彼女が笑っている明日 第十話


「結乃っ!」


 僕は結乃から貰っている合鍵を使い、結乃の家に入る。

 マンションの一室である結乃の部屋に入ると、結乃の性格とは違く、甘い匂いがした。


 そして僕がこんな朝早くから来たことに彼女は驚いたのか、トイレのドアを半分だけ開けながら、頭だけを出しながら、こっちを見ている。

 どうやら朝のトイレをしていたようだ。


「え、椴松さん!? なんでこんな……」


 結乃の質問には答えず、結乃の手を取り、トイレから引っ張り出す。

 「え」と間の抜けた彼女の声が聞こえてくる。


 僕はそのままリビングまで引っ張っていき、結乃の猫が描かれている薄手のTシャツを脱がす。

 パンツを降ろしながらトイレをしていたのか……っていや当たり前か……まあとにかく下も全部脱がす。

 遠回しな言い方をせず言うと、全裸にする。


「いや! ちょっと椴松さ……ん……な、何して……まだトイレをした後……拭いてないのですがあ……!」


 と結乃は驚き過ぎて、恥ずかし過ぎて、顔が真っ赤になっているが、またまた僕はそれを無視して、結乃の局部から垂れている水分を丁寧に拭き取る。

 そして胸元にはスポブラを着ける。


「なんでブラとかの付け方そんなに完璧なんです!?」


 そしてワイシャツと黒のワンピースを着させて……これで準備完了だ。

 僕は結乃の口に食パンを突っ込ませて、結乃をお姫様抱っこをした。


「さあ、結乃行くぞ!!」


 口に食パンを突っ込まれた頃に結乃は完全に倫理観とか猜疑心さいぎしん、困惑、戸惑い、羞恥心を諦めた、捨てたらしく、無反応に──死んだの目になってしまった。


 結乃をおぶって目的地に向かう。

 走りながら僕は結乃に状況説明をし始めた。


「結乃、今の状況を説明していいか?」


「全裸にされ、アソコを拭かれて、ブラと服を着されて、口にパンを突っ込まれるこの状況の意味をですか? どうぞどうぞ。説明出来るものなら、説明してみてください」


「今から話すことは『ひそひそ話』から聞いたんだけど、実は十瀬文中学校とおせぶんちゅうがっこうの三年生の生徒十五名が今朝居なくなっていたらしい──失踪だ。恐らく夜中のうちに、何かがあったと思うんだが……実はその十五人の中には望々がいるんだ」


 結乃はパンを飲み込む。


「そしてこの事件の、失踪事件の犯人は──望々・・だと僕は思っている。それと最後に、師匠からの伝言もある……それは『十瀬文中学校の体育館に皆がいる』……だとさ」



 ── ──



 今朝コードネーム「ひそひそ話」から言われたこと……いや口からでは無い、彼女の能力からだ。


 ねえねえ耳貸して、みたいな言い回しの言葉──。


「ねえねえ頭貸して」


 ひそひそ話の能力──それは彼女の頭と他者の頭をくっつけている間、彼女の「記憶」を伝えられるというものである。


 以前にこの能力で問題が起きたことがあるらしいが、それは結乃が解決したらしい。


 彼女の能力によって僕に伝えられた記憶ものとは、「十瀬文中学校」「行方不明」「十五名」「中学三年生」「唄坂 望々」「『十瀬文中学校の体育館に皆がいる』という師匠からの伝言」だった。


 それを纏めて、端的に僕は結乃に伝えた。


 これが僕が結乃を無理矢理連れて、走っている理由である。


 ── ──



「成程ですね……」


「ああそういう訳だ。そしてもうお察しだと思うが、僕達は今現在、十瀬文中学校の体育館に向かっている」


「だからさっきはあんなに耽溺たんできしていたんですね……」


「さっきのことは今日の夜ご飯作ってあげる代ってことで勘弁してくれないか?」


「はい、仕方ないですね……それで我慢……いいえ」


 結乃は僕にお姫様抱っこされながら頷く。

 更に強く僕に抱き着いてくる──首元に腕を回して。

 そして耳元で囁いてくる。


「それがいいです」


「おう、最高に美味い飯作ってやっからな!」


 というか──と結乃。


「その身体に書かれている呪術の文字式──確か昨日洗い落としてましたよね?」


「ああ気付いたか。そうだな。だけど昨日望々と電話をして、僕はあることを思ったんだ。これは何か起こるな……と。だから昨日師匠の所に言って、もう一度書いてもらったんだよ」


 望々に言った「たった今、用事が出来た」ってのはそういうことだ、と僕は一人で勝手に昨日の夜の出来事を思い出す。


 夏休み最終日、夏の終わり。

 僕達は幸せだったり、苦しみだったり、沢山の思い出が詰まっている母校へ向かっている。


 結乃をお姫様抱っこしながら走り始めて二十分ぐらいだった時、十瀬文中学校の校門に辿り着く。

 とりあえず僕は結乃のことを降ろす。


 目の前にあるボロい校門は何の変哲もなく存在していて、ただ今日は閉まっていなく、人二人分が通れるぐらいのスペースだけ開いていた。

 しかしそれには特筆するような不気味さ等は一切無い。

 言ってしまえば普通。


 そしてそこには一人の少女がいた。

 壁に寄りかかりながら、スマホを弄っている。

 昨日、僕とRINEの友達になってくれたその少女は、昨日と同じフード付きコートを着ている──コードネーム『戯言』さんだ。

 校門なんかより彼女の方が五倍不気味だ。


 昨日、師匠の家に行ったら偶然居たから、事のあらましを伝えて、今日、協力してもらうことにしていたのだ。


「お待たせしました。戯言さん」


「遅過ぎていつもの戯言かと思っていたよ。最低で戯言しか言えない椴松 竜二──君はよく事件に巻き込まれるらしいね。いいや君が他人を巻き込んでいるとも言えるのかな? まあいいや。とりあえず今日は僕は君に従うよ。えっちな命令には従えないかもだけど、ね」


 そう言って戯言さんは舌を出して笑ってくる。

 嘲笑ってくる。

 僕は言葉を返す。

 真顔で。


「もしかしてそのえっちな命令には従えないってのは戯言ですか?」


「そんな訳ないだろ。馬鹿。戯言変態。いいから行くよ」


 戯言さんは僕の手を取り、校門を通って行く。

 

 *


 校舎も一応一通り見ておこうかとも思ったが、僕達は兎にも角にも師匠の伝言に従おう──となり、体育館の入り口の目の前に来ていた。


 僕は一度他の二人と視線を合わして、そして頷いてから、その金属板の様な扉に手を伸ばす。


 多少の迷い──。


 けどこんなんじゃ進めないと思い、僕は十瀬文中学校の体育館の扉を勢いよく開いた。


 開かれた扉から体育館の中の光景が一気に目の中に入ってくる。


「んだ……これ……」


 その光景は異様だった。

 いや異質とでも言うべきなのかもな。


 分からないが、訳も分からない状況なことは間違いがなかった。

 間違いようがなかった。


 その光景とは望々がステージの上にで突っ立っていて、他の十四名の女の子達がステージの下の所で、両腕を広げて「クルクルと……クルクルと……クルクルと……クルクルと……」無限に回り続けるのではないかと思うほどに、一定のリズムで回り続けているのだ。


 他の女の子達の表情は無表情なんて言葉は似合わない──まるで無機質な「物」だ。

 生き物が出来る表情ではない。


 淡々とクルクルと回り続ける女の子達。

 ステージの上でただ一人、無表情な望々。


 こんな……こんな状況、訳が分かるわけ……ないだろ。


 僕は後ろに一歩下がろうと思い、足を動かしたが、戯言さんが「あれはまずいな」と呟きながら、化け物じみた力で思いっきり前に押してきたため、体育館の中央まで飛んでしまった。


 しかし、戯言さんのその行動のおかげで、僕は逃げないで、今の現状に立ち向かう勇気が生まれた。


「おい望々!! お前の可愛い笑顔はどこ行ったんだ……!」


 僕が立ち上がりながら、そう叫ぶと他女の子達が全員こっちを向いてきた。

 こっちというか、僕の瞳を睨んでいるような……。

 キレてるのか?

 いやわからないけど。

 キレてはいるかもしれないが、所詮無機質だから。

 全員。


 そして望々は口を開く。

 小さく口を開いただけだが、彼女の声はしっかりと僕の耳に入ってきた。


「椴松先輩、私を殺してください」


「は?」


「はは〜さてはそのクルクルクルクルと……気味の悪いダンスを踊っているのは人質ってことだね」


 悪趣味だね──と戯言さん。


 結乃と戯言さんは靴音を立てながら、僕の隣に来た……が、その二人の表情はやばかった。

 やばい、というか震えている。

 怯えているような感じで、全身ガクガクとまるでスマホみたいに振動している……。


 それ程に望々は尋常ではないオーラを放っているのか……?

 僕にはそれが見えない、感じ取れない。

 分からないけど……二人には……分かるのだろう。


 そしてそれを感じ取れている二人は、怖くても、恐ろしくても、戦々恐々せんせんきょうきょうだとしても立ち向かっているのか──つまり僕が逃げるなんて論外という訳だな。


 そして僕は問う。

 望々に。


「望々それはどういう意味だ?」


 僕は聞きながら、望々の所に駆け出そうとする。

 一秒でも速く望々の所に行きたいからだ。

 しかし──。


「来ちゃダメええええええええええええ!!!!」


 ──望々の叫び声。

 黒板を爪で引っ掻くような引きった泣き声。

 僕は望々の叫び声に驚き、一旦進む足を止めてしまう。


「駄目です……椴松先輩。私は……私が……。──もし来たらその人が言ってた通りに、人質を殺っちゃいますよ……!」


「何が駄目なんだ、望々。僕にはお前が駄目な理由なんて分からないぞ。戯言ばかりで役に立たない、てんで使えない僕なんかとは大違いじゃないか」


「違うんです、そうじゃないのです。私は生きているのがツラいのです。中学校の生活が終わってもそう! 後半年間耐えてもきっとそう! 高校生になってもそう! 誰かは私を虐め、私は己を傷付ける。自分自身の心を痛めつける──そうなるのは明白なんです……明白なんですよ! だから私はここにいる。皆より上にいる。私は悪魔に魂を売ることで、自分を楽にするしかないのです……そして皆の目の前で、皆と共に死にます。踊りまくって、踊り散って、踊り死んで、踊り腐るのです。『踊りの悪魔──ダンスナイト』が私にそうする力をくれます!」


「そ、そんなの……」


「それ以上こっちに来たら、私を虐めてた人達を殺してしまいますから……椴松先輩は皆が皆幸せになって欲しい──そんな人ですよね? だから来れないですよね……?」


 彼女は泣きながら笑った。

 微笑んだ。


 僕の額からは汗が落ちる。

 背中なんて脂汗まみれだよ。

 畜生。


 悪魔くんちゃんさん……いいやダンスナイト!

 あいつは後でお説教だ!


 しかし。

 どうすればいい……どうすれば……いいんだ!

 分からない。

 一切アイディアが、合切希望が無い。

 望々を止められる手段が無い。


 この様子では結乃や戯言さんも僕と同じで、どうしようもなくなっているはずだ。

 僕は後ろをチラッと振り返る。

 そして驚いた。


 戯言さんはもう既に攻撃準備を開始していた。

 先手必勝とかいうやつか?

 長さ五メートル程もある巨大な氷の結晶を造り出し、先端を尖らせ、望々に向かって投げようとしていた。


 夏なのに嫌にひんやりとしている冷たい風が僕らを包む。


 僕は隣で悔しそうな表情で立っている結乃を見つめる。

 なあ……結乃、僕はどうしたら……。

 ──そしてその時、僕は思い出す。


『取り留めのない明日が来てくれることが私の目標です』


 結乃の目標を……思い出す。


 取り留めのない明日?

 あぁそうか。

 取り留めのない明日な。

 結乃。

 そういえばお前は普通が欲しいんだもんな。

 普遍的な毎日を望んでいるんだもんな。


 何事も無く、ただいつも通りの幸せな毎日──か……なあ結乃。


 どうしたいかじゃない、どうなりたいか、が重要だって言ってくれたよな。

 結乃。


 今謝るよ。

 あの時は、嘘言ってごめん。

 望々ではないんだ……なってほしいのは。


 僕は──僕が望々の取り留めのない明日を共に作る、そんな希望になりたいんだ!

 望々が希望的観測で明日を見れるような日々を作りたいんだっ!


 僕は走り始めた。


 望々にではない。

 氷の結晶に向かってだ。

 あの巨大な結晶を斬る実力は僕なんかにはない……じゃあどうするかって?


 命を賭けて、望々を守るんだ。

 つまり身体を捨てるんだ!

 身を粉にするのだ。


「ごめん、椴松。彼女の希望通り彼女を殺すよ──ほうむってやる」


 戯言さんは望々に向けて、氷の結晶を放った。

 回転しながら、氷の結晶は望々に直進していく。


 僕は腹の底から気合を叫んだ。

 腰に付けていた剣を鞘ごと投げ捨てながら。


「望々っ! 見てろよ! これがモテなくて、キモイ先輩の勇姿だ!」


「せ、先輩!? ま、まさか……」


「そのまさかだよ!」


 僕は氷の結晶に向かって飛躍した──その瞬間、僕の身体に五メートルの大きさの氷の結晶が突き刺さり、僕のお腹を貫いた。


 貫かれた時、僕が馬鹿なことを仕出かしていた事に気付いたのか、戯言さんは氷の結晶を消してくれた。


 しかし勢いは止まることなく、僕はステージの壁に激突するし、凄まじい量の血が噴出して、ステージを真っ赤に染め上げてしまう。


「あ……あ……痛い……痛……たあ……!!! ああああああああぁぁぁ………!」


 クソが!! ──と僕は言って、壁にもたれながら、なんとかして立ち上がる。

 ここで気絶したら、まだこの物語は終わらないんだ──と自分を鼓舞する。


「先輩!」


 と泣いた声で僕の名前を呼んでくれる望々が近付いてきた。


 彼女が近付いてきたため、僕は彼女を抱き寄せて、強く抱き締める。

 そして僕はそこで力尽きて、床に倒れてしまう。

 望々も一緒にだ。

 僕達は血で濡れてしまう。


 彼女は「ひゃっ……」と小さく声を出す。


「椴松先輩……?」


「馬鹿望々……!」


 僕は声を荒らげて、彼女にそう言った。


「はいっ!」


「お前さあ……『殺して欲しい』ってつまりは死にたいってことだろ……? そんなに死にたいとか……」


 だって先輩私は──と望々は弱々しく言う。


「死にたいとか言わないでくれ……頼む。嫌なんで、大好きな人が死ぬのは……もう勘弁なんだ。明日も話せると思っていたのに、明日も会えると思っていたのに……もういないなんて、どこか遠くに行っちゃうなんて僕には耐えられない。もう二度とそんなのは味わいたくない! そのためには……僕はこれぐらいするよ。自分の身体なんてクソ喰らえだ。中学一年生の時に、もう血塗れだからな……」


「………先輩……私は」


「大好きで可愛い望々が──希望と生意気を唄う奴が居なくなるなんて……僕には到底不可能だ。だから死なないでくれ……生きてくれ……頼む」


 彼女は僕の言葉を最後まで聞くと、僕のことを抱き締めてくれた。

 両腕を僕の腰に回してくる。


「分かりました……椴松先輩にそこまで言うなら、私生きますよ……」


「望々……」


「先輩……」


「あーーーはっはっはっーはー!」


 僕達が抱き締め合っている時、ステージが血塗れになっている時、ステージの端に座っている少女が笑い始めた。

 てかいつの間に?

 最初から居たとか……ないよな。

 多分。

 全く気付かなかったし。


 二種類の猫の髪留め、薄い赤色の髪、そして身長がとても低い彼女は──白沢 蝶花だ。


 僕達とは友好関係ではあるが、反国家組織には入っていない化け物。


「このハッピーエンドを邪魔する奴らがいるよね? 分からないかなー? 分からないか。仕方ない。私が教えてあげましょうっ!」


 彼女は血塗れのステージを踊るかのように舞い、僕達の目の前にやって来た。

 彼女が履いている黒のスキニーは彼女の足の細さを強調する。


「望々さん。貴方は確かに彼女達を操っていたが、それは貴方がそれに意識していた……集中していたから。だからもうそろそろその操りの糸も切れてしまいますよ……そんなに泣き腫らしていてはね」


 あ、確かに──と望々。


「だから私が手伝ってあげますよ。協力、ですよ。あの子達には幻覚を見てもらいます。そして目が覚めた頃には家に──っていう感じのね。私の能力は『誰かに幻覚幻聴をさせる能力』だから、ここで何があったか分からずに、そして感動的なフィナーレが起きていたことも知らずに、家に帰らせますよ……椴松さんもこれでいいですかね?」


 僕は傷が重症なのでもう一度は起き上がれず、約二週間ぶりに出会った彼女にろくに挨拶も出来ずこう言う。


「は……い、すみません。お願いします」


「はいはい、分かりました。今回なかなか椴松さんは頑張っていた感じですからね。これぐらい大丈夫ですよ」


「はは、それは…………恐縮で……すっ……うあっ……」


 その時、僕は力尽きたのか、気を失ってしまった。

 元々無理矢理起き上がっていたものだから、限界を越したのだろう。


 しかし望々が死ぬのはなんとか食い止めれた……本当に良かった。


 僕は凄く安心した……。


 *


 僕は目を開く。

 目を開いたそこには知らない天井……少しの戸惑い──がすぐに分かった。


 これは病院の天井だ。

 今までの経緯を思い出し、この結論に辿り着いた。


 僕は左を向く。

 そこには手を合わせながら、両目を閉じている少女がいた──唄坂 望々だ。


 「おい」と呼びかけようとした瞬間に望々の両目が開かれる。

 僕が目を覚ましたことに気付いたのだろう。


「椴松先輩!?」


 彼女は口を開けて笑った。彼女にお似合いの可愛らしい笑顔。


「おはよう、望々」


 僕も上半身を起こして笑った。


 彼女の様に可愛らしくも、男らしくカッコよくも、良い笑顔も出来ないがそれでも笑ってみせた。


 そして──と頭を下げて、腰を九十度に曲げながら望々は言う。


「ごめんなさい! 本当に謝り切れないぐらい迷惑かけて……!」


 僕は多少迷ったが、望々の手を取り、抱き寄せた。


「大丈夫だ、望々が幸せになるためなら、僕は全力で手伝うからさ。支えるし──僕はお前の希望になりたいんだ。ちょびっとだけなら、僕が幸せにしてやる」


「はいっ……先輩……。それじゃあまだまだ迷惑かけますね」


「おうっ! お前みたいなロリの体重なんて迷惑でもなんでもない。なんせ僕はドラゴンでロリコンなんだぜ? 逆に幸せだ。このままじゃ僕ばっかり幸せになっちまうぞ」


「やーっぱり……椴松先輩はキモイですね……」


 望々は笑いながら泣き始めてしまった。


「はは、分かっていただろ? しかもな、望々。今回一番迷惑かけられたのは結乃なんたぜ?」


「……え?」


 望々のキョトンとした声。

 予想していなかった言葉なんだろう。

 泣いている声も一瞬で乾いた様子である。


「なんせ僕達が体育館に急行するために、結乃は僕にアソコを拭かれて、全裸にされて、着替えさせられて、口にパンを突っ込まれて……だったんだぞ。それに比べちゃ〜」


「キモ……」


 砂漠の砂と同じぐらいに乾いた声が僕の耳元で囁かれる。

 そしてそれから囁き声が叫び声になった。


「いやーーー!!! 私、そんなキモイロリコンに触れられてるの!? 止めてください!」


 私に触れないでください! ──と望々は暴れながら、僕の腕の中から必死に逃げようとしてくる、


「おい! 待て! 痛い! お前の希望だぞ!? 僕は!! そんなに簡単に手放すなーーー!!!」


 *


「で、無茶したせいで夏休み明け三日連続で学校をおやすみしていた椴松さん。今回の事件は解決した──でいいんですよね?」


 登校中の結乃からの質問。

 結乃の青い髪が夏の生ぬるい風によって揺れる。


「それでいいはず……あっそうだ……望々から聞いた話だと、これから望々は保健室登校をになるらしい。それと……望々を虐めてた奴らはそれ相応に色々食らったんだとよ。恐らくやったのは蝶花さん。何をしたんだが……」


 あの人……蝶花さんは察しが良すぎる人だから、恐らく今回の事件の全てを知っていたんだろう。

 だから望々を虐めてた奴らに罰を与えた──と。


 結乃は望々のその後を知ると笑った。


「それと今回も無茶して悪かったな……結乃。助けてくれてありがとな」


「いえ、私は『心音』さんに電話しただけなので……」


「まあそう言ってしまえばそうなんだけど、素早い判断だったから、僕は助かったわけだし……な?」


「まあ『心音』さんも死んだ人間までは元通りに出来ませんからね……刻一刻を争う状況と言えばそうなりますね」


 回想。


 僕は普通の病院に約二日間入院していたわけだが、その前にある人に……いいや『元通りに治す』化け物の所に運ばれていたのだ。

 そこで僕は腹にポッカリと空いていた穴を治してもらい、臓器も元通りにしてもらったのだ。


 彼女の能力の代償、つまりはデメリットは『その元通りにした分だけ、眠りにつく』である。

 だから僕は二日間入院していたのだ。

 入院していたというより、寝ていただけなんだけどな。


 家で寝てればいいじゃんって思うかもしれないが、お父さんとかに僕が反国家組織に入ってることなど伝えているわけない……だから元通りにした後、気を利かせて普通の病院に運んでくれたのだろう。


 病院だと色々と助かることもあるしな。

 

 これにて回想終了。


 それから僕達は学校に着くまで雑談をしていた。

 教室に入ると男の大きな声が聞こえてくる。


「おおい! 椴松ぅー!」


 その声の主とは短髪で頭は良いが、何事も軽く考えてしまう癖のある少年──塩竈 太和である。


 彼の背後には透き通った赤目で、肩まである黒髪のよく笑う少女──赤倉 めぐがいた。


 恐らく雑談の最中だったのだろう。


 塩竈は何かが目に入ったのか、驚きと煌めきが混ざりあった表情で、僕達に近付いてきた。


「おー? おー? なんだ竜二。結乃っちゃんも一緒なのか? 珍しいというか初めて見たんだが……? 二人が共に登校してくる姿」


 はっ……そういえばそうだった。

 夏休みに入ってから僕達は互いを知り、多くのことを体験して仲良くなってきたが、そもそも夏休み前は二人きりで話すことなんて無かったんだった。

 有り得ない、と言っても過言じゃないぐらいだったのだ……。


 僕は多少の焦りを覚えて結乃を見る──そしたら結乃もこちらを見ていた。

 いや僕が見たから、こっちを見たのかもしれないが……。


「そういえばそうだね〜、あれ? どしたの、二人共。仲睦むつまじく話しちゃって、目を見つめ合っちゃって」


 赤倉はそう言って笑ってきた。

 どうすればいいのだろう。

 この状況……こんなこと想定してないぞ。


 まあいい。

 僕には秘策があるんだ。

 別にこの時の為に……って考えてきてた物ではないが、僕と結乃の関係性なんて気になくなるような秘策が。


「なあ皆、夏休み終わっちゃったよな?」


「んん、まあそうだね……終わっちゃったねえ……寂しいような……だけど皆と会えて嬉しいような……って会話を変えるな! 竜二!」


 そう言って僕に迫りよる赤倉。

 だけど落ち着きながら僕は気障キザっぽく笑った。


「夏休みは終わったけど、まだまだ暑いし、季節的にはまだ夏は終わってないぞ……皆……!」


 「は?」みたいな顔をする皆。


「夏は終わってないし、僕の奢りで今週末海に行こうぜ!!!」


 僕の言葉の後に数秒の間──そして塩竈がやっと言葉の意味を理解出来たのか「まじ……でか……」と呟く。


「ああマジだ! 全額僕の奢りだ!!」


「うええええーーーーい!!」


 その瞬間に両腕を挙げて叫び出す赤倉と塩竈。


 結乃だけは何故僕がこんなことが出来るのかを理解しているから、ただ微笑んでいた。


 そう、今回の物語の冒頭──僕は塩竈とバイトで稼いだお金を全て使い果たしていたのだが、望々の事件を解決するべく呪術の文字式を書いてもらいに行った時、師匠からとある封筒を渡されたのだ。


「あ、これ今月の給料。初給料だな。今月もお疲れだ」


 重々しい声ではなく、重が二つの重重しい声の師匠から手渡された封筒の中身は僕の『給料』だった。


 僕はなにこれ、という感じでそれを頂いてしまったが、師匠はそんなことになると知っていたからか説明を始めた。


「椴松。化け物達が反国家組織でせっせと働いているんだから、給料を貰うのは当たり前だろう? お前も反国家組織の一員なんだからお金は貰えるのさ──理解したか?」


 師匠は未来視でも出来ているのか、こう言う。


「上手く使えよ」


「は、はい。頂戴します」


 でその金額は十八万円だった。

 税金とか保険とか等など……そういうのは既に諸々払い済みらしいので、そのまま貰ってしまっていいらしい。

 手取りというやつだろう。


 という訳で高校生にとって大金の十八万円を握り締めながら僕は笑った。


「海に行こう!!」


「おう!!」「赤いビキニ着る!」「分かりました」


 ────


 こうして僕達は今週末、望々も誘って海にへと出かけた。


 暑い空、冷たい海水。

 望々は笑っていた。

 幸せそうな笑顔だった。


 彼女が明日も笑ってくれていることを僕は祈り、願った。

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