第12話 第二継嗣、雅守


「いやいや、父上も兄上も元気そうで何より。雅守まさもり――只今、帰参」

 近侍に続いて入室してきたのは第二継嗣、雅守だった。長兄の是正に勝るとも劣らない体格――特徴的な垂目がふてぶてしい印象を与える。

 領主、弦正げんじょうは片手を上げて、第二継嗣の言葉を受けた。それは雅真が見る限り、この会議が始まってから初めての能動的行為に見えた。

「報せの早馬はなかったぞ、雅守」

 第一継嗣、是正これただは不快だという態度を崩さない。

「某が早馬ですよ、兄上」

 どういうことだ――長兄は表情で次兄に説明を促す。

「なに、古鐘より感状を頂戴仕ったのです。――急ぎ、父上へ届けて欲しいと」

 第二継嗣雅守は懐中に仕舞っていた書状を取り出すと、父の隣に跪いて差し出した。

「古鐘の太守、厳威公より預かって参りました」

 それから謝礼金も預かっていますと付け加えて指を鳴らす。再び執務室の扉が開かれ、近侍が仰々しい態度で献上品を運んでくる。

「古鐘からの謝礼です。目録は感状に記載されているとのこと――」

 領主執事の中ノ内が父から書状を預かり、読み上げを始めた。

「感状――和令十四年、古鐘赤堤の賊、賀森の古城に寄って叛く時、鷹乃弦正公が第三継嗣に功あり。鷹乃雅真若輩なれど勇を好みて勢強し。人攫の謀事を知り、我子瑠璃と合力して是を討つ。賊多勢なれど少しも騒動せず見事果たしける。此の功に依りて以下を寄贈す。ひとつ、砂金すながね壱貫。ひとつ、短刀藍染鋭波あいぞめえいは……古鐘楼毘守巌威ふるかね ろうびのかみ げんい、之を記す……」

 沈黙――だがそれまでの沈黙とは意味が違っていた。

「砂金一貫とは剛毅ですな。――いやいや、古鐘ほどの大領であれば当然といったところか。それにしても――」

 第二継嗣は献上品の短刀を手に取った。

「藍染鋭波……。音に聞こえし業物……。良かったな、雅真」

 第二継嗣は短刀をうっとりと眺めた。

「……我が物と喜ぶには時期尚早かと考えます」

「あぁ、そうか、そうだな。――父上、兄上。雅真は見事に鷹乃の名を高めたと思います。何卒、寛容な裁決を――」

 そう言って雅守は笑みを浮かべた。

 雅真は視線を伏せた。第一継嗣と視線を合わせて挑発したと思われたくない。それに家臣たちを見るつもりもない。彼等は自分を助けようとはしなかった。それは本人たちが自覚しているだろうし、だからといって恨んでいるのではないかとも思われたくなかった。

 長兄はどのような裁決を見せるのだろうか――事実上、自分への糾弾は消えた。大領古鐘は己の恥を晒すことで、その誠実さを天下に示した。第三継嗣を処罰することは、その裁定に唾する行為であり、格下の鷹乃としてはできるはずがない。

 であれば第一継嗣が、この件をどう修めるのか――注目はそこに移っていた。

 第一継嗣の視線を感じる――怨念めいた圧力。昔、長兄と剣術の修行をした際にも時折感じさせられていたものだ。

 果たして兄は古鐘の意向を蹴ってでも、自分を断罪するのだろうか――そこまで自分は嫌われているのだろうか。沈黙の時間が痛い。

「此度の仕業、見事なり……」

 父の声だった。従臣たちに安堵の空気が広がった。

 更に数秒の間を置いてから、兄が立ち上がった。

「決を言い渡す。――雅真よ、当面の間、公会議への参加は認めぬ。――だが、警邏隊の活動は許す。己の職責を全うせよ」

 父上、よろしいですねと是正が尋ねると弦正はゆっくりと頷いた。

「では、只今より執行する。――疾く去ね、雅真」

「――承りました」

 立ち上がり、深々と一礼して立ち上がる。反論するつもりはなかった。

「褒美を持っていけよ。――おまえさんの物だ」

 次兄の声に頷いて、中ノ内から砂金の入った革袋と短刀を受け取ると、何かを言われる前に廊下へ出た。

 期せずして、兄を追い詰める事となった――これが今後の関係にどのような影響をもたらすかと考えると気が重くなってきた。












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