彼女が笑っている明日 第二話
夏の終わり、それは虚しいものだ。
虚しくて虚しくて少し悲しくなる。
心身共に寒くなる。
だけど僕の夏はまだまだ終わらないらしい。この恋が僕の夏を紡ぐ。
*
「分かった……分かったよ。じゃあとりあえず二人から意見というか話を聞こう。一人ずつだ。片方から話を聞いてる間、片方は聞いてる人の話を聞かないでおいてくれ。それは絶対だ。これだけは約束してくれ」
僕は二人を説得するようにしながら、言葉を続ける。
「望々の相談内容も、悪魔くんちゃんさんの意思も、これからも考えるためにさ。それに二人はそれぞれ秘密もあるだろうしな」
僕の意見に二人共同意してくれたのかコクっと頷いてくれる。
という訳で、僕は二人から話を聞き始めた。
外で聞くのはどうかと思ったので、迷った挙句、望々の部屋で一人ずつ聞くことになった。
部屋のあちこちを模索しないことが条件になってしまったが、まあ良いだろう。
聞く順番は多少迷ったが、望々から聞くことにした。
希望と生意気を唄う少女──唄坂 望々。
「では望々、色々と話を聞きたいけど、まずは前情報として何点か質問させてもらうな」
「はいっ、分かりました!」
唄坂 望々は元気よく、歯切れ良く返事をしてきた。
もう相談内容を言ってしまったからなのか、彼女は吹っ切れたご様子だった。
もうこの時点で、僕は今回相談に乗った価値があるな、と思えて、少し嬉しくなった。
「よし、じゃあテンポよくというかあまり脱線しないで行かせてもらうぜ。まずそもそもの話として、あの悪魔くんちゃんさんはいつ頃からここにいるんだ?」
「いつから……」
「いつからというより、いつ出会ったのかを聞きたい」
「今年の夏休み始まる間際って感じですかね」
夏休み始まる間際──それを聞くと僕はあることを思い出す。
それは結乃に危険な状況を助けられ、それにより僕は化け物を知り、反国家組織に入り、僕が結乃ととある約束をするまでの物語を思い出す。
僕の人生が変わった日のことを思い出す。
その頃、この目の前にいる望々も人生が変わっていたのか……なんかちょっと運命的なものを感じるな。
まあとりあえず話を続けよう。運命なんか感じてる場合じゃない。
「成程な。んじゃあ次は望々はなんで悪魔というか悪魔くんちゃんさんのことを家から追い出したり、追い払ったりしなかったんだ? 今は慣れたと思うけど、最初は怖かったんだろう?」
「それは悪魔くんちゃんが私に告白してくれただからです。『お前のことが好きだ。俺と付き合ってほしい』という悪魔らしくない感じで……それが嬉しかったと言いますか、そのせいで返せなくなったと言いますか、追い返せも出来なくなってしまい……うーーーん、色恋沙汰を伝えるのって恥ずかし難しいです!」
「あ……うん、確かにこの話は恥ずかしいなあ……。悪かったよ。じゃあ次の質問なんだけど、あの『悪魔くんちゃん』って名前はなんなんだ?」
呼びにくいし、ネーミングセンスは感じられないし、文字数は下手に多いし、やめて欲しいんだが──と僕。
僕の質問を聞いた望々はハハハ、と笑う。
腹を抱えて笑う。
「すみませんすみません。確かに初見の人はあの名前の意味が分からないですよね。あの名前の由来は悪魔くんちゃんにした質問なんですね。実は悪魔くんちゃんが私の前に現れて、告白をして、私はその返事をしないでちょっと待ってもらうことにしたんですよ」
「『答えは今じゃなくていいかな……?』っていう恋愛系でよく見るやつだな」
「そうそれですっ! 完璧な例えです!」
僕が望々の話を例えて表現したら、望々は僕の例えに指を指し、つまりは僕に指を指し、僕の例えを認めてくれる。
「嬉しい反応ありがとう──で、その続きはなんなんだ?」
僕は兎にも角にも望々の過去のお話というか、相談の前日談を聞きたくて、望々を急かす。
「はいはい。今言いますので、待ってください。せっかちさんはモテませんよー?」
まあどちらにしろ椴松先輩はモテてないでしょうけどね──と生意気な発言をしてから、望々は前日談を続けた。
僕は早く前日談が聞きたいがために、ツッコミを耐え忍んで、望々の話に耳を向けた。
「その私がした質問とは『性別ってどっちなんですか?』だったんです。私は悪魔くんちゃんに性別を問うたんですよ。そしたら悪魔くんちゃんは『俺に、というより悪魔という生物自体に性別なんていう概念は存在しない。だから俺はどちらでもないし、どっちとも言えない』と答えたんですよ。だからその時、私ピンと来たんですよ!」
私の頭にはピンと来ちゃったんですよ! と望々。
目を輝かせながら彼女は僕に言ってくる。
「じゃあ『くん』でもあり『ちゃん』でもあるじゃん! つまりは『くんちゃん』じゃん、と! そして彼の呼び方も固定したかったので、悪魔くんちゃんの名前を悪魔『くん』『ちゃん』という二つ、ダブルセットにしたんですよ! どうです! 椴松先輩、納得や理解をしてくれました!?」
僕は数秒間望々の天井を見つめた後、答えた。
「うん、微妙!」
「なんでですか!?」
と望々は正座の状態は崩さないで、机をバンバンと叩く。
「私、椴松先輩に悪魔くんちゃんの名前を告げた時、あこの人、『悪魔くんちゃん』ってネーミングセンスないな、と思ってるんだろうなあって!」
今も思ってますよね!? と望々は告げてくる。
「じゃあ次の質問なんだけど……」
「んおいっ! 椴松先輩っ!」
僕の言葉を掻き消す程の声を出しながら、望々はテーブルに乗りかかる感じで、僕に近付いてくる。
僕の顔を凝視してくる。
額と額がくっつきそうな程の接近に僕は驚く。
「うわ!」
「私の質問を無視しましたね!?」
十センチもない至近距離で話してくる中身は生意気だが、容姿は可愛い望々後輩。
その時、程よく潤っている薄ピンクの彼女の唇を見てしまい、口から出る吐息等を感じてしまい、僕は駄目な気持ちになる。
嫌マジで駄目だ。ここで変なことしたら、悪魔くんちゃんさんに呪いではなく、物理的に殺される。
そして結乃にも──と僕はその気持ち抑えながら、望々の両肩を掴み、僕との距離を無理矢理作った。
「とりあえず落ち着けって、僕が悪かった」
二度深呼吸をしてから、僕は言葉を続ける。
「僕は確かにネーミングセンス無いなあ、とは思っていたが、由来を聞いて普通に理解出来たし、納得もしてるぞ」
「そうですか! そうですよね!」
夏の終わり、向日葵の遅咲き──と表現してしまいたくなる程に彼女の顔から笑顔が咲き誇った。
というかそもそもの話、僕が悪魔くんちゃんさんの由来に納得や理解を出来なかったからって悪くはないだろう。
なんの支障もないだろう。
彼女は何故、こんなことにこんなにも怒ったのだろう。
──まあいいか、とりあえず次の質問だ。
「じゃあお互い納得出来た所で、次の質問だ」
僕は望々にそう言うと、望々がコクっと頷いてくれたため、僕は質問をする。
「ぶっちゃけ結論みたいなものなんだが、望々は悪魔くんちゃんさんのことをどう思っているんだ?」
「それはつまり?」
「今は追い払ってほしいのか? それとも悪魔くんちゃんさんの事が好きになっていて、付き合いたいのか? そのきっかけになるように手を貸して欲しいのか? 追い払うだけでは足りず、退治して欲しいのか?」
どうなんだ、望々──と僕。
望々は悩んだ。
それはそれは悩んだ。恐らく十分ぐらい悩んだ。
そして悩んだ末の答えはこれだった。彼女は俯きながら、自分の答えを言ってきた。
「ぶっちゃけで言わせてもらいますね……。私それが分からなくて、今回相談に乗ってもらっているのです……どうすれば良いのか分からなくて……どうするのが良いのかも、どうしたら良いのかも、どれが正解なのかも……」
「よぉし、分かった。望々」
僕は俯きながら、悩みながら質問に答えてくれた望々の頭を撫でる。
ポニーテールが壊れないように、極力優しく、そして出来るだけ安心して貰えるように撫でた。
「椴松 竜二先輩がなんとかその答えが分かるように、手伝うからさ──このモテなくて、キモイ先輩に任せとけって!」
確証なんて一つも無かった。
だけど僕はこの言葉を彼女に告げた。
僕らしい言葉だ。希望的観測をした僕の言葉だ。
「はい……すみません……」
「良いんだよ。とりあえずすみませんより、ありがとうが聞きたいぞ。先輩としては」
「すみっ……いえ、ありがとうございますっ! 椴松先輩!」
「ハッハッハ〜気にするな! まだ何も出来てないしな!」
僕が笑ってみせると、彼女は素直に告げてきた。可愛らしい笑顔を見せてくれた。
「それもそうですね!」
いやー酷い返しだ。
「あ、そういえば望々。RINE交換しないか?」
スマホ持ってるよな? と僕は望々に問う。
僕が持たされたのは高校入学時にだけどな。
この相談を解決するためには必要だと思っての行動である。
あと少ない連絡先が増えるのが多少嬉しいからってのもある。
これは仕方ない。
友達が少ないことに嘆いてる人間の性みたいなものだろうし……。
因みにRINEというのは、携帯を持っている人なら、大半の人が入れているメッセージアプリだ。
アプリ内で「友達」というものになっておけば、気軽に話せたり、通話が出来るお手軽アプリだ。
「ええ、いいですよ」
と望々は部屋の左側に設置してある人形が沢山乗っている勉強机から、スマホを取ってくる。
そして僕の隣に座ってくる。
ピンク色のスマホケースには可愛いクマのキャラクターのシールが貼ってある。
望々は取ってきたスマホの電源を入れる。
先程まで主電源を切っていたらしい。
何故なのだろうか。
そして付けた瞬間に沢山のRINEの通知が来る。
バイブ機能が働きまくって、震えが止まらない。
「へぇ、すげぇなお前。そんなに通知来てるなんて──お前まさかモッテモテか〜?」
基本的にRINEの通知には何十文字ぐらいかなんていうメッセージが送られてきたか分かるように表示される。
僕は彼女を茶化し、その彼女の携帯を少しだけ覗き込んだ時、その通知に表示されているメッセージを見てしまった。
そうしまった──見てしまったのだ。
つまりは良くないってことだ。
いや良いことしか書いてない通知だらけだったら、それは笑い冗談で済ませられると思うのだが、望々の場合はそうはいかなかった。
そんな誹謗中傷だらけだった。
誹謗中傷だらけで、見た僕の心すらも抉られるぐらいの。
だからこれを直接送られている本人は……どれ程……どれだけ傷付くのだろうか……僕如きには分からない。
望々はその画面を身動きせずにじっと見ていたが、僕が覗き込んでいることに気付いたのか、肩が跳ね上がる。
驚き顔で、肩だけではなく、全身が跳ね上がる。
「え! 椴松先輩今、私の通知欄見ました!?」
「あ、いや……──」
なんて答えればいい。なんて答えが正解なんだ?
いやそもそもグループで誰かが、望々以外の悪口を──ってそんな訳ないか。
唄坂なんて珍しい苗字が、そう近くに何人もいるはずないのだから。
これは現実逃避しているだけだ──じゃあ望々は……学校で────。
「椴松先輩見たんですか!?」
望々はまた僕に近付いてきて、問うてくる。
「いや、いやいや! 見えてない! 全くだ! 見ようとしたけど、全く見えなかった!」
僕は誤魔化してしまった。
有耶無耶にしてしまった。
僕の言葉を聞いた望々は安堵して、溜息を吐き出す。
またいつも通りの笑顔が咲き誇る。
「いやあそれは良かったです。駄目ですよ〜椴松先輩。女の子のRINE見ようとしちゃあ──もうえっちぃですねっ!」
「───ああ……すまない」
ハハハ、と笑う望々。
彼女の一番のチャームポイントを見せてくれる。
結局僕はこれ以上何も言えなかった。
彼女の問題に踏み込めなかった。
歩み寄れなかった。
*
二人目、悪魔くんちゃんさん。
人間に恋した踊りの悪魔──悪魔くんちゃん。
僕は悪魔と二人っきりになったことがなく(当たり前だ)、それ故にとても緊張している。
──ってか先程の望々の事が気になり過ぎて、悪魔くんちゃんさんとの会話にそもそも集中出来ていない。
緊張はしているが、緊張感のある会話等出来ていない……これは不味いな。
これじゃあ悪魔くんちゃんさんに悟られて、バレそうだ。
とりあえず僕は望々にした前提の質問と同じようなことを聞いた。
・出会った日にち。
・この家に住んでいる理由。
名前についてはどうでもいいので、聞かなかった。
そしてまあこの二点は正直分かりきっていた答えを言われただけだった。
日にちは望々とほぼ同じ事を言われた。
住んでいる理由は「好きだから当たり前だ」と……それだけ。
いやまあそうなんだけどね。
なんというか発言主が悪魔だから、考えが人間以外の基準だ……。
普通好きだからってだけで、一緒の家には住まないぞ。
同棲しない。
「はい。分かりました──じゃあ次の質問行っていいですか?」
「ああ」
簡潔的にしか喋らない悪魔くんちゃんさんとの会話は簡潔的で、淡々としている。
楽と言えば楽だが、緊張感が更に高まってしまう。
仕方ないか。
「えっと……悪魔くんちゃんさんはこれからどうしたいのですか? 望々とお付き合いしたいと仰ってましたが、もう少し具体的に……といいますか、お付き合いしたら、どうなるのかという──お付き合いした結果どうなりたいのかを聞きたいです」
「結果というか椴松、お前は『人間と悪魔の恋なんてしたところでどうなるんだ』って、つまりはそれを言いたいのだろう。付き合ったって結婚すら公式的に出来ないし、無意味じゃないのかと、つまりはそういうことだろう?」
だがな──と悪魔くんちゃんさん。
「俺は世界が認めてくれなくても、世界が俺を
これが悪魔くんちゃんさんの本音──か。
僕は確認として悪魔くんちゃんさんに当たり前のことを問う。
「──あの悪魔くんちゃんさん」
「なんだ?」
「追い払われたり、退治されたくないですよね? 彼女の元から離れたくないですよね?」
「当たり前だ。問わなくても分かるだろうが」
僕は両目を瞑り、両拳を握る。悪魔くんちゃんさんに僕の本心を伝える……と僕は決意した。
この本心を伝えることで結果がどうなるかなんて、どう変わるかなんて分からないが僕はこの気持ちを伝えたいのだ。
「僕もです! 悪魔くんちゃんさん! 僕も貴方のことを追い払ったり、退治したくないです! 出来るか出来ないの話は
置いといてですが!」
「──成程」
お前は優しい奴なんだな──と悪魔くんちゃんさん。
悪魔くんちゃんさんは天井を仰ぐかのように上を向く。
僕の本心を聞いた悪魔くんちゃんさんはこう言う。
「…………ではどうすればいい。退治されないためには。椴松」
僕は悪魔くんちゃんさんの事を両目を開けて見た。
これは悪魔くんちゃんさんに信用されたってことで良いのか?
喜んでいいのか?
そう感じ取れる……可愛い後輩に頼られている椴松先輩よ。
こんな好機見逃す訳にいかないな。
よし。
「そうですね……望々の事を傷付けたり、僕自身悪魔の専門分野ってのがよく分かっておらず、曖昧になってしまうのですが、誰かを呪ったり、危害を加えるのはとりあえずやめてください。あと望々の両親とか……知らない人等と下手に人と交流しなければ大丈夫だと思います」
「分かった。それを守っておけば最低限としては大丈夫なんだな?」
「はい、大丈夫だと思います」
僕の意見に二度頷く悪魔くんちゃんさん。
話が通じるタイプで良かった、と僕は思いながら溜息を吐き出す。
だが僕はその溜息をまた吸い込むことになる。
「成程……こんな風に親切に教えてもらえるとはな。『反国家組織』の椴松と出会えて良かったぜ、お手柄だな望々は」
「えっ……!?」
なんで、なんで僕が反国家組織の一員って事を知っているのだ?
悪魔だからか──?
「なんで知ってるんですか?」
僕の問いに悪魔くんちゃんさんは笑う。
「アハ……アハハ…………アハハハハハハハハハハ!!!」
あの不気味な笑い。悪魔くんちゃんさんはは答える。
「それは俺が悪魔だからに決まってるだろう」
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