彼女が笑っている明日 第七話
あ、と結乃はボソッと口から漏らす。
「ん、どうしたんだ?」
それをスルーするのも一種としてありなんだけど、僕は言葉を発した。
結乃は家に向かう歩みを止まらず、僕に聞いてくる。
「そういえば今日何かあったんですか?」
唐突過ぎる問い。
「……え?」
何かあったのか……と言われれば何かはあった。
というかある。
どんな人間にも。
ただ生きていれば何かはあるのだ。
しかし結乃が聞きたいのはそういうことではない。
そうことではなくて、何か問題があったのか、何か事件が起こったのかを聞きたいのだろう。
ただ生きているだけではそんなことは中々起きない。
希望と生意気を唄う少女──唄坂 望々。
僕の可愛い後輩。
彼女を僕の頭の中で思う。
そして溜息を口から吐き出した。
まあ結乃には言ってもいいのかもな。
今日のこと、そして僕がこれからどうすれば良いのかー─悩んでいることを。
「なあ、結乃。お願いがあるんだ。僕の話を聞いてくれないか?」
「はい? ふふ、大丈夫ですよ。それぐらいなら」
ね──と結乃。
こうして僕は今日望々と何があったのか、誰を知り、どんな愛を感じ、誰の困惑を見てきたのか結乃に話した。
*
「僕は迷っているんだよ……。望々のことは助けたい……がどうすればいいかも分からないし、望々の学校に突っ込んで、彼女を虐めてる奴等を怒るのも一時的な凌ぎにしかすぎないし、そのうち逆効果になるだろう……。しかも何故彼女が虐められてるかも──定かではないしな。虐められてることが定かでも、理由というか始まった原因が分からないのがなあ。難題だよな」
そして、と僕は言葉を繋ぐ。
「悪魔くんちゃんさん、この悪魔が何をしでかす、というか何をするのかが分からないのも怖い。一応他人様には迷惑をかけるな、とは言ったが、もし自分の好きな人が虐められていたら、そんなのは意味が無くなるだろう。武力行使でも止めたくなるよな。僕だってそうだ。僕の好きな結乃が虐められていたら、学校の全てを壊すぐらいだし……だからいつまで僕と悪魔くんちゃんさんの口約束が保たれるのが分からないのも怖いんだ」
僕は率直な気持ちと迷走してる想いを結乃に打ち明けた。
こんなの男としては情けないというか、嫌なんだけど、僕達はチームであり、相棒だ。
だからこういう風に進む道に迷った時は相談してもいいはずだ。
「……成程、そうでしたか。椴松さんは今日大変だったんですね」
「最初は塩竈と馬鹿騒ぎしてて、それで今日という一日は終わるはずだったんだがな……どうしてこんなことに……」
「まあ椴松さんは問題クリエイターみたいなものですからね」
それは変えられない運命ですよ──と結乃。
「そして私は知っていますからね。椴松さんの職業が問題職人ということを」
「んなわけねぇよ! そんなこと誰から聞いたんだよ!」
「いえ誰からも聞いた訳では無いですよ。だって……あれ確か……椴松さんのドラゴンクエストの職業、問題職人でしたよね? そうだったはずですが……」
「ドラゴンクエストにそんな使えなさそうな職業無いよ!」
「あれそうでしたっけ?」
結乃はまるで疑問を持っているかのような表情をしてくる。
顔に「?」でも書いてる様に見える。
けど僕は騙されない。
結乃の家には多少ゲーム機とゲームソフトがあり、その中に「ドラゴンクエスト」があったことを。
どうせ今それを思い出して、適当に言ってるだけだろう──こいつ。
「ああ無いよ。てかあったとしても誰も使わないわ、そんな職業」
僕が真剣にツッコミを入れてる姿を見た結乃は「ふふ」っと少女らしく小さく笑う。
そして僕に言ってくる。
「でも椴松さんは私が虐められていたら守ってくれる勇者なんですよね──それならありますよ。私の勇者の椴松さん」
先程まで少女らしく笑っていたのに、今の結乃の笑顔は怖い。不敵な笑みという文字がピッタリな程の悪い笑顔。
しかし勇者なんて──僕には。
僕は下を向いた。俯く。
「そ、そんな偉大な職業頂けないよ。僕なんかに……」
「そう思っているのは椴松さんだけかもですよ? そして貴方ならなれますよ。望々さんの勇者に──絶対です」
この時やっと僕は分かった。
結乃はさっきから僕の真剣な悩みに巫山戯て応答しているように見えていたが、実はそんなことはなく、僕を励ます為にやってくれていたということを。
励ますというより、応援してくれていたのか……うぅなんという最高な相棒なのだ。
僕みたいな奴にこんなにも良い奴が相棒で良いのだろうか……?
僕は前を向く。
目をしっかりと開く。
「ああそうだな。勇者は無理でも冒険者になってやる──冒険してやる」
「その意気です。なんせ私がパーティーにいるんてすからね。私は光の魔法使いですので、援護しますよ」
そして結乃は僕の後ろに移動し、まるでドラゴンクエストの移動中のフォーメーションかのように僕の動きに合わせながら歩き始めた。
僕はそんな姿を見ながら、歩幅に大きくした。
笑いながら。
「魔法使いこと結乃! 今日の夜ご飯何がいい? 僕が作るよ!」
「暑いので敢えて熱いキムチ鍋が食べたいです!」
「よっしゃ! 任せてくれ、せかいじゅのしずくの様なキムチ鍋を作ってやるからな!」
「はい、楽しみですっ!」
結乃と僕はそのフォーメーションを保ちながら、家に帰った。
*
結乃の家。
バタン、という脱衣室とリビングを繋ぐ扉が閉まる音がする。
僕がキムチ鍋に入れる材料を切っている間に、結乃はお風呂へ入っており、そしてたった今、お風呂から上がってきたのだ。
その証拠として結乃の青い髪は濡れていた。
てか濡れてるって感じじゃない。
びしょびしょじゃないか。はあ……。
そしてお風呂に入る前は任務等の時にいつも着ている黒のワンピースなのだが、今は猫が描かれている薄手のTシャツと短パンを着ている。
ラフな服装だ。
夏休みの最初の方はお風呂に入ったり、そんなラフな服装はしなかったのだが、最近はしてくれるようになった。
気を使わない、安心してくれてるってことなのかもしれない……いや裏を返せばそんなことを気にする程の男じゃないという意思を表してるのか?
お前には興味無いから別に〜的なね?
そしてこれだけは言っておこう。
僕は結乃が入る前にシャワーを浴びさせてもらっている。
呪術の文字式をお札を使ってから、洗い落とすためだ。
結乃が僕の前に入るのはなんか怖いから嫌です、という理由で先に入ったのだが……もしかしたら僕って色々と信用されてない?
というかやっぱり全然安心してもらえていないような気がしてきた。
警戒されまくってる気がしてきた……いやもう認めよう……確信していると。
安心もされてないし、興味も持たれてないとな。
「おい結乃、髪の毛が濡れたまんまだぞ。ドライヤーしたのか?」
「え……と、あっ忘れてました。すみません……ですがまあ別に……」
「あーもうリビングで待ってろ。今取ってくるから」
「? わ、分かりました」
はてな顔の結乃を僕は見て見ぬ振りをする。
僕は手を洗って、お手拭きで拭く。
そして洗面台に向かい、置いてあるドライヤーを取る。
それから結乃が待っているリビングにへと向かった。
そして結乃の立っている背後に立った。
「ちょ……椴松さん? な、何をしてるんですか?」
「何ってそりゃあドライヤーを持ってる男がすることなんて一つだろうが」
そ、それはまさか──と結乃。
「髪を乾かしてやるんだよ。お前がしない代わりにな!」
僕の言葉を聞いた後に結乃は逃げようとしたので、僕は思いっ切り両肩を掴み、逃げられないようにする。
「そ、それだけは嫌です。無理です。いやなんて言うんでしょ、流石に私と椴松さんの仲でもそれは難しいですよ! 髪を他人から乾かされるなんて恥ずかしいことっ!」
私は身体を触られるより、髪の毛に触られる方が嫌な化け物なんです!! ──と結乃は言ってくるので、僕は左肩を離し、頭を掴んだ。
何故僕がここまで結乃の髪が濡れていることに真剣になっているかと言うと──。
「いやいや今日はやらせてもらうぜ。お前はいつも髪の毛を乾かさないからなあ……あまり言ってこなかったけど、髪の毛乾かさないとあちこちは濡れるし、髪の毛にもダメージが入っちまうんだよ! 女の子なんだからそれぐらい気を使ってくれ!」
こうなのだ。
これなのだ。
結乃は面倒臭いという理由で、ドライヤーを……基、髪の毛を乾かさないのだ。
でもそれは髪にとっても、家にとっても、僕にとっても、本人である結乃にとっても良くないことなのだ。
だから僕はここまで真剣と書いてマジになっているのだ。
「さあ観念しようか。結乃……これから毎日僕にドライヤーをされたくなければ、自らしろ!!!」
「嫌です!!」
こうして僕は結乃の髪の毛を乾かしたのだった。
そして次の日から結乃は自分でドライヤーをするだろう。
そのはずだ。
されてる最中も暴れまくって大変なぐらいに嫌がっていたからな。
*
僕はキムチ鍋からスープが染み込んだ具材を器に盛り、そして適量なぐらいにスープを掬って入れる。
具材とスープが熱々なせいか、皿から湯気が飛び出してきてると表現してしまうぐらい、勢いよく白い湯気が出てくる。
僕は具材とスープが入った器を結乃に手渡す。結乃は器の底を「あちち」と言葉を漏らしながら受け取る。
「ほら、メラメラと熱いから気を付けて食べろよ」
「メラメラという表現はおかしくないですか?」
「それぐらい熱いってことだよ」
「な、成程……では気を付けて食べますね」
僕も自分用に具材とスープを器に入れて、自分の目の前に置く。
机を挟みながら座る二人の目の前には器と鍋。
そして僕達は手を合わせ、同時に言う。
「いただきまーっす!」「いただきますです」
十分後。
僕達はまだ食べていたが、最初よりは勢いも無くなっていたため、僕は話を切り出した。
「結乃、質問なんだけどさ」
んん、なんでしょう──と結乃。
だから僕は結乃に言う。
「どうすれば望々を救えると思う? 僕は先程の帰り道で結乃から勇気とか負けない気持ちを貰え、キムチ鍋を作りながら様々な手段を考えたが、全く思い付かなかったんだよな。良い案が出て来なかった」
自分から見てもだいぶ唐突な問いになってしまった気がする──が結乃はそれでも返事をしてくれた。
「そうですね。まずこの夏終わりの物語が終わるには一つ重要なことがあります。そして椴松さんは今それに気付けていません──いえ忘れてるって感じです」
「え、なんだそれ。教えてくれ──結乃」
結乃の意味有りげの言い回しに、僕は食い付く。
そして結乃に迷わずに言う。
「頼む……教えてくれ」
「頼まれましたので、私が貴方が忘れているであろうことを教えましょう」
それはですね──と女の子座りをしていた結乃。
「手段なんて後から考えればいいんです。椴松さん、貴方が忘れていることは『結果的に望々さんにどうなってほしい』かですよ。貴方は救いたいって救いたいって言いますが、救うのが目的になってしまっているんですよ」
「…………確かに……」
「救った後、望々さんにどうなってほしいのかが重要なのです。それが決まれば、その後に手段という作戦は自ずと出てきます。だから椴松さんは兎にも角にも『どうなってほしい』かを考えて、私に言うべきです。そしたら私も共に作戦を考えますから」
結乃の的確なアドバイス。
まるで考えていたかのようなアドバイスを頂いた僕は熟考した。
望々にどうなって欲しいのかを──真剣に考えた。
そしたら案外簡単に、すぐに答えは見つかった。
僕の思いは決まった。
そして僕はそれを口に出して言う。
「皆に幸せになって欲しい。百人いたら、百人皆が幸せになって欲しい──どうなってほしいか、と問われた僕の答えはこれだ」
結乃は僕の言葉を聞いたら、立ち上がった。
バン、と机を叩きながら、その反動で立ち上がった。
結乃は僕の双眸を怪訝な瞳で見ながら告げる。
「それは無理です。百人──全員に幸せが訪れるなんて不可能です。もし存在していたら、それは怪奇現象と言ってしまっても良いレベルだと思います」
「だ、だけど──」
「だから今回は望々さんだけを幸せにすることを考えるべきです。貴方は今回皆を救おうと考えているのですよ。学校の人達……望々さんを虐めてる人達ですら幸せにするなんて、救うべきではないです──幸せにしたい相手を見間違えないで下さい」
「………分かった」
確かに結乃の言ってることは正しい。
間違いなんて1ミリも無い。
間違いという概念が存在していないかのような結乃の言葉達は僕の迷いを壊していく。
だけどな──。
「だけどな、結乃。誰かは不幸になり、その代わりに誰かが幸せになる世界なんて僕は認めないぞ。勇者になれない僕だが、そんな世界は嫌だ。それしかない──なんて諦めたくない」
僕の言葉を聞いた結乃は立ったまま「ふふ」と笑った。
そして目を閉じ、笑顔を見せてくれる。
「よく言いました。それでこそ椴松さんです。迷走していて、無茶ばっかりして、悩んでいて、いつも空振りしてしまうけど、自分のやることに真っ直ぐ──諦めが悪いのが椴松さんらしいですよ。『希望的観測』という名に相応しいじゃないですか」
結乃は言い終えた後、また女の子座りをして座った。
「それでは考えましょうか、望々さんを救う作戦を……希望を唄ってもらいましょう」
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