彼女が笑っている明日 第八話


 希望と生意気を唄う少女──唄坂 望々。

 彼女と出会ったのは中学二年生の時だ。


 しかし中学一年生の夏休みの時、思い出すのもおぞましい事件を起こしてしまった僕は、その時から所謂人間関係というものに強く恐れていた。


 事件の概要を端的に言うと、僕が人を殺してしまったというものだ。自殺をさせてしまったのだ。


 僕のせいで彼女は自死した。

 彼女は空に浮いていた──首吊り自殺をしたのだった。


 僕はそれを止めることもせず、そもそも気付かなった。


 僕が止められていれば、僕が彼女の希望であれば、僕が気付いてあげられていたら、彼女が死ぬことはなかっただろう。


 だから彼女は僕が殺したと同意義だ──実際その通りである。


 そして、そんな人間関係恐怖症だった僕は「塩竈と赤倉以外の友達なんて要らない。僕が殺してしまうだけだから」と思い、新しい友達を作ろうとしていなかった。


 だから二人以外の人達にはそれ相応の態度を取っていた(冷たくしてた)。それは望々にも同様だった。


 だが、そんな僕にも何故かめげずに話しかけてきてくれたのが「望々」だった。


 あの生意気ながらにも可愛い望々は、望々だけは他人に対しては冷たくあしらっていた僕に話しかけてくれた。

 「友達になってください」と。


 そして三度目の「友達になってください」で僕は心が折れて望々と友達になった。


 これが簡単に説明した僕と望々が友達になる話だ。

 

 因みに高校一年生のこの夏休みで、僕は人間関係恐怖症を打ち破ることに成功したが、それまではずっとそうだったのだ。


 そして治った頃に再開した「人間関係恐怖症だった頃の僕しかしらない後輩もも」。


 なんか望々の人生が変わった頃も同じだし、治った頃というタイミングにも運命的な物を感じてしまうな。

 仕方ないぐらいだよ。これ。

 いや実際にそんなものはないって頭では分かっているのだけどね──思ってしまうのだ。


 人間関係に恐怖をしていた僕だったが、諦めずに僕と友達になってくれた望々は、当時の僕にとって大きな希望であったことは間違いない。


 だから今度は僕がなるのだ。

 彼女の希望に──冒険者らしくな。


 *


「それでだ。結乃。目標は出来た。今度はやるべき事を決めよう」


「そうですね。ここまで話が進んだのは良いですが、あと夏休みも残り本当に少ないですからね。僅かな時間しかないって感じですが──出来る限りの事はしたいですよね」


「ああ、本当にその通りだ……。てか夏休みっていつ終わりだっけか?」


 そういえば……という感じだった。


 夏休みの始まりから僕は何度も死にかけて、何度も心が折れてきたが、それ程に多忙というか問題だらけの夏休みだったが、肝心の夏休みの終わりがいつまでかを僕は覚えていなかった。


 そして結乃は呆れながら、空になった鍋を片付けながら言ってくる。


「今日合わせて残り二日──つまり明日で終わりですね。明後日には学校が始まってますね」


 結乃はそれと付け加えるように呟く。


「因みに中学校の始まる日も同じでしたよ。インターネットで検索しておきました」


「あぁまじか……ということは現実的にも時間が無いんだな。つまり僕は今から行くべきなのか!?」


 僕は結乃に食器洗いを任せて、一人でリビングに座っていたが立ち上がる。

 そしてそのまま玄関に向かって走り始めた。


「今から望々の家に行って、話を色々するべきなのかもしれない!」


「──はあ」


 だが走り出した僕は瞬間移動かのように、僕に近付いてきた結乃に顔面を殴られて、地面に寝させられた。


 結乃の手は食器洗いの最中だったため濡れており、結乃の手から離れて出来た水滴が宙を舞った。


「貴方は馬鹿ですか──こんな時間に行っても迷惑になるだけですし、望々さんの親御さんにも怪しまれます。悪魔くんちゃんさんがバレてしまう可能性も高いです。だから今夜行くのはリスクが高すぎます。リスキーですよ」


 結乃は地面に俯せで死んでいる僕に言ってくる。


「だから今日は椴松さんも諦めて家に帰った方がいいですよ──作戦は明日考え、そして明日から動き始めましょう。とりあえず今日はRINE通話でもしたらどうでしょうか、望々さんと」


 という結乃の意見だったため、僕は今日中に解決することは諦めて家に帰った。


 雨が一週間以上降っておらず、太陽の熱により毎日灼熱となっている道路は夜になっても少し熱を帯びている。

 そんな道路は明日を楽しみ過ぎて寝付けない子供のようだ。


 それに比べて僕は楽しみでもなんでもない──恐怖である。

 明日が怖い。

 明日が終わったら、学校が始まってしまうのだから……望々の地獄の生活が幕を開けてしまう。

 そんな現実が目に見えてくるかのようで、恐ろしい。


 僕はこのむしゃくしゃとしている気持ちを吹き飛ばすために叫ぼうとした──がやめた。

 なんとなくやめた。

 別に周りの人に迷惑だからとか、恥ずかしいとかそんな感情ではない。


 何かに止められた……自分でもわからない何かに……。


 八月の終わり。

 蝉はまだ鳴いている。

 花火大会はもう終わっている。


 僕は駆け出した。家に向かって。


 自分の住んでいる家に入るといつも通りの声が聞こえる。

 明るい父親の声。


 父親はリビングで酒を嗜んでいるご様子で、テンションがハイハイだった。


「おかえり〜!」


 母親は離婚したっきりどこかに行ってしまったので、この家は僕と父親だけだ。


 時計の針は二十二時を刺す。


「ただいまっ! さっさと風呂入ってくる」

「おう、了承」


 「おう」と「了承」の言葉のミスマッチ感を感じながら僕は言った。


「おやすみなさい」


 *


 この家は二階建てで、僕の部屋は二階。

 父親の部屋も同様に二階だ。

 一階にはリビング、風呂場、台所等……家族全員が使う部屋が、二階には各個人個人の部屋がある構造になっている。

 そんな一軒家だ。

 郊外の中の郊外にある普通の一軒家、

 確かローンはまだ支払い終わっていないはずである。


 お風呂から上がり、そして階段も上がり、少し歩くと僕の部屋は現れる。

 姿があらわになる。


 何故結乃の家でシャワーを浴びたのに、また風呂に入ってるかというと、湯船に浸かりたいからだ。


 結乃の家の浴槽に入るのはまだ慣れてないから、僕は家で浴槽に浸かるようにしている。

 二度手間だが、まあ別に……お風呂好きだし我慢は出来る。


 僕は部屋に入る。

 僕の部屋の内装は本棚とテーブル、ベットしかない結乃の家とまではいかないが、だいぶ質素だ。


 一つの癒し要素といえば中学一年生の時から育てているサボテン君ぐらいだ。


 僕は髪を乾かすこともなく、そのことについて男だから仕方ないと言い訳しつつ、ベッドに転がる。

 そして今日多過ぎた出来事達を思い出して、独り言のように言葉を、そして溜息を漏らした。


「今日は疲れたなあ……一週間前に塩竈の一件があったが、それ以降は特段何も無かったからこういうのは久しぶり──」


 ってそりゃあなんだ。

 無いのが普通なのだ。


 僕が知らなかった結乃の一面を知ったこの夏休みに、多くの事が起きすぎているだけなのだ。


 普通だったら、僕は──なんだろう……うん。


 ゲームして、朝になったら父と自分の分の朝ご飯を作って、それから寝て……とそれの繰り返しか。

 

 いや繰り返すようにしていたんだよな。

 あの中学一年生の夏休みから。


 休みの日なんかはあの夏の出来事を思い出すのは苦痛だから、思い出さないために青春らしい青春を送らないようにしてたからな。

 部活とかも一切合切辞めたし。


 じゃあこの夏休みが嫌な物だったのか?


 苦痛だったか?


 知らない結乃を知れて、友達として、そして相棒として好きになって僕は嫌だったのか?


 知らない人と沢山出会い、知らない事を知り、知らない思想や現実を知って僕は嫌だったのか?


 ──いいやそんなことは無い。


 確かに大変だったが、結乃と共に抗う日々は良かった。

 生きてる感じがした。

 ちょっと変かもしれないが、青春を送れていたと思う。


 うん。良い夏休みだった……よぉし、夏休み最後、望々の悩みも解決するために頑張るか!


 と僕はその時、結乃に言われていたことを思い出す。


「電話──か」


 時計を見る。そうすると時計は日本が二十二時半過ぎということを僕に告げてくる。


 「まだ二十二時過ぎだったこともあり、暇潰し」という名目で、望々にRINE電話をかけよう。


 本当はある出来事を望々に伝えようと思っていたのだ。


 RINEで通話をかけた瞬間に、望々のあの巨大クマさん人形のアイコンが画面いっぱいに表示される。

 そして三コール目辺りで、望々は通話に応じた。


「あ、望々。椴松 竜二先輩なんだが……今大丈夫か?」


「おお、椴松先輩! 椴松 竜二先輩じゃないですか! もしかしてムラムラと悶々もんもんが止まらなくて、こんな夜遅く私に電話をかけてしまったんですか!?」


 望々の明るい罵声が僕のスマホから飛び出してくる。


「先輩はえっちぃさんですね! 幾ら私が後輩で、『先輩からの頼みだろ?』と言われれば断れない性分だと知っておきながら、それは流石にアウトじゃないですか!?」


 明るい罵声に僕は何故か安心してしまったが、それはそれとして、これはこれとして僕は思いっ切り望々に向かって言う。


「んなわけあるか、ボケ! なんで僕がムラムラと悶々が止まらなくなったら、お前に電話をかけなければいけないんだよ! かけるなら最低限結乃とか赤倉とかだろ!? アイツらだとしても絶対にかけないけどもな! しかもお前は先輩の言うことをそもそもあんまり聞かない奴だろ……いつ聞いてくれたんだよ。僕の言うこと……」


 え!? という望々の驚きの声。

 僕はその声の大きさに驚く。


 そして急に望々の声は小さくなる。

 小さくなるというより、ヒソヒソと話をするかのような感じ。


「え、だって先輩……ドラゴンって性欲強いし、『村の娘を寄越せ〜』とかいうロリコンなんでしょ? それだとしたら、赤倉先輩は流石にないんじゃない? 結乃先輩は私よりロリロリしいというより、ロリそのものみたいな感じだから有り得るけどさあ……」


「お前それ結乃に言ったらどうなるか分からないからな……」


 僕ですらアイツに向かって「ロリそのものだな」なんて言ったことないぞ……。

 どんな風になってしまうのか気になるが、怖いのでやめてもらいたい所存である。


 因みに僕はロリコンでもないから、そこら辺はご理解頂けると嬉しい。


 よしそろそろ僕が電話をかけた本当の目的を果たす頃合いだろう。


 結乃申し訳ない。僕は今日から動き出させてもらうぞ──いやこれ如きは動くとは言えないかもしれない。

 だってただ真実を伝えるだけなのだから。


「望々、実は言いたいことがあるんだが」


 冗談抜きの真剣な声色になった僕に合わせて、望々の声色もそうなる。


「はい、なんですかね……」


 多少の不安色を混ぜ合わせた声が聞こえてくる。

 幸先は不安だが、傷付くのは怖いが、塞翁さいおうが馬である──僕は前に進むしかないのだ。

 今夜は泣いて眠るかもしれないな。


「実はな」


 僕はゴクリと唾を飲み込む。


「実は望々の通知欄を僕は見てしまったんだ」


「………………え」


「いやふざけでチラッと見たのは自分なんだから、見てしまったという言い方は駄目だな。僕は見たし、僕はなんとなくだが、表面上の事柄だけだが、望々が置かれている状況を知った。なあ望々一つだけ聞いていいか? ──あれは」


「聞かないでください!」


 僕の言葉を消し飛ばすぐらいの声で望々は叫んだ。


「聞かないでください……あれは私が悪いんです。わ、私が悪くて、私の自己責任なんですよ……。私は中学三年生の一年を虐められる程度の人間なんですよ」


「お前そんなこと言うなよ。自分を卑下なんてお前が言ったんだろ? 僕はお前のことが好きだからハッキリ言うけど、僕も僕が好きなものを無下、卑下されるのは許せないのだ。苦しいなら僕を頼れ、嫌になったら僕に言え、駄目になったら僕が──」


 また望々は僕の言葉を遮った。


「──だからこれは、このことは、うぅぅ……私が今から言うことは相談の内に入りません……うああ……」


 椴松先輩──と涙声の望々。

 泣き声が聞こえてくる。


 今どれ位泣いているか、電話越しの僕には到底想像出来ない。


 どれ程の苦しみが彼女を襲っていたかなんて、誰にも言ってなかったんだろうしな……望々のことだし。

 気を張って頑張り続けていたのだろう。

 それが僕にバレたことにより、遂に張れなくなってしまったという感じか……。


 そして僕の耳に届く望々の悲鳴のような掠れ声。


「わ、私を──助けて……ください」


「ああ勿論だ──このモテなくて、キモイ先輩に任せとけって!」


 僕は笑ってみせた。

 勿論望々には見えていないけどな。

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