彼女が笑っている明日 第六話

「ゆ、結乃……?!」


 反国家組織に共に所属していて、僕の相棒である水瀬 結乃。

 怪訝な瞳と猫耳の部分がどんな服を着ていても恐らく一番目立つ少女。


 僕の相棒である結乃が何故──敵側練習相手に……?!

 まさか練習相手の一人として今日はここにいるのか?


 そ、そんなの嫌だ。

 結乃は──結乃だけは殴ったり、蹴ったりしたくない。

 殴り合いだけはしたくない。


 夏休みももう終わりで、そんな時期にやっと仲良くなれてきた相棒と殴り合いをしたい人間なんているはずない。

 いたら僕がそいつを殴ろう。

 思いっ切り殴ってやる──が結乃は殴りたくない。


「なあ、結乃……? 結乃はもしかして練習相──」


「違います」


 ──多少の沈黙。


 こんな時、結乃が結乃で良かったと痛感する。


 もし今の状況で結乃がもし師匠だったら、本当は違うのに、面白いってのが理由で練習相手に自らなりそうだし……。


 そんな最低な人間はそうそういないと思うが、結乃みたく基本的に嘘をつかない人はこんな時助かる。


「はあぁ……」


 僕はまた盛大な溜息を吐いた。

 安堵によって出た溜息で助かったよ。

 本当に。

 そして僕はぼそっと呟く。


「良かった」


「何がですか?」


「いや勝手に勘違いして、勝手に安堵してるだけだ。結乃は気にしなくて大丈夫だ」


「そうでしたか。じゃあ……まあとりあえず共闘をしましょうか。椴松さん」


 結乃はそう言いながら僕の隣にやってくる。

 そしてまだ状況判断が出来ていない僕に向かって言ってくる。


「これから……と言うより元から私達は相棒ですが、相棒である私達は今から共闘をして、目の前にいる『遺言』さんを倒します」


 戦闘ではあるが、まさか共闘の方とはな。


 *


 『遺言』さん。


 見るからに痩せていて、筋肉がついてる、細マッチョという言葉で形成された様な短髪の白髪、口数が少ないというより、言葉足らず感がある少年──『遺言』さん。


 今日知った人達の中で唯一男である。

 悪魔くんちゃんさんも男だと数えればこの計算は違くなるが、まああれは人ならざるものだし、この場合は数えなくていいだろ。


 『戯言』さん、『巧言』さんは一人で闘ったのに、この『遺言』さんだけ二人で闘うのはもしかしなくても『遺言』さんがそれだけ強いからだろう。僕は気合を入れて立ち上がる。


「遺言さん、お願いします」


「────了承」


 遺言さんは言葉を言い終えた後、何歩か後ろに歩き、僕達と距離を置いた。


「────遺言を考えておけ。少年よ」


 三倍──と遺言さん。


「どういう意味で……?!?」


 とまでは言えたが、その後は言えなかった。

 何故かと言うと、吹き飛ばされたからである。

 遺言さんに吹き飛ばされ、壁に衝突したからだ。


 肝心の遺言さんは何をしたのかと言うと、ただ僕を殴っただけだ。


 しかしそれは目に見えないスピードと計り知れない威力ってことを除けばな。


 しかもあの人一単語ずつしか話さなかったのに、キャラ変わってませんか?

 いやそんなことを言ってる余裕とかないから、何も言えないけど。


「うがぁ……っ……」


 僕は壁に衝突し、血を吐きながら地面に落ちる。神様見ていますか?

 なんですかこの化け物は。

 遺言さんは何を三倍にしたんですか?

 多少は検討がつくが、回答を見せてくれ神様。


「クソがっ……」


 僕は暴言を血と共に吐き出しながら、壁を使って立ち上がった。


「痛っ……い……あぁ、なんですかその能力は……遺言さん」


 結乃は「光郷人」を盾型に変形させながら、遺言さんの代わりに僕の問いに答える。


「遺言さんの能力は言ってしまえば呪術の文字式と同じです。身体の能力を無理矢理強化してきます」


 しかもですね──と結乃。


「彼は宣言した通りに身体の能力を強化出来るのです。遺言さんが三倍と言えば三倍に、四倍と言えば四倍、百倍と言えば百倍に……しかし強化をやり過ぎると、身体がその負担に耐えられなくなるということらしいです」


「────そうだ。だから遺言書を書いておけ。俺と闘う前にな。お前達は俺には勝てないのだから」


「ああ……ははは……そういうことでしたか。師匠」


「────?」


 だから彼のコードネームは『遺言』なのか。

 理解と把握したが、これをした所でどうという訳じゃない。

 コードネームの由来を知ったところで、遺言さんの倒し方が分かったわけではないのだから。


 師匠は笑っているだろうな。

 嘲笑っているだろうな──それだけ師匠が楽しめただろうし、まあいいか。

 許されるなんて単語が師匠あのひとにあるか不明だけどな。


「────まあいい結乃、行くぞ」


「はい、椴松さんの代わりに私が貴方を倒します」


 遺言さんはターゲットを僕から結乃に切り替えたのか、結乃に攻撃を仕掛け始めた。


 右、左、右、左と左右に遺言さんは結乃のシールドを殴る。

 時折いきなり二、三歩後ろに動き、勢いをつけて殴ってもいる。


 唖然あぜんだな、この闘いには。

 流石に。

 人間の尺度などでは測り知れない。着いて行けない。

 看取かんしゅなんかしてみたら、即死もんだ。


 結乃は押されて防戦一方だが、それでも褒め讃えたいぐらいだ。

 それぐらいに遺言さんの拳は凄まじい威力を持っている。

 よく耐えきれている。


「私は……耐えます!」


「────怪訝な瞳をみはったぐらいでは何も出来ない」


 指を咥えて見ていることしか出来ない。

 人間の僕にはそれしか出来ない……それでも、そうだとしても呆然と見てるだけなんて、そんなこと僕には出来ない。


 人間だから不可能だとしても、史上最低な人間だから出来ないとしても、僕は足を動かす。

 前に。強く。しっかりと。確かな歩みを。


「オラあァ!」


 結乃と明日また会えるとしても、僕は自分がここで駆け出していないと顔を合わせられない。

 合わせる顔がない状態になってしまう。

 カッコつけたものの、実際はそんな理由によって足を駆け出した僕の刀の一撃。


「────!」


 遺言さんは僕がまだ動けるとは思っていなかったのか不意はつけた……けど、まあ不意をつけたぐらいでは遺言さんに攻撃は入らない。


 遺言さんは僕の一矢報いた攻撃を、目で追えないぐらいの速さで横に拳を振り、吹き飛ばした。


「────遺言は書き終わったのか? 椴松」


「いいえまだです。しかしそれは結乃を──幸せに出来てから、検討させていただきます。遺言さん」


 ただの強がりだけど、まあ強がるのはただだよな。


 *


 遺言さんは僕の腕を掴み、壁に投げつける。

 壁は僕が衝突したせいで所々壊れたが、特殊な壁なのだろう。

 すぐに修復された。


 壁のように自動回復は出来ない僕は「どうやったら勝てるんだよ……」と崩れ落ちる。

 壁とは違く、崩れ落ちた。


 まあ崩壊とかしたわけじゃないし、崩れ落ちたという漢字の使い所間違えてると思うが……ん?

 いやいいのか?


 雰囲気で使っちゃったけど。

 まあどっちでもいいか。

 ボッコボコにされた僕はもう立ち上がれなさそうだ。


 因みに結乃さんは二分前ぐらいに、遺言さんに殴られて気絶してしまいました──ってそんな巫山戯ふざけたた様な雰囲気で言っていいことじゃないな。


 恐らく僕の意識も飛んで、気絶してしまいそうだ……だけど……僕は立ち上がる。

 最後の抵抗みたいなものだ。


 「うぅ」と悲痛に声が漏れながらも立ち上がる──が、いつの間にか僕の顎元には拳が迫ってきていた。


「────面倒」


「えっ……──?」


 完全にクリティカルヒットを食らった僕も結乃と共に気絶した。

 抵抗も虚しく。


 *


 氷を造り、氷を砕くフード付きコートを着ている少女──『戯言』。


 光に覆われた光に愛された少女──『巧言』。


 宣言通り身体を強化させられる少年──『遺言』。


 こうして三人との練習は終わった。


 所々というか、だいぶ身体に傷が出来てしまった。

 まあまだ戦闘経験が少ない僕はこんなものが順当だろう。


 逆に一勝した自分を褒め称えるべきなのではないだろうか。

 師匠のお助けの一言のおかげではあるが、ちょっとぐらいは……良いだろう。


 頑張ったんだし。


 悪い所とか、至らぬ点とか、実力不足な所はあったが、先刻申しあげた通りこれが順当だ。


 今日の結果に、練習に満足はしてはいけないが、納得はしていいはずだ。


「お疲れな、『観測的希望』」


 練習場の壁に寄りかかっていた僕に近付いてきた、話しかけてきた師匠。

 師匠の後ろには結乃や今日練習に付き合ってくれた三人がいた。


「あ〜……はい。ありがとうございます」


「なんだ、どうかしたのか?」


「いえ、なんていうか……」


「君の話なんてどうでもいいよ。それより師匠。早く本題を言ってください。練習終わったら、解散なはずですよね?」


 僕の話に割り込んできたのは戯言さんだった。

 どうやら師匠に何か言われて、解散手前で集められたのだろう。


 そして師匠は答えたし、応えた。

 口を開き、不気味に笑いながら。


「ああ、そうだな。それはここにいる椴松……椴松 竜二、そしてコードネーム『希望的観測』は私達のチームに配属されることになった──ということを伝えたかったのだ」


 そしてこれは決定事項だ──と師匠。


 *


 そしてそこからの皆の反応は人それぞれだった。


 「は?」の人もいれば、「まあだろうな」の人もいた。


 戯言さんと遺言さんは「まあだろうな」。


 巧言さん、そして結乃は「は?」だった。

 てか結乃も「は?」なのかよ。


「いやそんなにおかしいことではないだろう。わざわざこの練習場に連れてきて、練習をさせた奴が同じチームじゃないわけないだろう。同じチームでもない奴を成長させようと努力したり、時間をかけたりするのは割に合わない」


 師匠は皆に説明するかのように皆の目を順に見ていき、皆がどう思ってるのかを探った。


「まあ決定事項だからな。お前らの意見は問うてないし、聞く気もない。伝えたかっただけだし、もう帰っていいぞ」


 師匠に聞きたいことが沢山あったが、僕と結乃は今日は帰宅することにした。

 疲れもあるし、さっさと家に帰りたいという感情が出ていたから。


 帰り道、僕達は共に歩く。

 すっかり世界は夜世界。

 夏特有の暑さは感じるが、昼間に比べたまだ大丈夫だ。

 大丈夫なぐらい。

 ツラい程ではない。


 結乃は平然とスタスタと歩き、僕はその横に並ぶ感じで歩く。


 師匠に聞きたいこと、僕は帰りを共にする結乃に聞いてしまおうと思った。

 なんていうか僕が知らないだけで基本的な事だと思うから。


「なあ結乃。聞きたいことがあるんだが」


 と結乃の方を向くと、結乃は頷く。

 よしじゃあ聞くか。


「なんとなく想像出来るが、そのチームってなんだ? そもそも反国家組織にそういうのがあるなんて聞いたことないんだが……」


 僕の質問を聞いた結乃は「え?」とでも言いたそうな眼をしていた。


「そ、そんなことも知らなかったんですか?」


 哀れみが混ざってそうな顔をする結乃。


「いや知らないというか聞かされなかったんだよ! 存在する知らなかったわ!」


「成程……そんな扱いを受けてるんですね……椴松さん」


「哀れむな! 哀れみの目で僕を見るのはやめてくれ!」


「まあまあ兎にも角にも説明しますよ」


「はあ、そうしてくれると助かる」


 結乃は僕の隣で歩いていたが、たんたんっと前に進み、僕の前を歩き始める。


「まず私達は反国家組織という組織に所属しています。この組織には椴松さんが今日知った通り『チーム』があるのです。しかしこれは部署みたいな感じではないのです。チームを簡単に言うと──『決められた偉い人が自分に最適な人物だけを集めた物』です。因みにその『物』と『全体』が上手く連携し、崩壊しないように的確に運営する『全体図』というチームがあったりもします」


 そしてですね──と結乃。


「その『決められた偉い人』が私達の師匠なんですよ。で師匠は貴方を入れた──と。こんなもんですかね。『チーム』の説明は。分かりましたか?」


 僕に自分の説明が理解出来たか問うてくる結乃。


 そして僕は結乃の適切な説明に僕は頷いた。


「おう、分かったよ。結乃の説明分かりやすかったよ」


 僕の言葉に微笑む結乃。

 結乃は説明が終えたことを意味するかのように、僕の隣に来てまた歩き始めた。

 あ、でも──と僕。

 そういえばもう一つ聞きたいことがあったのだった。


「今日練習に付き合ってくれた三人も僕の仲間というかチーム……チームメイト? なんだよな?」


「はい、そうですが? それが何か?」


「いや今日会って、話して、練習に付き合ってもらった三人、あの人達って僕が言うのもなんだが変な人達過ぎないか?」


 僕の言葉を聞いた結乃は少女らしく小さくふふっと笑う。


「それを椴松さんが言うのも確かに変ですね……だけど皆さん多少癖がある人達ではありますが、悪い人ではありませんし、面白い人達ですよ」


 結乃は自分のスマホを取り出し、僕に見せてくる。

 僕はそれを受け取り、とある画面が表示されていたのでそれを見る。

 そしてそれを見て「ぶはっ」と僕は吹いてしまった。


 だって画面にはRINEの遺言さんとのトーク画面が表示されているのだが、あの遺言さんが顔文字などを使っている……これには笑わないようにするのは不可能というやつだ。


 しかも遺言さん、現実だと言葉少ないのにRINEでは長いっ……はは……はははこりゃあ駄目だ。

 面白過ぎる。

 つい声を出して笑ってしまった。


「はあ、はぁ、な、成程な。結乃。確かにこの人は──悪い人じゃなさそうだ……」


「ですよね、分かってもらえましたか?」

「ああ、身に染みて分かったぜ」


「というかこの際、三人と『友達』になってしまえばどうですか? 椴松さんが良ければ私が椴松さんに紹介しますよ?」


 結乃は小さく笑い、僕に問いかけてくる。

 三人ってのは『戯言』さん、『巧言』さん、『遺言』さんのことだよな。


 もし友達になれれば、今日RINEの友達が四人も増えることになるのか!

 凄いぞ、それは。


 夏休み前までは父親、塩竈、赤倉の三人しかいなかったというのに……今日だけでその数を越すなんて……!


 快挙で最高だ。


 僕は満面の笑みで結乃に言う。


「なりたい、いいやならせてくれ! 友達に!」


 なれないと死んでしまうだろう! ──と僕。


「…………なんていうか必死過ぎて怖いというか、可哀想という感じに見えてしまいますよ…?」


「うるさいな! 僕は前から友達を作らない様にしてたからいないんだよ! だから仕方ないことなんだ!」


「はいはい、言い訳は分かりましたから……とりあえず招待しますね」


「ああ、助かる……! ありがとうなあ……結乃」


 僕は友達欄に九人(結乃と師匠を合わせて)もいることに喜び、思いっ切り拳を上に挙げながら、ジャンプをした。


 この時、僕は知らなかったのだ。


 今、追加出来た三人は「仮友達」で、相手が友達追加を許可してくれなければまた七人になってしまうという可能性が残っていることを──。

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