彼女が笑っている明日 第一話


 夏休みも終わりかけていた頃、僕は黒髪の短髪で頭は良いが、何事も軽く考えてしまう癖のある少年であり、夏休みの間に一事件に巻き込まれた──塩竈 太和と「夏休みはもう終わりだ! バイトをして稼いだ金を使って駅前で遊び尽くそう!」大会をしていた。


 ボウリング、ゲーセン、映画、カラオケを今日一日だけで全てやり尽くした。


 朝の六時から始まったこの酷い大会は男子二人だけでやったのだ。

 なので途中で虚しくなることも暫しあった。なんとか耐えたが。


 そんな感じで遊んでいるとあっという間に夕方という帰る時間になってしまったので、遊べる場所が沢山ある駅前から郊外の中の郊外にある地元に塩竈とバスで帰ろうとした。

 しかし塩竈は唐突にこんなことを言ってきた。


「あーすまん。俺はちょっと他の場所にまだ用事残しちまってるんだ。だから椴松は先に帰っててくれ」


 だから僕は仕方なく、一人でバスに乗って郊外の中の郊外である地元に帰ることなった。


 しかし、バスに乗ったアホな僕は、アホだからバスの椅子に座って数分したら、アホみたいに寝てしまっていた。

 うむむ、アホ満載になってしまった。


 そして目を覚ました時、僕は全く知らないバス停を過ぎようとしていた。

 「うわやべ! ここどこだよ!」とバスの中で言いそうになった僕は、その気持ちを抑えつつ、とりあえずバスから降りた。

 知らないバス停で降りた──と思っていた。


 しかしなんと降りてみたら、僕はその場所を知っていたのだ。

 僕が以前に通っていた母校の目の前にあるバス停だった。

 母校である十瀬文中学校とおせぶんちゅうがっこうのまんま目の前にポツンとあるバス停。


 とにかく。

 降りてみたら知っている景色で僕は安堵した。

 そりゃあそうだ。

 前まで毎日見てきた見慣れていた景色なのだから。

 今となっては「懐かしい」になってしまっているが、特段不安とかそういう負の感情にはならない。

 帰り道も普通に分かるし。

 よし、しかもここからなら歩いて帰れる。まだその範囲内だ。

 不幸中の幸いというものを実感する。


 そして僕は自宅の方向へ歩き始めた。

 折角だからって母校に寄るというのもなんだが面倒くさいし、恩師がいる訳でもないので、普通に帰ることにした。

 三十分ぐらい歩けば着く。


 *


 ちょっと話は変わるんだけど、僕の母校である中学校は割と大きな坂の上にあるのだ。

 しかも大半の生徒の通学路の途中にその坂はあっちゃったりする。


 そこは結構急な坂のため、自転車通学をしている人なんかは、この坂だけは自転車から降りて帰らなきゃけないのだ。

 確か以前は乗っても良かったのだが、一回交通事故が起きてしまい、駄目になったような話を聞いたことがある。


 まあ自転車通学ではなく、徒歩通学だった僕にはあまり関係の無い話だった。

 その坂を登校時間には登り、下校時間には降りていただけだったし。

 特段事件も見たことない。

 ……ん、いや今思えば、自転車に降りなきゃだけど、普通に乗っていた奴とかいたなぁ。


 有り体に言えば『校則違反をしていた』奴。

 先生も面倒くさいからなのか、だいぶ見て見ぬふりしてたから、違反してる奴らがいたんだろうなぁ……いやそれは違うか。

 違反を咎めない先生が悪いんじゃない。

 そもそも違反してる奴らが悪いんだ。

 先生に責任転換をしてしまうのは、それは違うな。

 そんな考えはよろしくないな。


 こんな風に僕がこんなつまらない話を脳内でしていた時、坂をほぼほぼ降り終えた時、ある人が……いいやある奴と言ってやろう。

 なんでってそれは今、話題にしていた自転車を降りなきゃいけない坂で自転車に乗っている『校則違反をしていた』奴なんだから。


 ポニテな奴なんだから。


「うおおぉぉ? お?! あれれれれ!」


 そのポニテな奴は僕を認知した瞬間に、奇声の様な元気な声を出したながら、僕に近づいてきた。


「先輩じゃないですか! 椴松 竜二先輩じゃないですか!! その横に跳ねてる変な髪型は!」


 僕の名前を呼びながら、彼女は僕の目の前で自転車のブレーキをかけて、止まった。

 そいつは──僕の中学の時の後輩である唄坂うたさか 望々ももだった。

 親友の一人でもある。


 てか変な髪型って、人のことを覚える目印をそんなのにするなよ……。


 *


 僕はほぼ半年ぶりの再開に一瞬彼女が誰か分からなかったが、分かった瞬間に「おぉ」と感嘆の声を漏らしてしまった。


「おま、お前はぁ!」


「ふふ、そうですよ! 椴松先輩の後輩ちゃんの唄坂 望々ですよ」


 希望を唄うかのような少女ですよ──と望々。

 決め台詞みたいな言葉を僕に言ってきた後、彼女は自転車から降りて、僕の横に経った。

 黒髪な彼女のポニーテールが揺れる。


 セーラー服は黒がメインで、ハッキリとした濃い赤のリボンが目立つ。

 しかし一番目立っているのは彼女のニッコリとした笑顔だ。

 彼女の眩しいぐらいの笑顔は確かに希望だ。希望を唄うかのような少女だ。


「どうしたんですか? こんな所で──はっ?! もしかして椴松先輩の頭が悪くて……悪過ぎてまた中学生になるんですか?」


「うるさい! 確かに僕は頭は悪いが、そこまでではないし、そもそもそんな事出来ないだろ! 普通は!」


 そういやこいつは生意気な奴だったんだ。

 希望というより生意気を唄う少女だった!


「で、結局なんでこんな所にいるんですか? 暇潰しに中学校にでも訪れてたんですか? 青春である夏休みの一日を持て余してたんですか?」


「──はぁ……」


 ニヤニヤと嫌な表情をしてくる望々後輩に僕は嫌気がさしながら、事のあらましを伝えた。

 変に生意気言われないようにハッキリとはさせず、有耶無耶に。

 曖昧に。


 *


 ふんふん、と歩き、僕の話を聞きながら頷く少女──望々はこう言ってくる。

 あ、因みに望々の自転車は僕が持っている。……というより、持たされている。


「成程ですね。やーっぱり先輩は頭が悪いだけじゃなく、アホだったと言う訳ですね」


 結局は生意気を唄われるんだなぁ、と思いながら僕は喋る。


「いやはやバスに乗るってのが慣れてなかったのか、ちょっとしたミスを犯しちまったんだぜ……」


「まあそういうおっちょこちょいというより、ちょっと抜けてる所も先輩らしくて私嫌いじゃないですよっ!」


「あーはいはい。ありがとうありがとう」


 はーーー……可愛いけど、ウザイ。ポニーテールは揺れてるけど、僕の怒りを堪える魂もウザさで揺れている。


「んもう! なんなんですか。その冷たい対応は!」


 私はですね──と言葉を繋げる望々。

 僕の瞳を上目遣いで見ながら、少しだけ頬を赤らめながら彼女は言う。


「私と仲良くしてくださってた赤倉先輩、塩竈先輩、椴松先輩……先輩方が卒業しちゃって、私……私……ちょっぴりだけど寂しかったんですよ!」


 うへぇ!

 んん、ちょっと衝撃でよろけてしまった。


「お、おう……。俺もお前みたいな大好きな後輩と関わる機会が激減してしまったのは、本当に寂しかったぞ」


 僕は戸惑いながらも、この不本意ながらにギャップ萌えをしてしまった事実が露出しないように極力冷静に言葉を紡いだ。


 僕の言葉を聞いた望々は「へへ、それは嬉しいですね」と言いながら、僕に一歩近寄ってくる。

 耳元とかに囁いてきた訳では無いが、望々は小声で次の言葉を言ってくる。起承転結なら転になりそうな台詞を──いや全体の物語的にはやはり起なのだろうか。


「それはそれとしてですね、椴松先輩。実は相談があるんですよ……あまり人には言えない系のやつなんですが……」


「……ん? 僕なんかが聞いてもいいのか?」


 僕は望々に問う。そうすると彼女は俯き加減に言ってくる。


「そうあまり自分を卑下しないで下さいよ。椴松先輩、私は先輩のことが好きなんですから──私は私が好きなものを無下、卑下されるのは許せないです」


 望々は下を向きながら、歩道を見ながら、真剣な顔でそんなことを言ってくる。


 いやお前自身が僕のことを無下にしまくってるじゃねぇか、卑下しまくってるじゃねぇか、と言いかけたが、僕はなんとか既の所で堪えることが出来た。


「おう、じゃあ分かった。なんでも話してくれ。相談は聞くし、もし僕が出来ることならお前を、望々の困り事を全力で解決してやるよ」


「はは。なんとも頼もしい。ありがとうございます。それでですね。椴松先輩。その相談というのは」


 悪魔についてなんですよ──と望々。


「踊りの悪魔についての相談なんですよ。──悪魔についての相談です」


 僕の足は止まる。彼女の足も。前に進むことをやめる。


「……は?」


 僕は素で返答してしまった。


 僕達の冒険譚にもならない人生譚がまた始まる、僕はそう感じた。


 *


 嫌な夕焼け色が僕達の周りを包み込む。世界の色が変わる。


 色が変わらない場所があるのだとするならば、それは陽が当たっていなかったり、路地奥みたいな場所だけだろう。

 そんな場所にだけ陽が当たらない世界を見るとまるで人間的なものを感じてしまう。

 人間性を感じる。

 人間であり、人間のように醜く見える。

 社会じゃなく、世界ですら日陰者は邪険にするという事実はおぞましいものである。


 僕は今、望々の家の彼女自身の部屋にお邪魔している。

 そして彼女の部屋のテーブルの前に、そして座布団の上に座っている。

 彼女は僕と向かい合わせに座っている。


 彼女の部屋模様は予想外に可愛いで形成されていた。

 巨大な可愛いクマ人形があったり、小さな人形が多数あったり、フリフリなスカート等の可愛さ重視の服が壁に沿って掛けられていたりする。


「おぉ、なんだ望々。相談ってのは可愛い服を望々が着て、その姿を僕に見せたいってやつ? 急に人前で着るのは恥ずかしいから、僕に見せて慣らしたいとかいう?」


「何を言ってるんですかね……私さっき言ったじゃないですか。相談内容は『悪魔』だって」


 『悪魔』……。

 本当に? 

 ファションショーの簡易版をやりたいだけとかじゃないのか、本当は。


 言い方は悪いし、本人の目の前では言い難いけど正直「専門外」だ。

 そもそも僕に専門なんてないけど、相談って言われた時、男子へのモテ方でも聞かれるのかと思ったよ。

 いやそれも専門外か。

 とにかく僕は意味が分からず、彼女にこう告げる。


「それは本気で言ってるのか?」


 可愛さが重視された部屋の中で、一際目立つ真っ黒で無地の分厚いカーテンを、僕は睨み付ける。

 窓は一つしかなく、その一つに……。

 そして、彼女がこんなに可愛く装飾してる部屋で、あんなに薄気味の悪いカーテンをしているのか、僕はなんとなく察してしまっている。


 望々はええそうですよ──と言いながら、僕の中では問題の真っ黒なカーテンを引いて閉める。


 そうすると部屋の中は一瞬で夕焼け色に染められなくなる。

 影に染められ、暗くなる。

 僕達は日陰者となった。

 いや元々反国家組織の一員である僕は日陰者だったけどな。社会的にも。


「よし……おいで、悪魔くんちゃん」


 その望々の言葉が部屋に響き渡ると、僕の背後から急に悪寒という気味の悪いものが走ってくる。

 生気が吸われるような、命の危機感を覚えるような、心臓を握られてるような感じ……。

 気持ちが悪い。

 僕はそんなことを思いながら恐る恐る後ろを振り返った。


 そこにはいた。

 浮いていた。

 半径五センチ程度の黒い球体が──これが望々の言う悪魔なのか。


 んん? なんかこの球体変だな……と僕はその球体を見ていたら、そう感じた。

 しかしその疑問とも言える違和感はすぐに消える。

 その違和感の正体は、球体の割に明暗が無いということだ。


 違う。

 これは違う。言い間違えた。

 僕が言いたかったのは、この悪魔には影が無いという事だ。


 てかこれが悪魔なのか? んーまあいい……とりあえずその疑問は置いとくとしよう。


 とにかくこの黒い物体は球体なのだから、下は一番暗くなっているはずなのだが、悪魔らしき球体はそうなっていない。

 というか光も当たっていないらしく、光っている部分も無い。

 全部真っ黒で、黒々しくて、永遠の暗闇に見える。

 肌触り(触ってない。っていうか触れない。触れるなんて怖過ぎる)は、ツルツルとかはしていないと思う。

 ザラザラもしていないと思うけど。まあ触れていないから見た感じの勘だけども。


 そしてこの悪魔だと思われる物体は球体状であり、人の形を一切していない。

 人間の成分が含まれていない物を怪物と言うならば、これはつまり怪物だと僕個人で勝手に定義付けて良いだろう。


 僕の相棒である人の成分を持っている結乃という「化け物」とは、似て非なるものである怪物──やはり人間の成分を含んでいない分、「未知の存在」という印象が勝手に脳内にインプットされてしまって、近付くだけで恐ろしいな。

 これは。

 勝手に脳が目の前にいるこの黒い球体を「恐怖」にカテゴライズしてしまっている。


 しかし……これが悪を象徴する、悪そのものである怪物なのかあ。なんというか近寄り難い雰囲気が滲み出てるな。


 僕が四つん這いで、ジロジロと悪魔を観察というか、凝視していると急に球体から口が出来て、それが開く。

 歯は生えているらしく、びっしりと生え揃っている。

 それ以外が真っ黒なせいなのか、歯が異様に目立つ。真っ白に見える。

 そして開いた口から笑い声が出てくる。


「アハ……アハハ…………アハハハハハハハハハハ!!!」


 うわぁ……なんなのこの人。

 いや人じゃないけど……笑うトーンがどんどん上がっていくから、更に恐ろしさが増しちゃったよ。


 てか急に口が出てくるから、驚きで、尻餅をついてしまった……。


「俺を恐々おそおそしく、恐ろしく思うな。人間」


 おそおそしく……?

 それは恐々きょうきょうしくでは?

 いや日本語をまだ上手く扱えてないのかもしれない(それは僕もだが)。

 それならばこれぐらいは大目に見よう、ってかそもそも怖くて「日本語間違ってますよ」なんてそんなこと言えませんがな。

 そして笑い方怖いな。

 本当に。


「あっ、あの……はい。なんかすみません」


 僕はどうすればいいのか分からず、とりあえず正座をして謝った。

 ペコッと頭を少し下げた。


「どうですか? 椴松先輩。悪魔くんちゃんは」


 望々は僕の隣に座ってくる。

 悪魔を目の前にして身体がカチカチに固まってしまっている僕の隣に体育座りで座ってくる。


「いやどうって言われても……な。なんていうか予想外に小さいなっていう感想しか出てこない。本当はもっと沢山あるけど、流石に言い難いぞ……」


 本人を目の前にして言うのは怖いです! なんて言えるわけもないし……僕は有耶無耶な返答をした。

 曖昧にした。


「ハハ、やっぱり怖いですよね! 私も初めて見た時は怖すぎて失神しましたし!」


「ええ大丈夫だったのか!」


 悪魔だけに望々の神失わせるなよ!

 てか怖いって平然とお前言っちゃうのかよ!


「ああ、俺が現れた瞬間に失神されてしまったよ。しかし俺がなんとか倒れる前に支えることに成功したから大丈夫だったようだ。頭等、その他もどこも落とさせていない筈だ。筈だ、というより確信だ。そう言える。悪魔に誓ってな」


「そうなんですよ! 悪魔くんちゃんが助けてくれたおかげで、何処も怪我せず……命を取り留めれました!」


「というかどうやって助けたんですか? 球体だから四肢は無いのに……」


「ああ、そうか。そうだよな。これじゃあ分からないよな。説明するとな、椴松。この形状は仮なんだよ。仮であり、仮決定の姿なんだよ。確定の姿ではないんだ」


 つまりは本当の姿があるんだ──と悪魔。


「えっ……とつまりは本当の姿は四肢はあると、そういうことですか?」

「そうだ。仮決定の姿は最小限に抑えた己だからな。俺であり、最小限の俺だ。だからこんなにも小さく、四肢も無いのだ」


「そうなんですか……分かりました」


 簡単に言うと、今は真の姿じゃないってことだよな……うん。

 間違えてないはず。


「本当の姿、私も見た事ないなあ〜!」


「駄目だ。こういうのはとっておきってヤツだろ? 望々」


「後のお楽しみって奴だね!」


「そうだ」


 うんうんと頷く、悪魔。

 うーん……まあ望々に怪我は無さそうだし、見た感じ大丈夫そうだし、悪魔の誓いがどれ程の信用力があるかなんて考えるのはやめておこう。

 一旦な。


 というかなんなんだろう。

 この悪魔というざっくり言えば、有り体に言ってしまえば『人類の敵』が目の前にいるというのに、このほのぼの雰囲気は……。

 僕はてっきり殺し合いとか始まるのかと思っていたぞ(もし始まっていたら、一般人の僕なんて一瞬で殺さていただろうけども)。

 僕は口を開く。


「あの悪魔さん? いえ悪魔くんちゃんさん。聞き方酷く失礼なんですが、もしかして悪魔くんちゃんさんは悪い人、というか悪い怪物ではないんです……か?」


 本当に直球で、最低最悪な質問なんだけど、僕は彼(?)にそう聞いた。

 質問した。

 呼び方も迷ったが、もう「悪魔くんちゃんさん」で良いだろう。

 そしたら悪魔くんちゃんさんは平然と答えた。


「だから言っただろう。俺を恐ろしく思うな、と」


 彼は無い肩を竦め、呆れた表情をしてくる。


「俺は無害を目指している、これでもまともな悪魔だ」


 ふむ、成程。理解した。


 しかし、ここまで話を聞いて思ったが、望々の相談内容とは一体なんなのだ?

 全く分からない……。

 別に悪魔くんちゃんさんとも今の所上手くやれてるみたいだし、困ってる様子ではない。

 至って普通だ……いやいや待て待て。

 そもそも悪魔がいるこの状況が普通なわけないよな。僕は何を言ってるんだ。


 あ……もしかして望々はこう見えて、困っているのか?

 悪魔が自分の近くにいるというこの普遍的ではないこの状況に……うーん。

 しかしそれは悪魔くんちゃんさんの目の前では話しにくいな。


 よし一回、陽を浴びれる場所に行こう。


 勝手な憶測だけど、悪魔は日光とかそういうの苦手だろう? わざわざこんな分厚い黒いカーテンまでしてるんだし。

 夕方という夕日を浴びてしまう外なんかには居られないはずだ。


「なあ、望々。なんか外の空気を吸いたくなっちまった。だから外に行かないか?」


「んん? 急にどうしたんですか、まあ別にいいですけど」


 よし、望々という後輩が生意気だけど、先輩想いの純粋な奴で助かった。


 *


 外に出るとまだまだ夕日は空に浮かんでいて、僕達の姿を夕日色に飲み込んだ。

 僕達の身体がオレンジ色になってしまった。

 いつも元気いっぱいの望々のイメーシカラーは黄色とかオレンジ色だし、ピッタリと言えばそうなる。


 僕のイメージカラーなんて無いようなもんだが、とりあえずオレンジみたいに明るい色ではないはずだから、僕には不似合いの景色だな。


「すぅぅう……はぁ〜〜新鮮な空気ですね。椴松先輩」


「家から出ただけどな。それに望々の部屋の匂いも良い匂いだったぞ」


 僕はなんとなく望々のことを茶化す。

 まあただのセクハラなんだけど、先輩想いな望々後輩なら許してくれるだろう。


「わぉ……先輩」


 望々は僕の言葉を聞いて、双眸を大きく開く。

 夕焼けの光が望々の瞳に吸い込まれて、淡い濃淡が映える。

 そして双眸だけではなく、次に望々は口を開いた。


「キモイですね」


 ──流石にその発言はアウトでしょう、と望々。


 僕は予想以上に傷付く言葉が矢のように飛んで来て、心に刺さったため、望々の顔を見るのをやめ、極力無心で空を仰いだ。

 そっと風が僕の横を通り、僕の髪を揺らす。


「ごめん。望々」


「いえいえ先輩。私はそんなキモイ先輩でも許せますし、好きですよ」


「好きだ……ハグしたい……」


「うわあ………」


 また冗談を言ったら今度は抑揚無しで、返答されてしまったため、僕は流石に気持ち悪いことを言うのをやめて、一度息を吸い直してから、僕は本題に入る。


 ついに望々から相談を受ける事を始める。


「なあ望々──悪魔くんちゃんさんの事なんだけどさ……」


「はい」


 望々は場というか、僕の話のトーンが変わったことに気付いたのか、彼女の返事のトーンも変わった。


「アイツが相談内容なのか? アイツがいるという非日常が望々の相談内容なのか?」


 なんていうかそんな風には見えなかったからな、と僕は彼女に告げる。


 彼女は僕の言葉を聞くと、うぅむと腰に手を当てながら悩む。


「なんと言えば良いのか……実は私、私ですね……悪魔くんちゃんに」


「俺に恋されてることだろ?」


 と悪魔くんちゃんさんが望々の言葉を遮り発言をした──って、え……ここは外のはずだが?

 悪魔は日光とか駄目なはずでは?

 そんな僕の勝手な憶測はぶち壊された。


「お前の魂胆なんて見え見えだ。椴松──悪魔は夕日ぐらい浴びれるさ」


 朝日も、昼間の厳しいし陽射しも余裕だ──と悪魔くんちゃんさん。


「そもそもお前の思い込みに俺を付き合わせるな。俺が付き合いたいのは望々だ」


「分かりまし……た……って?!」


 付き合いたいってそれって……しかも恋……ん?


 僕は今一度、今回の話を一から思い出す。

 そうすることで悪魔くんちゃんさんの言葉の意味をやっと理解出来た。

 そしてその衝撃でつい叫んでしまった。


「え……えええ──ええええ!?」


「そうなんですよ。先輩……私──悪魔に恋されちゃったんです。これが私の相談内容です……!」


 望々は照れ恥ずかしそうに僕に言ってくる。

 いや照れ恥ずかしそうにされても……ってかこんなことって普通有り得るのか?

 人間と人間とは無関係の怪物の恋なんて──そんなの。

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