その祭典は誰がために

阿尾鈴悟

或る祭典の日

 魔王が倒され、丁度、三年の月日が流れた。

 いくつかあった国は、『魔王を討った勇者のいる国』への移住が殺到した影響で、一つの国に統合された。その方が勇者にとっても治安維持をしやすいということもあり、各国の王が協議して全てを決める一つの国になった。

 人一人に対する国の面積は充分に足りているものの、今なお領地は拡大している。新しい施設や農場を作るために、かつて魔王が支配していた地域を自国のものにしているのだ。

 残された魔人と呼ばれる魔王に組みしていた総勢六六六人の人間たちは、国からやや離れた場所へと追いやられている。地表から五メートルも下に作られた、高さ十五メートルの空間に隔離され、食料の配給以外は国との関わりも禁じられている。

 あの頃と比べると、国は豊かになった。平和にもなった。明確な脅威というものなく、問題といえば時折起きる国民同士のいざこざくらい。それも見回りをする勇者が駆けつければ、すぐに何事もなかったかのように消えてなくなる。

 今日はその平穏を祝う祭りだった。どこもかしこも、ひとたび、足を踏み入れたなら、すぐにお祭りと分かる気配で国全体が覆い尽くされる。国一番の大通りを中心に、多くの出店でみせが立ち並び、頭上を大小さまざまな装飾があしらっている。夜には色とりどりの光を振りまき始め、その中でおこなわれる、勇者が矢倉じみた高い台に立ち、輝く大剣と傷一つ無い鎧で自分の何倍何十倍もある魔王の張りぼてを倒すメインイベントは、幻想的な雰囲気と観客全員の熱気を纏い、まさしく壮大な物語の一ページを表すよう。誰も彼もが笑顔を浮かべて、興奮の渦ができあがっていた。

 しかし。

 しかし、魔王の首が落とされたその瞬間。落ちていく先に、一人の少年が立っていた。予定調和する魔王の張りぼてが通る道は、厳格なまでの警備が付いているはずだった。それなのに。小さな少年は、落ちてくる魔王の首の真下に立って、それをただ好奇の笑顔で眺めていた。いくら張りぼてとは言え、大きな魔王の大きな首は、それだけでもかなりの質量を持っている。そこに落下の速度が加われば、少年の一人や二人なんて、いとも簡単に潰せてしまう。

 勇者はすぐさま矢倉から飛び降り、空中で縦半分に首を切った。少年の左右に首が落ちる。呆然と倒れくる張りぼてを見つめる少年。首の魔の手が伸びきる前に地表へ降り立った勇者は、少年をかばいながら魔王はりぼてを完全にった。

「大丈夫かい?」

 優しく問いかける勇者に、少年が目を丸くして頷く。安心した勇者が笑いかける。すると、少年は冷ややかであり歓喜に満ちた笑みを滲ませた。そして、おもむろに自らの前髪をかき上げ、隠されていた額に刻まれる魔王の紋章を勇者と群衆へと見せつけた。

「ま、魔人だ……!」

 群衆から驚きの声が上がる。

「勇者様が魔人の少年を助けたぞ……!!」

 驚きの声が、更なる驚きと興奮の声を呼ぶ。もちろんそれは勇者を讃えるものではない。魔王無き今、唯一の自分たちの敵──魔人を助けた人間を、一体、誰が肯定するのか。

 戸惑う勇者の隙を見て、少年は勇者へ語りかける。

「ボクたちはずっとこのときを待っていたんだ……」

 呆気に取られる勇者は何も言えず、ただ漠然と少年の話を耳に通す。

「この三年……、ボクたちはあなたの権威を失墜させることだけに思考を費やしてきた。地表へ出るために全員で髪を伸ばしてロープを作った。食料とともに投げ落とされる僅かな情報を拾って、この計画を作り上げた。ボクを助けなければ、あんたはか弱い少年を見殺しにしたと国民に責められる。助けたとしても、魔人の味方だと糾弾される。なかなか良い計画だったでしょ?」

 かばった勇者の腕から抜け出し、少年はパニックを起こしている群衆へと足を進める。逃げ惑う人々は、すでに少年の姿を捉えていないよう。ただ魔人が現れたという情報と人の流れに合わせているようだった。

「どうして、こんなことを……!」

 勇者の問いに、少年が歩みを止めて振り返る。

「どうして? ボクたちの王様を殺しておいて、どうしてって聞く? 王様は良い人だったよ。良い人だからこそ、あんたに殺された。良く思い出せ。あんたは王様から傷一つでもつけられたか? 王様はずっと対話を望んでいたというのに、あんたのとこの王様たちは……!」

 歯噛みをして勇者をにらみつけた少年。彼からは行き場のない怒りが見て取れた。勇者を貶めたとして、自らの王が生き返るわけではない。その上、指示を出していた王たちは、何一つとして変わらないことだろう。そんなことは理解した上で、自分たちの溜飲を下げるためだけに、直接的な原因を倒そうとし、それを果たした。自らの王が望んできた対話という手段すら取ろうとせずに──

 再度、勇者に背を向けた少年は、思い出したように勇者へ忠告をする。

「かごを回収する時に、髪が付いていることにも気付けないバカに配給させるのは、止めた方が良いと思うぜ」

 声の震えは、怒りか、嗤いか、それとも別の何かだったのか。

 それ以降、少年の姿を見た者は誰もいない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

その祭典は誰がために 阿尾鈴悟 @hideephemera

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ