彼女が笑っている明日 第三話

 望々に「悪魔くんちゃんさんは追い払ったり、退治しない」とだけ伝えて、僕は帰った。


 考え事をしたいってのもあったが、望々の前でどんな顔をすれば良いのか、どうすればいいのか分からないからってのもある。


 気不味いと言いますか……まあとりあえずその日は帰った。

 僕の選択肢は合っているのだろうか──分からない。

 悪魔くんちゃんさんの事や望々の事。


 日が沈んでいる道を僕は歩く。

 曖昧な気持ちという荷物を沢山持ちながら歩く──はあ、なんというか僕、いつも有耶無耶で曖昧な気持ちを持ち歩いてるな。

 それを誤魔化しながら歩いてる。

 これは天性かもしれない。

 もしや武者修行でもした方がいいのだろうか?

 ……いいやしたくないな。

 逆に持ちたくないし、どうにかしたい所存だ。

 クソ……考えれば考えるほどこの先どうすればいいのか迷う。


 現在、僕は先延ばしにしてるだけなんだ。

 結論をつけたように見せかけて、ただ曖昧な状況にしてるだけだ。

 正解は確実にしていないだろうしな。

 ──なんていうかもう逃げているだけなんだ。僕は。


 優しい奴なんだな──と悪魔くんちゃんさんは僕に言ってくれた。

 だけどそんなことはないと思う。

 僕は状況を嫌に変えたくなくて、変にしたくなくて先延ばしをしたいだけなんだ。


「はあ……もう分からない──どうすれば」


 僕がそう呟いた瞬間誰かから電話が来た。

 特徴的な重低音。

 スマホの液晶画面を見てみると、そこには一人の名前があった。

 「水瀬 結乃」と表示されている。


 それは華奢な細身の体躯で、怪訝な雰囲気で青色の瞳をしている水色の髪の少女の名前だ。反国家組織の僕の相棒だ。


「もしもし。椴松だけど、結乃──どうしたんだ?」


 今日は任務の日でもないし……うーん、もしかして料理を作りに来いって話か?


「椴松さん…………んん? 椴松さん逆にどうしたんですか? 何か困り事でも? 声に元気が無い感じですが……何かありましたか?」


「え?」


 結乃が僕が有耶無耶な気持ちになっていることに気付いたのかそう言ってくる。


「いや、いやいやいやなんでもないよ。結乃が電話をかけてくれて嬉しいってこと以外は特に何も」


 また僕は状況を壊したくなくて、嘘をついた。

 何が起きるか分からなくて怖いから。

 というか結乃が僕の変化に気付いてくれるなんて……なんか……そうだな。

 言葉を濁さずに言うと、純粋に嬉しい。


「はあ分かりました。もうなんでもいいです……そして椴松さん。その様子では今日の事を忘れているらしいですね」


 結乃の深い溜息。

 何かを諦めたって事が電話越しにも伝わってくる。

 それと今、怪訝な雰囲気の瞳をしてるんだろうなあってことも。


「え、今日何かあったか?」


「今日は師匠に呼ばれている日ですよ。一時間後約束の時間ですけど、電話しておいて良かったです。すっぽかしたら師匠──怖いですよ」


「うわぁ……それは怖すぎる──はぁ助かったよ。ありがとう」


 師匠が怒っている姿を想像しただけで死にそうになる。

 それ程に師匠は怒らせなくても怖い人だ。

 あんな人を怒らせたらどうなるか……うん、怖い。

 それだけはやってはいけない。

 駄目だ。

 僕は大きく息を吸い込んでから、結乃に言う。


「今から走って行くから時間には間に合うはずだから、安心しといてくれ」


「分かりました。待ってます」


「本当にありがとう」


 僕は結乃のどういたしましてです、という言葉を聴いてから電話を切った。

 時計見てみる。

 あと五十五分ぐらいか。

よし、間に合う。走って行こう。


 *


 時間になんとか間に合っての六時手前。五分前。


 僕はとある場所(反国家組織に所属している人達以外は知らない)にある反国家組織の練習場に来ていた。

 広さは測定不能──横が壮大に広く、遠くまで見渡せてしまう程だ。

 こんなの人の手では測れないだろう。


 コンクリートの様な何かを打ち込んだ練習場が大き過ぎて見る度に思う──「こんなに広くて、誰が使い切るのだろう」と。

 毎回そんなことを思ってしまう。


 そして何故か練習場のはずなのに、新品同様のように光り輝いているし、傷も無い……練習場なのにそんなこと有り得るのか? と思ってしまったが、まあ純粋に新築なのかもしれないしな。

 汚れてるよりは断然良い。

 気にしないでいい。


 そんな綺麗で広い練習場の中央には五人の男女が立っていた。


 華奢な細身の体躯で、怪訝な雰囲気で青色の瞳をしている水色の髪の少女。

 そして着ている服装は、ワイシャツの上に、黒をベースとし、二本の白色の線が引かれているワンピース。

 そしてワンピースと同じ柄のようなタイツ。

 隠さずに出している猫耳が一番目立つ。

 学校の制服などとは違う、任務時の服装──反国家組織での僕の相棒、水瀬 結乃が溜息を零しながら立っている。


 赤のグラデーションがかかっている黒髪、三白眼。

 重々しいだけでは足りず、重が二つの重重しい声、そして万年スーツ姿の反国家組織の上司──飯野 雪花がイライラとしている様子で立っている。


 この二人は知っている顔ではあるが、二人の前に立っている三人には見覚えがない……。

 いやまずこの三人とは初対面というものだろうし、それもそうか。

 当たり前か。


「ギリギリだな。竜二──未だコードネームを持ち合わせていない奴のクセに」


 部下に「師匠」と呼ばせたがる上司──飯野 雪花こと師匠は挨拶代わりとして僕をとりあえず揶揄からかってくる。


「すみません……ちょっと用事がありまして遅れてしまいました」


 僕がペコッと頭を下げると、師匠の前に立っている見るからに痩せていて、筋肉がついてる──細マッチョという言葉で形成された様な少年が僕に言う。


「────許す」


 それだけを僕に言ってきた。

 短髪の白髪を横に振りながら、首を横に振りながら言ってきた。

 十八歳ぐらいの少年は笑いもせず、悲しみもせず、怒りもせず、ただただ無表情でボソッとそう言ってきた。


「戯言だね。君の言葉は……惨めだね──最低だね」


 その少年の右横に立っている深く青色のフード付きコートを着ている少年? 少女? が僕にそう告げてくる。


 声だけ聴くと少女って感じだし、深く被っているフードから出ている赤色の毛も胸元まで来ていてだいぶ長いし、この人はとりあえず少女ってことでいいか。


「君はいつまでも状況に戯言という駄目な魔法を掛けて、平穏を装っているのだろうね。惨めだね。惨めすぎて、可哀想だ」


 シニカルな笑顔。

 口元をニヤニヤとしながら彼女はそんなことを言ってくるため、何か師匠と同じ気配を彼女から感じて、僕は「はは、すみません」と愛想笑いをして会話を終わらせた。


 いやまあこの人の言ってることは正しい。

 僕はいつも戯言に身を隠しているのだ。

 平穏を装うために……。

 だから、だから僕は──愛想笑いしか出来ないのだろう。

 いつもの僕ならツッコミをしてしていたはずだからな。


「大丈夫。美しい、そなたは。惨めだなんて、醜いなんて、汚らしいなんて、屑みたいだなんて誰も思っていない。安心したまえ」


「いや惨め以外誰も言ってなかったですよね!! 貴方が勝手に思っただけじゃないですよね!?」


「──はかなくて、果敢はかない、まるで一種の幻覚のような人生のそなたなのだから、ダイヤモンドみたくきらびやかに生きてれば良いのぞ」


「おいあの、無視しないでくれません?」


 完全に我がペースって感じの十八歳ぐらいの赤髪の少女。

 耳が普通の人間とは違く、横に長い。

 ゲームとかのエルフみたいな感じ。


 身長は百六十センチ超えたぐらいで、彼女は僕に向けて、薄ら笑いをしてくる。


 不気味な雰囲気である──だけどツッコミをいつの間にかしてしまっていたし、さっきの少女よりはまだ関わりやすいな。

 なんていうか接しやすい。


「ハハ愉快ゆえつ愉楽ゆらく、本当にそなたは面白い。余を如何程いかほど──愉悦ゆえつに浸らせてくれるか愉しみである」


「おいおい『巧言こうげん』。あまり竜二を揶揄やゆするな」


「仕方ないではないか。久々の出逢いなのだからな。新しい出逢いというのは悦ばしい事だ……」


 巧言……恐らくふぅっと溜息を吐く彼女のコードネームだろう。


 反国家組織に所属している人達は普通、皆一つずつコードネームを持っているのだ。

 師匠が言った通り、僕はまだ入ったばっかりだし、そもそも僕に個性という個性が無いため、今の所僕にはコードネームが無いのだ。


 巧言な発言ばかりしているから、彼女のコードネームは『巧言』となっているのだろうしな。


 僕もそういう癖のある口調をすれば良いのだろうか……いやいいや。

 そんなの面倒くさいし。


 そもそも彼女達の口調も癖として身に染みているものであって、後付けしたものではないだろうしな。

 コードネーム欲しさに癖を持つのは違うよな。駄目だよな。

 流石に。


「そんなことやってるから、話が進まないんだ」


 師匠の身長は僕と同じ百七十センチぐらいだ。

 女性にしては高身長な師匠は、巧言さんを掴んで持ち上げる。

 煩いから黙せるためだろう。

 「おいやめたまえ」と巧言さんはわめくが、師匠はガン無視だ。


 ツッコミしなくて良くなるから助かるけど、そもそもとしてこの状況の意味があまり分かっていない僕としては、そんな対処をしてくれた所であまり変わらない。

 とりあえず一つ質問させてもらおう。


「師匠は一つだけ聞いていいですか?」


「なんだ?」


 簡潔に言う師匠に僕は問う。


「その巧言さんや他の二人は誰ですか……まるで僕のことを待っていたかの様にしていましたが」


 僕の問いに師匠はまた軽く答えた。

 逆になんで分からないんだ? とでも言いたげな感じで軽く、当たり前かのように。


「お前の練習に付き合うメンバーだ、こいつらは。竜二──今日は練習場で集合だったよな。つまりここで練習等をするはずだ。練習には練習相手という存在が必要だよな?」


 必要不可欠だよな──と師匠。

 んん、練習?

 何のだろう──と僕はそんな腑抜けたことを思った。

 これから危険な練習が始まるとも知らずに。

 生存訓練サバイバルみたいな地獄が──。


 *

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