彼女が笑っている明日 第五話


 巧言さんの能力は結乃の十センチ程度の人型の光を操る能力『光郷人こうきょうじん』と似ている部類だと思う。


 結乃は元から持ち合わせている人型の光を変形させて操る能力だが、巧言さんは光源から光を吸収し、それを変形させて操る能力だ(見た感じだから確証はない)。


 巧言さんは通路を照らす照明達の光を吸収し、それを二メートルの剣に変形させた。

 光が吸収された通路は、一気にその吸収された分だけ薄暗くなる。


 通路が暗くなり、巧言さんの周りだけが明るくなる。


「輝きを放つよぞ──光を失った儚い弱者にへと」


 僕は察した──これを喰らったら確実に死ぬと。

 だから僕は立ち上がり、戯言さんから目を離し、十字路の巧言さんがいない方向に走り出した。

 宛もなく逃げ始めた。


「光は余の為にある」


「くそぉっ!」


 どこまで逃げればいい?

 あの攻撃を食らったらどうなる?

 どうやって追い付いてくる?

 どうすれば勝てる?

 分からないし、思い付かない。

 とにかく分かることは、あの能力はやばいということだ。


 一旦相手の行動を見るのもありだが、そんなことをしていたら、そのまま負けてしまうだろう。

 それ程に力量差はあるはずだ。

 巧言さんのあの余裕から見たら、それは一目瞭然だ。


 巧言さんがいない方向に走ってきて、結構走ったが、巧言さんは一向に来ない。

 追い付いてこない。

 見えない。

 基本的に背後を見ながら走ってきたが、一度僕は前を向いた──前を向いたらそこにはいた。


「ハハ」


 余はここぞ──と微笑んでいる巧言さんが前に立ち塞がっている。

 いつの間に……?! と考える暇も無く、巧言さんは僕に光の剣を斜め上から振るう。


 しかし僕はそれを思い切って頭を下げて避けてみたら、案外綺麗に避けれたので、その姿勢のまま巧言さんの脇腹を勢い良く蹴った。


「グガァアア!!!」


 蹴ってみたら三メートル程後方に飛び、そして叫び声をあげる巧言さん。

 これは意外と良い蹴りだったのではないのだろうか?

 巧言さんもなんか予想以上に痛そうにしてるし。


「どうですか?! 巧言さん!」


「痛ぁいぁがぁ……!!」


「え……?」


 今日何回目かの「え?」だが、それもこれもこの意味分からない状況とメンバーのせいだ……頭が痛くなってくる……。

 どんだけ痛がってるんだ……? この人。


 *


 というかなんだこれ……なんでこの人、こんなに痛がってるって……え?

 もしかして結構ダメージ喰らってるのか?

 僕なんかの蹴りで……?


 巧言さんはあの態度、表情をしていた人間がやっていいのか分からないぐらいに痛みに悲鳴をあげている。


 アアアアアアアア? アアッ! アアアアアアアア──アアアアアアッッッ──アアアアアア!!! と痛みを顕にしている巧言さん。


 とりあえず僕は拳を上に挙げた。

 これは勝ちでいいと思ったからだ。誇っていいと──が次の瞬間、「アアアッッッ!」は痛みではなく、怒りの叫びになっていた。


 巧言さんは立ち上がり、光の剣を僕の身体に貫こうとしてくる。

 クソっ!

 油断なんてするものじゃないな、本当に。


「アアアアクソガクソガ────クソガ!!!!」


 僕はこれをまともに喰らったら死ぬのは確実だな、と思って焦りながら地面に転がり、仰向けになり、怒りに狂った巧言さんの光の剣を受け止めた。

 刀で受け止める。

 師匠から貰った呪術の文字式で強化してある刀──こいつは僕の心配事だった「能力で作られている光の剣を受け止めようとしても、刀に当たることなく、そして止められることなく斬られる」を無事に解決してくれた。


 流石は師匠からの貰い物と言うべきだな。


 呪術の文字式が刀ですら強化出来るのは驚いたが、僕自体、呪術の文字式という物がどういった物なのか全く把握出来ていないから、何が来ても「こういう物」と思うしかない。

 まあいい。

 とりあえずこの絶体絶命な状況を何とかしなければ……下手したらこの刀も折れてしまうかもだし……。


 僕は腕は光の剣を受け止めることにだけ集中させながら、思いっ切り巧言さんの脇腹をもう一度蹴った。


 先刻同様──綺麗に飛んでいく巧言さん。


 この人、体術というか基本的には強くないのか? と思ったが、油断は禁物であり、大敵なので僕は一回巧言さんから距離を置く。


 巧言さんの動きを見るんだ。

 冷静に、しっかりと。

 巧言さんは立ち上がり、僕を見る。

 睨みつけてくる。


「痛い……痛い……痛い痛い憎い憎い憎い──憎憎憎憎悪! 光よ──我が剣に変化せよ!」


 上に挙げた光の剣は更に大きくなった。

 大きく光を放っている。

 完全に通路は真っ暗だ。光源にはもう光が存在していない。

 巧言さんが光の主となったのだろう。


 二メートルぐらいだった光の剣は、三メートル程度になっている。

 もう普通に振っただけで、壁などには傷を残せるぐらいの大きさだ。


 二メートルの時でも避けるのが精一杯だったのに、こんなに大きくなっては避けられない。

 一メートル大きくなった。

 つまりは大股で一歩分だし、馬鹿にならない。


「おい、どうすんだ……これ……」


 とぼやいたその時だった。


「おーーい椴松ーー」


 声が通路のどこかから、いいや多分後ろから響いてきた。

 重々しいでは足りない重が二つの重重しい声が。

 ハスキーのように低い声──そう師匠の声だ。

 そして師匠は僕に告げてくる。


「よく考えろ、巧言の源をな!」


 その言葉を聞き終わる前に僕は走り出していた。


 師匠の発言からある事に気が付いたというか、ある作戦を思い付いたからである。

 察しの良い人はもう分かったかもしれないな──僕が走り出した理由わけを。


 そうそれは、通路を元々照らしていた電気達のスイッチを探すために、そしてそれをオフにするためにである。


 *


 巧言さんの源。

 能力の源。

 それは周りの光だ。

 周りの光を自分の物にし、それを武器として使う巧言さんの能力──ここまで言えば全て理解出来るだろう。


 師匠が言っていた発言は、発言であり、助言だったのだ。

 周りは真っ暗だが、僕にとって光の一筋が見えてきた。


 僕は走り出していた。

 師匠の声が聞こえた後ろの方に走り出していた。

 一筋の光は見えたが、肝心の電源のスイッチがどこにあるか分からないからだ。

 こうなったらどこまでも行って、走って探すしかない。

 まず手始めに師匠の方からという訳である。


 その度に巧言さんは追い付いてくるだろうが、それはもうなんとかして避けるしかないよなあ……。

 正直これ以上良い案なんて振ってくるわけないし。

 二筋の光はそうそう見えるものでもない。


 しかしどうだ。

 後ろに走ってみたら、師匠は案外近くにいた。

 暗闇に潜んでいたのか、と思ってしまいそうな程に近くにいて、彼女の姿がすぐに見えた時は多少驚いてしまった。


 しかも彼女の隣には、なんと壁に付いている電源のスイッチがあった。

 僕なんて幸運なのだろうか。

 あれで照明をオフにさえしてしまえば僕が勝つ確率が増えるはずだ。


 唐突に、なんでここまで自分は頑張っているのだろう、と自分ながらに思ってしまったが、それは現時点の僕が結乃の役に立っていないからだろう。

 相棒の役に立てないのは嫌だ。嫌過ぎる。男として情けないし、普通に生きることを諦めた僕なのだから、必死に生きてやらなければならないはずである──。


「行かすと思えるのか? 光が刺せば、影が存在するこの世界で、私は勝利者である。そなたの様に薄汚い影で縫われた人間は私が下落した世界に墜してみせよう」


 つまりそなたがここを通ることは不可である──と巧言さん。

 僕の前に立ちはだかる。

 怒りで僕の前に立つ巧言さんは聳え立つ壁のように見えた。


 僕はその言葉を聞いて、思い出したくもない僕の辛くて苦しい過去を思い出した。

 好きだった彼女のことを鮮明に思い出した。人生の欠落である悲痛に身体が怯える。


 あぁ──いいさ。


 下落した世界?

 墜してみせよう?

 なんだそれ──僕はもうとっくに下落していて、

 もう最下層だ。

 つまり大丈夫である。

 これ以上墜ちることはないのだから。

 そう思うと逆に安心だな。

 彼女で安心してしまっているなんて……後で彼女には謝らなきゃな。


 罪と罰。

 光が闇を作りだす。

 それと同じく、希望が連れてくるのは絶望だ。


「薄汚い影で貴方を飲み込んでみせます。僕だけの、日陰者だけの希望を見せてやります! ──巧言さん」


 僕は戯言を指差し、強く自分にも、巧言さんにも宣言してやった。


 僕は逃げていたが、今度は巧言さんに向かって走り出した。

 刀の柄を強く握る。


「行きます、巧言さん!」


 足を前に踏み始めた僕に、巧言さんは光の剣を振り翳す。

 僕はそんな彼女に向かって、迷いも無く刀を横回転で投げた。


 巧言さんと僕の距離は二メートルあるかないか──呪術の文字式により強化した身体ならだいぶ速く投げられていると思う。

 僕のやった行為の名は「不意打ち」だ。

 有り体に言うと、欺き。


「──っ!」


 不意打ちに驚く彼女。

 そして巧言さんはなんとか僕が投げた刀を撃ち落とす。

 つまり彼女の宣言通り下に墜したのだ。


 しかしその間にも巧言さんの横を通っている僕は墜せていない──電源のスイッチまでの距離は約五メートル少々。これは行ける──確信だ。


「届け──届いてくれ!!」


 前に出した右手。

 この手は初恋の彼女に届かなかった手だ。


 *


「私のヒントの意味に気付き、照明の電源をオフに出来た」


 これは椴松の勝利だろうな──と壁に寄りかかりながら言う師匠。

 師匠は照明をオンにした。


「光の剣が封じられたこの状況で、巧言が椴松に勝つというのは、ほぼ不可能に近い」


 師匠の言葉。

 ジャッジメント。

 それに納得出来なかったのか巧言さんは反論を唱える。


「師匠! そなたがそう判断するのは早計である。何故なら──」



「基本能力が強いわけじゃねぇだろうが、てめぇは。いつも己の殻の中に閉じ籠っているお前が、いつも前を向くことに必死の椴松に勝てるわけないだろう。いつも希望を見ようとしている椴松に勝てるわけないだろう。まだ戯言、遺言は勝てるだろうが、お前はどう展開が転んでもこうなっていたぞ。断言しよう。お前はあの二人と違って、今の自分に満足してしまっている。それが駄目なんだ。前を向こうとしろ。精進しろ」


 そして師匠は舌打ち混じりにこう告げる。


「──あまり調子に乗るなよ、餓鬼が」


「っ……」


「消えな。椴松の練習が終わる頃に帰ってこい」


 キツく、厳しい言葉を巧言さんの心に突き刺す師匠。

 巧言さんは舌打ちしながら、師匠の命令通りどこかへ行ってしまった。


 まああれだけ強く言う時よくあるからね、師匠は。

 僕はビシッと言ってくれるから嫌いじゃないけども……巧言さんもそれが好きだとは限らないよな。


 彼女が消えてから、僕の方を向いて、師匠が僕に告げてくる。


「そして椴松、お前のコードネームが決定した」


「え!? 遂にですか!」


 私の独断と偏見で決定したがな、と師匠はニヤニヤと僕を嗤いながら言ってくる──僕のコードネームを。


「枯れた地に水をやりそうな、知らない人でも助けそうな、どんな絶望的な状況でも前を向きそうな、そんなお人好しなお前のコードネームは──『希望的観測』だ」


 暗くなった通路のど真ん中で、先程まで絶望的状況で、心が爆破しかけていた僕のコードネームが──希望的観測?


 水をあげても花を枯らしそうな、人を助けようとしたら挫けて逆に助けてもらっている、前を向くどころかただ曖昧にして、迷走している僕のコードネームが本当にそれでいいのか?


 いや流石に良くないよな。コードネームっていうのはその人の特徴を表し、その人の第二の顔みたいなものなはずなのだ。

 そのはず……なのになんで。


 そんな大きな名前を僕みたいなやつが持っていたら、その言葉が詭弁きべんにカテゴライズされてしまうだろう。

 それは許されないと僕は思う。


 これはどうすればいいのか……迷うな。


「師匠、流石にそれはないのでは……?」


 怖い師匠に反論するのは気が引けるというより、純粋に怖いが僕はこう言った。


「あ? 何故だ」


「えっと……僕にそんな大層な名前は荷が重いと言いますか……なんて言うんでしょ、簡潔に言うと僕には似合わないと思うからです。本当にぴったりの人が現れた際に僕という存在が邪魔になってしまうじゃ──」


 僕の言葉をはぁ、と溜息で遮る師匠。

 溜息を吐き出した口から、今度は言葉を出し始めた。


「私の名前は飯野 雪花。コードネームは──『真理』。どうだ? 似合わないだろう?」


 こんなものだよ──と天井を仰ぎながら、微笑む師匠の顔は何故か悲しげだ。


「このコードネームは受け継いだ物なんだ。私の師匠からな──師匠には似合っていた。だけど私には似合っていない。それは私が未だにこの世の結末的真理を見れていない、知らないからだと思うんだ」


「な、成程──」


「けどこれでいいんだ。確かに私には荷が重いが、私の目指す終結はこの名前コードネームが全てだからだ。これでいいというより、これがいいんだ。今の私には似合っていないこの名前コードネーム、お前には似合っていないかもしれない『希望的観測』という名前コードネーム、いつか似合うようになればいいんじゃないか? お前はそんな奴になれると私は思っている」


 と師匠は言いながら、僕に近付き、僕の頭をガシガシと強く撫でた。

 「いてて」と僕は言ってしまったが、その分迷いが消えた気がした。


「いつか自分を肯定しろ──椴松」


「……分かりました。師匠」


 この時の己の選択が合っているかなんか知らないし、現時点で知る由もない。だからこれで良いと思った。


 師匠みたくいつか自分もそうなれるように、みたいな気持ちをしっかりと持っていれば、それは重みというより自分の中の励みになれる気がするから。


 だから僕は言葉を紡ぐ。


「やらせてください、荷を背負わせてください。『希望的観測』という名を僕に──背負わせてください!」


「ハハ、それでいい。やっぱり無理にでも前を向こうとしてるお前はお前らしいよ」


 低い声で笑った後、師匠は僕の胸倉を掴み、通路から練習場まで僕を投げた。


「なぜなぜなぜなぜぇ……うが……」


 なんだ今の口調は……。良い雰囲気だったのに急に野暮なことをされてからだろうか──いやそうだな。

 そうに決まっている。

 あの雰囲気で人を投げる人なんて有り得ない。

 なんで練習場に投げられたかは理解出来てるけども。


 僕は僕を投げてきた師匠の方を見てみる。


 なんと師匠は笑ってた。

 純粋に。

 明るい笑顔で……いつもは真っ黒に染ったかのような笑顔しか見せてくれないから、本当に新鮮だ。

 これは記憶に残さなくては。


「さあ勝ってこい! 『希望的観測』!」


 笑顔な師匠に僕は笑顔で返した。


「はい! 見ててください、師匠!」


「────結末」


 僕の背中の方向から声が聞こえてきたか

振り返る。

 今日最後の練習相手である遺言さんがいた──いや遺言さんだけではない。

 なんとそこには結乃がいた。

 いつも通り怪訝な表情をしながら立っていた。


 まさか僕の今日最後の練習相手には、結乃がいるのか──?

 

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