何か、嫌な予感がした。
「大学はどう?」
「……単位は取れているし、友達も相変わらず」
「そっか、まあ、栞は高校のときから勉強はする子だったもんな、そりゃそーか、そうだよな」
ハハハと、乾いた笑い声が、電話口から聞こえてくる。
「…………」
「…………」
そしてすぐ訪れる沈黙。これが直接顔を合わせているならまあわからなくもないものだけど。
電話でこうなるってことは、もう相当心の距離が開いているってことで。
きっと同じことを彼も思ったんだろう。
「……なあ、俺達……別れないか?」
予想していた言葉が、彼の口から紡がれた。
そう言ったことでまたお互い黙ってしまうのを恐れるかのように、彼は言葉をまくしたてる。
「このまま付き合っていても、お互い辛い思いするだけだし、なんか、距離できちゃったし……」
スマホを持つ手が震えているのを感じた。
「それに、もう高校生のときのような気持ちが持てないって言うか……」
「私が横浜にいても、そうなった?」
震える声で、彼に問いかける。
「え? ……ど、どうだろう……」
「いや、いいんだ」
遠距離になると、やっぱりどうしてもそうなるのかな。
なんてことを思ったりした。
「……他に好きな子でもできた?」
「っ……」
「いいよいいよ。……仕方ないよ」
暗い声にならないよう、気を付けて言った。でも、逆にそれが彼に刺さってしまったようだ。
「それに、私と違って、その子となら、手繋いだり、キスしたり、それ以上のこともできるもんね」
そして、同じ声色で私は彼にとどめを刺した。
「べっ、別にそういうわけじゃ……」
「いいよ。理由がそれなら、むしろその方がスッキリ終われるから。そうならそうって言って」
「……他に、好きな子ができたんだ。もう、栞とは、付き合えない……」
苦々しい声で、彼はそう言ってくれた。
「うん……ありがとう」
瞳の奥から何か熱いものがこみ上げそうになる。私は必死にそれを抑えようとした。人目につく場所っていうのもあったし、私の方も彼から気持ちが離れていたのに泣くなんて都合が良すぎるって思ったから。
「……じゃあね、元気でね」
そして、電話は切れた。
どこかぽっかりと心に穴が開いたような気がした。
別れ話を切り出されてから、買い物をする気にもなれず、私は家の近くをぶらぶらとさまよい続けていた。
悲しいは悲しい。
でも、物理的な距離が開くだけで、こうも心の距離も開いてしまうんだなあって、実感していた。
でもまあ、そうだよね、と。
さっきも言った通り、近くにいればいつでも何でもできる。それこそ、何だってできる。
でも、遠距離ってだけでそのできることほとんどができなくなる。それがどれだけ重たいことか。
高校生だった私達はそのことを考えていなかったんだ。いや、目をそらしていたんだ。
「あーあ……終わっちゃったな……」
別に今でも彼のことは嫌いではない。でも、彼が他に好きな人ができたって言うなら身を引こうって思うくらいの感情しか持ち合わせていなかった。
つまり、距離によって冷めたのは私も同じわけで。
だから、彼をどうこう言うつもりも思うつもりもない。
きっと所詮恋なんて、そんなものなんだ。
あてもなく歩き続けていると、陽が沈み始めた。この気分でご飯を作る気にもなれないから、どこかお店に入って夕食を取ろうかなと思い、私は一つ隣の駅前通りにある飲食店街へ向かった。
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