彼女が笑っている明日 第九話


 電話が終わる瞬間の虚無加減に私は憂鬱になる。

 相手の声が聞こえなくなる途端になる孤独感は、学校生活中の孤独よりきついかもしれない。

 私ははぁ……と溜息を身体から放出しながら、ベットに倒れる。


 モテなくても、キモくて、しかしカッコイイ先輩のことを私は頭の中で考える。


 約半年ぶりに出会った後輩を全力で助けようとしてくれる椴松先輩。

 あの人はなんなんだろうか。

 しかし分かることが一つだけある──それはあの人はあの人自身で何かを体験してきたという事だ。

 そうでなければあんな風に人を助けることだけに、真っ直ぐにはなれないだろう。


 太陽は世界が昼であることをと象徴するために、月は世界が夜であることを象徴するために、その為だけに産まれてきたのとは訳が違うのだから。

 先輩は。椴松 竜二先輩は。


 重力以外にあの人は何に逆らっているのだろう……色々逆らって生きてるんだろうな。

 はあ……こんな風に色々考える度に先輩の事が分からなくなる自分がいる。


 しかし泣いたのはいつぶりだろうか……いやそんなに大層なものでは無いけどね。中学三年生の虐められ初めなんて毎晩泣いていたし。


 あー……そういえば先程先輩に色々質問されたなあ……。


「素直に聞いてしまうが、なんで虐められてるんだ?」


「今現在、私を虐めてきてるリーダーが好きな男の子が私に告白してきて、それを私が振ったからですね。つまり憎しみですね。憎む気持ち──憎悪ぞうお厭忌えんき厭悪えんお嫉妬しっとしん、これらの感情が積もり積もって、私を虐めているんだと思います」


 私はまだ目の端に残っている涙を指で拭いながら、出来るだけ冷静に話した……話せたと思う。


 これ以外の質問の数は恐らく五個程度だったと思う。

 そして私はその質問達に全て嘘偽りなく本当の事だけを言った。


 嘘も織り交ぜながら話すことも出来たが、今この状況であえてそんなことをする意味がないため、私は真実だけを伝えた。


 事の真相を、全容を──話した。


 そして私の答えを聞いた先輩が出した答えはこれだ。


「たった今、用事が出来た……だから解決するための話し合いは明日話そう。結乃も来るからな」


 たった今、用事が出来た──ってのは気になる部分ではあったが、私は何も聞かず、「はい」とだけ言って、その後少しの雑談を交えたあと通話は終了した。


 回想終了。


 よーし回想も終わったし、今日は寝ちゃおうかなあ。

 久々に両親や悪魔くんちゃん以外と喋って疲弊ひへいもしているし……楽しかったけどね。

 うん。


 私は目を瞑っ──たと言いかけた時、私のスマホが震え始めた。バイブレーション機能が働き始めた。

 誰かが私に電話をかけているらしい。


 こんなバイブスの時になんなんだ、と思いながら、私はスマホの画面を見る。


 私はハッとした。


『着信』『街光まちび 優木ゆさぎ その他十三名』と表示されているからだ。


 私が強制参加させられてる『望々ちゃん仲良しクラブ』というグループで今、通話をしているのだろう。

 そしてその通話の始まりが、私の元にも送られてきたと……。


 ここで出なければ、私は更に虐められるのだろうな──と私は思う。

 思うではない、確信だ。

 核心がある事柄故に確信出来る。


 そして恐る恐る恐々としながら、私は着信のボタンを押した。


 禁断の果実を齧ることなんかより恐ろしい。

 怖い。次の瞬間、十四名の声が一気に私の耳と心を貫く。


『何してるの? 遅いわ、このゴミ望々。だからアンタは────で、──なのよ』


「────のくせになんでそんななの、調子に乗るなよな」


「望々は本当に─────だよね。──より駄目だ。お前は」


「──」「──」「──」


 私は下唇を噛みながら、そして必死に涙を耐えながら、相槌を打っていた。


 もう嫌だ……つらい。


 つらい。

 苦しい。

 息がしにくい。

 いや出来てないのか──曖昧な返事しか出来ない。

 どうしてこんな、おかしいよ。

 可笑しくて笑っちゃいそうだよ。

 笑えるくらいに苦しいよ。悲痛。悲痛。悲痛。悲痛。悲痛。悲痛。悲痛。悲痛。悲痛。悲痛。悲痛──ああああああああぁぁぁあああもう駄目だ。

 耐えられない。

 悲痛。悲痛。悲痛。悲痛。悲痛。悲痛。悲痛。悲痛。悲痛。悲痛。悲痛。悲痛。悲痛。悲痛。悲痛。悲痛。悲痛。悲痛。悲痛。悲痛。悲痛。悲痛。悲痛。悲痛。悲痛。悲痛。悲痛。悲痛。悲痛。悲痛。悲痛。悲痛。悲痛。悲痛。悲痛。悲痛。悲痛。悲痛。悲痛。悲痛。悲痛。悲痛。悲痛。悲痛。痛いよ苦しいよ。


 一時間ぐらい過ぎた後、一人が抜け、二人が抜け……とそんな感じで通話は終わった。


 私は立ち上がり、壁にスマホを投げつける。

 投げて、壁に当たり、床に落ちたのを拾い、また投げる。

 壁に当たる。

 床に落ちる。

 また拾う。

 それを何度も何度も繰り返した。


 叫んでしまいそうだった。

 だがそれはしないようにした。

 だって親が心配してしまうから……それは嫌だから。


 叫ぶ代わりに私はこう言った。


「出てきてよ……悪魔くんちゃん……」


 私のお願いに応じたのか、悪魔くんちゃんは私の目の前に出てきた。

 影もなく、ただの黒い球体が浮いている。

 言ってしまえば見慣れた光景。


 そして私は悪魔くんちゃんに告げる。

 独り言ではなく、しっかりと悪魔くんちゃんに。


「私に力を与えて──前に寿命と引き換えに与えてくれるって言ってたよね?」


「ああ言ったとも……好きという恋愛感情の前に、俺はその為にここにいるんだからな」


 ごめんなさい椴松先輩、結乃先輩……明日解決するための話し合い出来なさそうです……。

 もう私は……耐えられない。

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